懺悔と名案
「動いてきたぞ」
昼になり、一度部屋に戻ったスタファに、兄が一枚の触れ書きを差し出す。
明日の夜の、晩餐会についてだ。
それが、どうしたのだろうか。
謁見会の晩餐会は、二回行われることになっている。
ひとつは、謁見会の前。
毎回お馴染みの、それではないのか。
「家族も同席されたし、だそうだ」
たった一文付け足されたその部分を、兄が読み上げる。
スタファにとって、それは小さな違和感に過ぎなかった。
しかし、兄にとっては大きな違和感なのだろう。
「前回までは、公爵の妻か後継ぎが同席出来る程度だった…」
わざわざ、こんな但し書きは書かれていなかったというのだ。
「謁見会の前の晩餐会は…王太子殿下主催だったな」
スタファは、思考を組み立てた。
王は、謁見会まで姿は現さない。
それまでは、挨拶から晩餐会の取り仕切りまで、王太子の管轄だったはず。
ということは。
「まさかとは思うけど…赤毛の娘をあぶり出すために、こんなことを?」
カルダは、しきりと首を傾げている。
その様子は、スタファにとって少し滑稽に思えた。
兄貴分として、ウィニーの味方につくと決めたら、突然身内の贔屓目が出たのか、彼女がとても可愛らしく見える。
あの奔放なところでさえ、赤毛をかいぐりかいぐりして可愛がりたいほどだ。
「失礼だな、兄上は。ウィニーに、一目で恋に落ちたとは考えないのか?」
だから、はっきり言ってやる。
可愛いあの娘なら、王太子に一目ぼれされる価値はあるのだ、と。
「うっ……」
突きつけられた言葉に、一瞬兄は息を呑んだ。
「信じられないな、兄上は。ウィニーが、今の様子を見たらどれほど傷つくだろう……あんなに兄上を信頼しているというのに」
珍しくスタファは、兄に向けて畳みかけた。
普通、なかなかしゃべりで勝つことの出来ない相手だが、ウィニーの事への指摘は相当痛いところを突かれたのだろう。
「ウィニーが可愛いことは、私だって分かっている。ただ、王太子の趣味ではないだろうと……」
言葉は、弟のじっと見つめる眼力にかき消された。
「言い訳は、男らしくないな……」
そして──観念したようだ。
「すまない、ウィニー」
そして、彼女たちの部屋のある方角を向いて、膝をついて懺悔を始めた。
兄もフラの男ならば、女性に蔑まれることは、とてつもなくつらいことだろう。
「…………」
そんな兄が、えらく長く黙り込んでいるため、怪訝にそっちを見ると、祈りのために組んだ手をそのままに、虚空を見ているではないか。
何かあるのかと、スタファも真似てみたが、その先には天井というか壁というか、そんなどうでもいいものしか見当たらない。
「そう……か」
だが、兄には何か見えたのではないだろうか。
まるで、神から啓示が降りてきたかのように、目に強い光が宿ったのだ。
「そうだ……その手があった!」
兄は、すくっと立ちあがり、スタファの方を振り返る。
「昼食後、ロアアールの部屋へ訪問するぞ。触れを出せ」
※
のこのこと、兄についてロアアールの部屋へ来たのはいいが。
スタファは、いまだに何の説明も受けてはおらず、ただ後ろにくっついているしか出来なかった。
「わざわざ、公爵閣下にまでお越しいただきありがとうございます」
美しいレイシェスが、二人を出迎える。
その斜め後方で、赤毛の妹分も笑顔で立っていた。
おそらく、兄が思いついたのは──そのウィニーのことだろう。
前後の話の流れから、スタファはそう推測していた。
席を勧められ、姉妹と兄弟が向かい合わせで座る形となる。
昨日と同じ対面のように見えて、そうではない。
「突然、お邪魔してすまないね……大事な話があったものだから」
切り出しは、穏やかな公爵笑顔。
兄弟二人の時はざっくばらんだが、公爵として向かい合う相手には、一枚皮をかぶるのだ。
時々、鼻につくほどもったいぶった言い回しをするところは、スタファは余り好きではなかったが。
「大事なお話……ですか」
笑顔の兄に対して、レイシェスは慎重な受け答えだった。
ロアアールを代表して来ているだけに、多少心配そうにも感じる。
あんまり、回りくどい言い方はするなよ。
思慮深い彼女を、兄の言葉が惑わすのではないかと思い、軽く睨んでみるが、こっちに視線一つ投げてよこさない。
「そう……ウィニーの結婚について、なんだが」
言葉は、意外にシンプルだった。
更に、スタファの予想通りだった。
瞬間、ウィニーの腰が一瞬ソファから浮きかけ慌てて戻る。
反動で、隣のレイシェスも軽く揺らされた。
その揺れが、完全におさまっていない中。
「ウィニーが望むのなら……フラを結婚相手に選んでもらえないだろうか」
兄は、微笑みながら言った。
「……」
スタファは、無言で親戚検索をいちからやりなおし始める。
この場で、自分が言うべき言葉などありはしない。
だが、兄が答えを出してしまう前に、自分なりの解答にたどりついておきたかったのだ。
なのに。
ちらっと、レイシェスがスタファの方を見た。
まるで、自分がウィニーの結婚相手なのでは──そんな怪訝の瞳で。
そうじゃない!
誤解を即座に解きたい心をぐっと押さえる。
ウィニーは、驚きで目をまんまるに見開いていた。
彼女は、もはやフラへの嫁入りはあきらめていただろう。
なのに、再び兄はその根本をひっくり返したのだ。
この場にいる、兄以外の三人の心は、いま大きく揺れている。
もし、くだらない答えを口にしようものなら、この三人を失望させることになるのを肝に銘じて欲しい。
レイシェスの視線に、軽く首を横に振った後、横目で兄を見ると。
優しい微笑みの目を。
ウィニーに向けて。
こう言った。
「ウィニー……私の正妃になってくれないかい?」
部屋の空気と三人は、兄の言葉に────完全に固まってしまった。