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 ど、ど、ど、どどどどど、どういうこと!?


 ウィニーは、石膏像のようになっていた。


 昼過ぎ。


 突然、彼女の人生は足元からひっくり返っていたのだ。


 ウィニーの結婚先として提示されたのは、公爵自身の正妃。


「過去、大伯母がロアアールの公爵の正妃として嫁いだことを考えると、フラの公爵の正妃が、一番ふさわしい場所だと思ったのだよ」


 フラの公爵は、穏やかに言葉を続ける。


 どうしてこんな簡単なことを、すぐに思いつかなかったのだろう──そんな晴れやかな口調で。


 まさか公爵の正妃などという、最上の地位を用意されるなんて想像もしていなかったウィニーは、すぐに考え始めることは出来なかった。


 それは、他の二人も同じだったのかもしれない。


 姉は、ようやく考え込むような表情で、視線をやや下に落としていたし、スタファは逆に天井の方を見上げていた。


 そんな中、最初に口を開いたのは、スタファだった。


「義姉上が亡くなって四年……喪はとっくにあけているし、確かに兄上がいつまでも新たな正妃を娶らないでいるのは、時々問題にはなっていたけど……」


 フラの内情をよく分かっている彼は、ゆっくりと自分の言葉を噛みしめるように言葉を吐く。


 義姉上。


 新たな正妃。


 それらの言葉は、ウィニーをドキリとさせた。


 そう、フラの公爵は初婚ではない。


 昔、愛していた人がいて、その人が亡くなったのだ。


 どんな人か、彼女が知っているはずはない。


 15歳の大人になりきっていない頭では、まだその辺りの複雑なことを上手に消化出来そうになかった。


 だが。


 公爵の誠実な気持ちは、きちんと伝わってきて、少しずつウィニーを嬉しくさせていく。


 どこか分からないところに嫁入りさせるくらいなら、公爵自身がもらってくれると言ってくれたのだから。


 だが、自分が公爵夫人に相応しいかと言われると、真反対だとしか答えようがない。


 ロアアールのおまけがフラの正妃では、かの領民たちの期待にこたえられず、がっかりさせてしまうかもしれない。


 喜びと困惑の入り乱れるウィニーは、そっと横の姉を見た。


 どう思っているのか、分からなかったのだ。


 そうすると、レイシェスもまた自分の方をちらりと見るではないか。


 ウィニーの心を、まるで伺うように。


 そして、姉は薄く、寂しげな笑みを浮かべた。


 どういう表情であっても、本当に美しい姉は──そのまままっすぐと領主の方へと向き直るのだ。


「お心遣い、本当にありがとうございます」


 どんな回答であろうとも、切り出しは儀礼的なもの。


 レイシェスが、何を言おうとしているのか分からないまま、ただウィニーはどきどきと鼓動を高鳴らせた。


「もし、このお話を本気でおっしゃって下さるのでしたら、我が父に出来るだけ速く、そして非常に強い希望の意思を、お送りいただかねばなりません」


 姉の答えは。


 肯定的なものだった。


 どきっと、ウィニーの小さな胸が跳ねる。


「戯れで、こんな大事なことなど言わないよ。そうだね……はとこ殿の言う通り、要請は速く強くなければならないだろう」


 言葉の最初は、ウィニーを向いて。


 言葉の終わりは、レイシェスの方へ。


 赤毛のはねっかえりに、フラの公爵は『本気だよ』と言ってくれているのだ。


 その感情は、物語の中のような『恋』ではないことくらい、ウィニーにも分かる。


 でも、『好意』は本当にたっぷりと詰まっていた。


 姉を見ていると分かるが、公爵の結婚は恋愛だけでは片付かない難しさがある。


 必ず、どこか不自由さがつきまとうものだ。


 そんな立場の中、『好意』でウィニーを選んでくれたということは、本当は物凄いことなのだろう。


 姉や公爵の言う『速く強く』というのは、父の容体に関係しているに違いない。


 父が亡くなってしまえば、母が公爵家の実権を握りかねない。


 レイシェスは、母には頭が上がらず、押し切られてしまう可能性があるからだ。


 そうなれば、この話を蹴ってしまう可能性がある。


 それを、姉は危惧しているのだろう。


 父がまだ判断出来る内に、そして既にある不穏な噂が本当になってしまう前に話を進めるには、もはや多くの時間は残されていないのだ。


 自分が、正妃に相応しい人間でないことは、分かっている。


 二番目の正妃であることも、言葉としては分かっている。


 だが。


 たったいま。


 一瞬だけ現れた、公爵の助け船に飛び乗らなければ、永遠に次の機会などないのかもしれないのだ。


「ウィニーは、こんなおじさんでは嫌かもしれないが……どうだろう?」


 物凄い速度で、自分の人生を賭けた思考を繰り広げていた彼女は、ふっと微笑みながらこちらを見た公爵の言葉に、すぐには気づけなかった。


「えっ、あっ、そ、そんなことは……ありません。公爵のおじ様は……あっ!!」


 しどろもどろになって答えている内に、顔が真っ赤になる。


 自分が、これまで彼のことを何と呼んでいたのか、思い出したのだ。


『公爵のおじ様』


 この言葉は、さりげなく彼を傷つけていたのだろうか。


 確か、まだ三十歳にもなっていない人なのに。


「公爵のお……いえ、フラの公爵様は……とてもお若いです……」


 今更、どの口がそんなことを言うのだろうか。


 ウィニーは、必死に自分の言葉をフォローしようとした。


「いいんだよ……確かに、十三も離れていたら『おじ様』と呼ばれても仕方がない」


 笑われて、ますます顔が熱くなる。


「では……私の妻になっていただけるだろうか? 私の可愛いはとこ殿……いや、ウィニー嬢」


 その笑いを緩やかにおさめながら、公爵は自分の方をはっきりと見つめてきた。


 彼のなでつけた赤い髪が、一筋乱れてその額へ落ちる。


 自分と同じ、言うことを聞きにくい髪。


 そんな髪を持った人から、まっすぐに求婚されているのだ。


 船が。


 来る。


 海とは無縁の、船とは無縁のロアアールのウィニーの前に、すぅっと流れてくる一艘の船。


 きっと。


 もう。


 二度と。


 来ない。



「よろしく、お願い致します」



 船に──飛び乗った。


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