表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/109

兄さん

 翌日──何故かスタファがやってきた。


 ウィニーの部屋に、だ。


 姉は、まだ調子がよくなく、隣室で横になっている。


 そんなつまらない午前中、何の前触れもなく現れたのだ。


「人のこと、無作法って言えるんですか」


 まったく淑女に対する扱いをしてくれないスタファに、彼女は不平をぶつける。


 召使に慌ててお茶の用意をさせながら、彼をソファへと案内した。


「昨日、私たちが戻った後……部屋から出たろう?」


 しかし、切り返された言葉は、彼女をギクリとさせる。


 昨日の記憶を最悪の最後で締めくくった男が、目の前を駆け抜けたのだ。


 ベッドで散々、その男のことをなじりながら眠ってしまったのだが、朝起きてみたら怒りよりも違うものが押し寄せてきて青ざめた。


 もしかして、自分はとんでもないことをしたのではないか、と。


 彼が誰かは知らないが、姉よりも身分が高かった時、間違いなく迷惑をかけるだからだ。


 公務の重圧にふせっている姉を、朝ちらっと見て、その罪悪感は計り知れない。


 いまのレイシェスに、昨日の自分の失態など、とても告白できなかった。


「ちょ……ちょっと花を見に行っただけです」


 昨日の外出を、何故スタファが知っているかは分からないが、花を見に行ったという点では彼も同じではないか。


 悪いことをしたわけではないのだと、とりあえず主張してみる。


 すると。


 彼は、はぁーっと深い深いため息を落としたのだった。


 全身で呆れているかのように、ウィニーには見えた。


「だから、私が来たんだ」


 自分の連れて来た召使いを、スタファは呼ぶ。


 召使いは、ずっと手に持っていた箱を、二人の間のテーブルの上に乗せた。


「ウィニーを退屈させると、何をするか分からないからな」


 彼が箱を開けると、そこからはカードだのチェスだのダイスなどが出てきた。


 いかにも、これで遊べと言わんばかりに。


 こういう遊びというのは、大抵相手が必要だ。


 一人でカードをするような趣味は、ウィニーにはない。


「昔、お祖母さまが教えてくれたカードくらいしか……遊び方はよく分かりません」


 箱からそれぞれ取り出していたスタファの手が、言葉で一度止まった。


 その目に、明らかなる不機嫌が見えて、ウィニーは内心で同じほど不機嫌になる。


 しょうがないじゃない、と。


 祖母くらいしか遊んでくれる人はいなかったし、母がうるさかったせいで、姉とおおっぴらに遊べなかったのだ。


「ね、姉さんだって……余り遊び方は知りませんよ」


 不機嫌を向けられるのが嫌で、レイシェスを引き合いに出す。


 スタファは、姉にはそんな顔をしないのではないかと思ったのだ。


 姉が、遊び方を知らないのは、勉強が忙しくて遊ぶ暇がほとんどなかったからなのだが。


「心配するな……ちゃんと教えてやるから」


 ため息はひとつだけ。


 不機嫌は、ゆっくりとその陰に隠れていった。


 やはり、レイシェスという免罪符が、一番スタファには効くようだ。


 褐色の長い指でカードを器用に扱う彼を、ウィニーはじーっと見ていた。


 姉に会いたいだろうに、わざわざ自分の相手をしに来てくれたということは、おそらく公爵に頼まれたからだろう。


 そう思うと、まるで自分が重いだけの荷物であるかのように思えた。


 もう、ここでの目的はある程度達成したのだし、後は本当にこの部屋にこもって大人しくしている方が、みんなのためになるに違いない。


 目的──それは、自分の嫁入り先をフラの公爵に託したこと。


 あとはただ、彼を信じて待っていればいいのだから。


 そうウィニーが心に決めて、ちゃんとそれを実践するというのならば、スタファがわざわざ本命でもない自分に、付き合ってくれる必要はない。


 これ以上、フラの人たちに余計な手間をかけさせるのは、さすがのウィニーであっても心苦しくなる。


「えっと……私、ちゃんと部屋にいます。もう、部屋から出ないので…大丈夫です」


 ウィニーは、いつもよりずっと神妙に言葉に出してみた。


 しかし、ハハハとすぐさまスタファに、笑い飛ばされたのだ。


「お前は、フラの血が濃すぎるように見える。フラの人間に、大人しくしとけなんて……無理な話だ」


 事実──彼は、そのまま話を続ける。


「事実……兄上だって、ロアアールの馬車を開けただろう?」


 それが証拠と言わんばかりに、スタファは昨日起きた出来事を挙げた。


 自分の兄である公爵を、大人しく出来ない悪い見本にしてしまったのだ。


「ひど……」


「だから、フラの人間はそういう性質なんだよ。大人しくしていられない、ずっと無言でいられない」


 ウィニーの反論など、即座に言葉でかぶせて邪魔し、その上、指を二本折ってみせるのだ。


 1.大人しくしてられない。


 2.ずっと無言でいられない。


 心当たりがありすぎて、彼女は恥ずかしくなった。


 しかし、その性質は決して自分だけのものではないのだと、スタファは言う。


 フラの人間が、大体そうなのだと。


 そう言えば、この扱いの難しいスタファも、昨日さっそく姉を訪ねてこようとしていたし、庭に連れ出していた。


 言葉に至っては、ウィニーの方が言い負けるほどだ。


「いいんだ……それがフラの普通だからな」


 そして。


 馬鹿なことを言うし、やる。


 それを止められない気持ちを、フラの人間ならば分かると──そう、スタファは言ってくれたのだ。


 ロアアールでは、とても厄介なこの性質も、フラにかかれば当たり前。


 何て、居心地のよさそうな地域なのだろう。


 ウィニーは、心の底から感動してしまった。


 いま、こうして来てくれているのも、公爵に言われたのと、姉への好意のオマケではあるだろうが、少しはウィニーのことを心配してくれているのだろう。


「スタファさん……お兄さんみたい」


 子供の頃から憧れていた兄という存在が、いまそこにいる気がした。


 兄さえいえば、レイシェスは重圧から解放され、自分ももっと幸せになれるのではないか。


 そう思ったこともあった。


 ウィニーの言葉に、ぴくりと彼の指先が反応する。


「兄さん……そう呼んでもいいぞ」


 何だか、少し嬉しそうだ。


 彼は末っ子だと聞いたので、自分より下がいることが嬉しいのだろうか。


「え……」


 まさか、そんな切り返しがくるとは思ってもいなかったので、ウィニーは

ちょっと戸惑ってしまった。


「えっと……スタファ兄さ……ん?」


 これで、呼び方が合っているのかどうか分からないが、彼女はそぉーっと言葉を並べてみる。


「悪くない」


 うむ、と彼は満足そうに頷く。


 えへ、えへへ。


 ウィニーは、彼への苦手意識が軽く吹っ飛んだのを感じた。


 苦言の数々も、妹に対して言っているのだと思えば、何一つへこむことなどない気がしたのだ。


「えへ……スタファ兄さん、もし私がフラのどこかにお嫁入りすることになっても、こう呼ばせてくださいね」


 すっかり浮かれたウィニーは、遠くにある未来まで引き寄せて言葉にした。


 自分の未来が、全部ばら色に見えたのだ。


 瞬間


 曇ったスタファの表情を──見てしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ