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南の海を愛する姉妹の四重奏  作者: 霧島まるは


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30/109

ドラ猫にエサを与えないで下さい

 カルダは、放り出されたレイシェスの手を取りに向かった。


 まったく、あのドラ息子は。


 心の中で王太子を毒づくのは、これが初めてではない。


 彼が、傍若無人に振舞えば振舞うほど、声にならない恨みつらみを積み重ねて行くことになるというのに、そんなことはこれっぽっちも気にかけていないのだ。


 反乱を、起こされたいのか。


 初ダンスの最中で置き去りにされたカルダのはとこは、茫然とホールの中に立ちつくしている。


 周囲から寄せられる冷たい視線は、同情半分、嘲笑半分。


 王太子の機嫌を損ねた、憐れな女性に向けられる視線など、そんなものなのだ。


 レイシェスの手を取り、カルダはダンスの流れの中に彼女を引き戻した。


「公爵様……」


 ほっとしたような、しかしまだ顔色の悪い頬で、彼を見上げてくる。


「興味を失われたようで、何よりだ」


 放り出されたことはよいことなのだと、レイシェスに伝えようとした。


 この一瞬は、恥のように思えるかもしれないが、王太子という厄病神に離れられたことは、今後の彼女のためになるだろう。


 腕に添えられた少女の手に、微かに力がこもる。


「でも……ウィニーが……」


 視線は、ホールの出入り口の方を向く。


 さきほど、王太子が出て行った先だ。


 ああ。


 なるほど、とカルダは眉間を寄せた。


 ウィニーとレイシェスにちょっかいをかけていた王太子は、結局ウィニーの方に走ったのか。


 なまじ、とびきりの美しさをウィニーに求めていない分、厄介な事だった。


「スタファがついている……手に負えない事態になれば、私を呼びに来るはずだ」


 これまでの王太子の動きは、カルダが見る限り、試食の繰り返しだった。


 レイシェスをつまみ食い、ウィニーをつまみ食い、そしてまたレイシェスを──それが、ある一定以上進んで、ようやくどちらを本当に食べるか決めたような。


 女という生き物を、これまで好きにつまみ食って来たのだろう。


 カルダから見れば、食事の作法がなっていない、まさにドラ猫だった。


 誰も叱れない、王の庇護下の横暴な猫。


 その仕打ちに誰かが怒り狂って、いっそ反逆くらい起きればいい、と思っているに違いない。


 そんな事態に発展する前に、カルダはウィニーをフラへと呼び寄せなければならなかった。


「都にいる間に、ロアアールの公爵へ書状をお送りしよう」


 その時間を、少しでも短くするために、彼は動き出すことにしたのだ。


 レイシェスが、ほっとしたように表情を緩める。


 こうして見ると、彼女も年相応だ。


 ウィニーとたった一つしか変わらない16歳であることを、時折忘れそうになる。


 彼女もまた、カルダの愛すべきはとこの一人で。


 幸せになって欲しいと、願ってしまう。


 その幸せのかたちは、ウィニーとは大きく違うことになるだろうが。


「妹を、よろしくお願いします」


 けなげな彼女のお願いに。


「スタファをよろしく頼むよ」


 そう返すと。


「まぁ……」


 レイシェスは、とても困った笑みを浮かべるのだ。


 困らせる程度には、彼の弟も頑張っているようだった。



 ※



 王太子は、一人で戻って来た。


 ウィニーにふられたのか、随分機嫌の悪い様子で。


 彼の性質を知っている人間は、近づくのを避けるところだが、娘を連れて近づく馬鹿がいる。


 アール(西)の公爵だ。


 家族同伴を許されたという事実を、王太子の新たな側室探しだと勘違いしたのか。


 ウィニーの髪を引っ張り、レイシェスとダンスを踊って放り出し──そんな態度を見れば、勘違いしてもおかしくないだろう。


 ロアアールの娘二人が無碍にされたのを見て、自分の娘ならばうまくやるとでも思ったのか。


 食事の作法の悪いドラ猫の前に、エサを置くな。


 前に、水をぶっかけられたことも忘れて、のこのこ王太子に近づくアールの公爵に、カルダはため息を洩らした。


 不機嫌な男に、その娘は踊りに連れ出される。


 カルダは、ダンスの輪からレイシェスの手を引き、脇に下がった。


 面倒に巻き込まれるのは、御免だったからだ。


 だが、それは杞憂だった。


 気がつくと、王太子とアールの娘は、ホールから消えていたからだ。


 正直。


 カルダは心底、ほっとした。


 わずかの時間でも、王太子の興味がそれるなら、願ったりかなったりだ。


 少なくとも、相手の女性もそれを望んでいるのならば、彼が口を出すことでもないし、同情する気もない。


「かわいそうに……」


 ただ、レイシェスは小さくそう呟いた。


 彼女の行く末が、幸せなものにはならないだろう──そう思ったに違いない。



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