なりたいこととなること
晩餐会!
ウィニーは、目をキラキラ輝かせてその言葉を噛みしめた。
そんな素晴らしいものに、自分が参加出来るとは思ってもみなかったのだ。
王太子主催のそれは、今回はいつもより華やかに行われるということで、公爵家の家族の参加も許されたというのだ。
絵本の中でしか知らない舞踏会が、頭の中に溢れ出す。
しかも。
エスコートつき!
フラの公爵が、ウィニーと踊ってくれるというのだ。
憧れと幸せな気分で、いまの彼女は本当に胸がいっぱいだった。
公爵のおじさまのお嫁さん。
複雑な事情はあるが、ウィニーの前にそんな可愛らしい道が作られたのだ。
あとは、父がそれに頷きさえしてくれれば、彼女のフラへの嫁入りが決まるのである。
いつもは、祖母のドレスを着るのが好きだが、晩餐会は公爵から贈られたドレスを身につけるつもりだった。
きっと、彼はとても喜んでほめてくれるだろう。
うきうきと、ウィニーは晩餐会の相談のため、姉の部屋へ訪れた。
「……はぁぁ」
だが。
レイシェスは、ソファで物憂げにため息をついている。
そんな表情すら美しい。
「姉さん、どうしたの?」
変な感心をしながらも、ウィニーは問いかけた。
ちらりと視線で妹を見るが、返事は深いため息。
「心配事?」
「いいえ、たいしたことではないわ」
薄く微笑まれて、少し心が痛む。
自分に、明るい道が見えたせいだろうか。
一人、あの母と暮らさなければならない姉が、不憫に見えるのだ。
現金な性格だと、自分でも思う。
人の不幸の心配が、ここにきてようやくウィニーも出来るようになったのだから。
「姉さんは……何かやりたいことはある?」
だから、つい自分の感覚で姉に聞いてしまった。
ウィニーは、ただロアアールから離れて幸せになりたかったのだ。
それ以外の夢や希望は、何ひとつ持っていなかった。
すると、ちらりとレイシェスは自分を見る。
「私は、公爵になるわ」
その言葉は、姉と自分の差を大きく見せつけるだけだった。
レイシェスは、『夢』や『希望』など口にしない。
公爵に『なる』という、確固たる意志。
『なりたい』ではないのだ。
思考の根元から、姉とは違うのだとはっきりと思い知らされた。
同時に。
ウィニーには、責任など何もないことに気づく。
それが、どこか寂しくも思えた。
「姉さん……」
しょんぼりと、姉の名を呼ぶ。
すると、美しくも優しいレイシェスは、難しい顔を苦笑へと変えながら、穏やかな瞳を向けてくれる。
「心配しなくていいのよ……難しいことを考えてはいるけど、苦しいことを考えているわけではないから」
不思議な、言葉だった。
難しいが、苦しくはない。
つらいことではないのだと、姉は言っているのだろうか。
「晩餐会の準備で来たのよね? アクセサリーを選びましょうか」
ウィニーは、奇妙な顔をしていたのだろう。
姉が、話を変えるようにソファから立ち上がった。
ほとんどアクセサリー類を持ちこんでいない彼女のために、貸してくれるという。
わあっと、ウィニーの心は晴れやかになった。
さっきまでの微妙な気持ちも忘れて、姉の後ろについていく。
宝石箱の中は、本当にキラキラしていて、目の保養だった。
公爵の娘とは言え、華美さを良しとしないロアアールの人間のため、体面を守る程度のアクセサリーしか持っていない。
この宝石箱の中身すら、母から持たされたもので、姉のものでさえないのだ。
そんな公爵家の性質は、領民にも好ましく見られているので、姉が公爵を継いだとしても変わらないだろう。
「姉さんは、スタファ兄さんがエスコートしてくれるのよね」
ネックレスや耳飾りに触れさせてもらいながら、浮かれた口調でウィニーは言った。
それはもう、本当に気軽な話しのつもりだった。
なのに、姉の指は止まり──ため息が落ちる。
自分がこの部屋に来た時と、まったく変わらない表情とため息だった。
まさか。
「スタファ兄さんに……何か言われたの?」
ウィニーは、彼の望みを知っている。
姉のため息の原因がスタファだとするのならば、何か姉を悩ませるようなことを言ったのではないか。
そう、素直に考えたのだ。
「少し……ね」
気恥ずかしげな表情は、姉を年相応に見せる。
こんな子供っぽいウィニーと、たったひとつしか変わらない年なのだ。
本当であれば、もっと感情的であってもおかしくない年頃。
それを抑えるクセを、あの母の前でずっとしてきたせいだろう。
姉の感情は、大きくは動かない。
それでも、このわずかな恥ずかしさを、スタファは引き出したのだ。
結構、健闘しているように思えた。
「スタファ兄さん……いい人だよ」
ウィニーは、思っていることを正直に言う。
最初は、意地悪な人かと思った。
でも、それはウィニーを貶めようと言っているというより、出来の悪い妹をしつけるようなもので。
彼の中に、ちゃんと愛情があるのだと分かってからは、すっかり懐いてしまったほどだ。
そんな男なら、姉を幸せに出来るのではないだろうか。
「知ってるわ」
姉の心が、少し動いている。
ウィニーの知らないところで、スタファの方へとわずかに揺れているのが伝わってくる。
「スタファ兄さんは……」
もっと、彼のことを売り込もうと口を開けたら。
姉が。
こちらを見て。
にこりと微笑んだ。
16歳という年を隠してしまった顔で。
「だから言ってるでしょう? 難しいけど苦しくないことだから大丈夫よって」
やんわりとした、拒絶。
ちゃんと考えているから、それ以上の口出しは無用。
そう告げられたのだ。
本当かなあ。
ウィニーは、心配だった。
反対するだろうフラ嫌いの母を考えると、レイシェスが逆らえるとは思えなかったのだ。
何か。
強く突破する力が必要だろうと思ったが。
ウィニーは、姉に拒否されてまで進言する案を持ってはいなかった。