手に入れたもの
『その日』の朝早く──ウィニーは侍女のネイラに起こされた。
新婦になる彼女は、式の支度があるため、早起きすることになっていたのだ。
しかし、それはウィニーにとっても侍女にとっても、色々な意味で大変なこととなった。
何しろウィニーが、重たい瞼をようやく開けた時には、毛布こそかかっていたものの、全裸だったのだから。
おまけに、ベッドは何かありましたと言わんばかりの痕跡が多数残っているだけでなく、ウィニー自身にも痕跡だらけだったのである。
「お嬢様……」
それは、未婚のネイラにとっても衝撃的な光景だったようで、赤くなったり青くなったり大変な騒ぎだった。
「えーっと……大丈夫よ、ネイラ。『あの人』だから」
ベッドの中で頭を抱えながらも、ウィニーは少しでも侍女を安心させようと言葉を探した。
今日、式を挙げる相手の仕業だと分かれば、多少は心が穏やかになるのではないかと思ったのだ。
恥ずかしいという気持ちより、困ったなあという気持ちが先に駆け抜けてしまい、こんな奇妙な反応になってしまった。
「そ、そうですか……はぁ、襟の詰まった婚礼衣装で、本当によかったです」
混乱から戻りきっていないまま、侍女は何ともいえないため息を落とす。
確かに、ウィニーもため息をつきたい気持ちだ。
身体の芯はズキズキと痛むし、足なんかまだしびれている気がする。
こんな状態で、彼女は今日の式に出なければならない。
姉やフラの兄弟や民衆の見守るなか、『あの人』こと、明け方去っていったひどい男──ギディオンの手を取らなければならないのである。
そんな重い身体のウィニーを気遣いながら、ネイラは彼女を起こして準備を始めた。
真新しい下着から始まり、真っ白なドレスを着て、おしろいをはたき、赤い紅を引かれる。
赤い髪の扱いに長けた侍女は、一気にぐいっとウィニーの問題児を持ち上げるや綺麗にピンで整えていく。
白い大きな生花が、髪に留められた。
この地方の結婚式では、よく使われる花だという。
白の手袋と、ヴェールは新しいものだ。
この左肩の町の女性たちから届けられた、かけがえのない贈り物である。
「お綺麗ですよ、ウィニーお嬢様」
ヴェールの前を上げた状態で、鏡の前に座ったままのウィニーに、後ろからネイラが優しく声をかけてくれた。
綺麗?
ウィニーは、首を傾げた。
鏡の中の自分は、昨日見た姉の匂い立つ、柔らかい美しさがあるようには見えなかったのだ。
まだまだ子供で、どこもかしこも頼りなく見える。
それでも、ここに映っている自分が、昨日と同じ自分には見えなかった。
本当ならば、昨日と同じ自分でなければならなかったというのに。
「ウィニー、とても綺麗よ」
支度が済む頃に部屋に現れた姉のレイシェスも、そう彼女を褒めてくれる。
だが、近い将来に見られる姉の婚礼姿には、敵うことはないだろう。
去年の春に王宮で着た青のドレス姿の姉は、あの時よりももっと美しかったのだから。
そんな自分と姉との美しさの違いをこれ以上考えないようにと、ウィニーがどこかへ押しやりかけた時。
「行くぞ」
またも、扉はノックもなしに開けられた。
シャツとタイと手袋以外は真っ黒な、婚礼衣装の男が現れたからだ。
「お、お待ち下さいませ。新郎様は教会にて、先に待機して頂くはずでございます」
ネイラが悲鳴にも似た声で、その男を止めようとしたが、それをまったく気にもせず、彼はすたすたとウィニーの側へやってくる。
さも当然のごとく、まだ鏡の前に座っている彼女の横に立つではないか。
鏡の中の自分の口が開くのを。ウィニーは見た。
「あ、あはははは、あはは!」
新婦にあるまじき、大口あけての大爆笑である。
どこまでも常識を踏みつけにする男──ギディオンの目に、自分しか映っていないのが、おかしくてたまらなかったからだ。
ゆうべもそうだった。
その前もその前も、どこからか分からないが、きっとそうだったのだ。
美しさというものに、ギディオンは興味がない。
常識も形式も、関係ない。
そんな男が。
ウィニーだけは、手に入れようとする。
彼の言葉を借りるならば、ゆうべ既に手に入れたはずだというのに。
「ギディオン、待ちきれなかったの?」
せっかくの化粧を、笑いすぎの涙で崩してしまわないように、ウィニーはまばたきを我慢しながら彼をからかった。
そうしたら。
ギディオンは、性質の悪さを隠さない瞳で、いつもの薄い笑みをその唇に浮かべるのだ。
「一時間後が、必ずやってくると、誰が決めた」
手が、差し出される。
早くその手を取らないと、二の腕を掴んで引っ張られるのではないかと思った。
「本当にそうね。じゃあ、また私が誘拐されるといけないから、一緒に行きましょうか」
ウィニーは、笑いながら彼の手を取った。
唖然とする姉と侍女を置いて、黒い男と一緒に外につながる扉へ向かって歩き出す。
こうしてウィニーは──教会で誓いの言葉を口にする前に、ギディオンという男の妻となったのだった。