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最初で最後の五重奏

 五人が晩餐の席に揃うなんて、初めてだ。


 ウィニーは、それにとてもウキウキしていた。既に、全員いまのギディオンと対面していたので、特に大きなトラブルが起きるとは思えなかったおか げだろう。


 そういう意味では、彼も丸くなったのかもしれない。


 ちらりと、向かいのギディオンを見ると、彼は性質の悪そうな細い目で、隣のスタファを見ていた。


 ええっ!?


 嫌な予感がして、ウィニーは思わず彼に言葉をかけようとした。ギディオンの意識を、こちらに引き戻そうとしたのだ。


 だが、遅かった。


「ヤニ下がった顔をしているな、気色悪い」


 何の溜めも間もない言葉の槍を、彼はスタファ目掛けてブン投げたのだ。


 ヤニ? ヤニ???


 意味が分からず、慌ててスタファを見るが、彼の表情は既にギディオンに向けられた剣呑な色に変わっていて、ウィニーにはよく分からなかった。


「気持ち悪いお前に言われたくない。口出しするな」


『これ以上、ここで余計なことを言ったら、ぶっとばす』──そんなスタファの言葉が、ウィニーの目の前で駆け抜けていく。


 彼は、何かギディオンに弱みでも握られたのだろうか。


 もしそうならば、致命的である。


 ギディオンに、それを効果的に使われてしまうだろう。


 フンと鼻を鳴らした彼の視線が、隣からはがれたので、ウィニーは自分のそんな予感が外れたかと思った。


 スタファの弱みを抉るのを、彼がやめたのだと。


「ドレスに着替えたのか。軍服の方が、動きやすいだろうに」


 しかし、次にギディオンの視線が向いた先にいたのは、姉のレイシェスだった。


 ギディオンが、女性の衣装に言及!?


 ウィニーは、驚きで両目が転げ落ちそうだった。


 無駄で無意味で不必要な言葉が、彼の口から落ちていく。


 いや、それは無駄ではなく、無意味ではなく、不必要ではないものなのだ。


 でなければ、彼が言葉にするわけがないのだから。


「ギディオン、黙れ! 彼女に無礼は許さない。俺も、明日ウィニーの夫になるお前の顔を腫れ上がらせたくない」


 誰よりも速く反応し、ギディオンをねじ伏せようとしたのがスタファである事実が、それを雄弁に物語っていた。


 彼は姉に声をかけているフリで、隣の男を見事に釣り上げたのだ。


 ギディオンの唇の端が、愉快そうに歪められる。


「そんな甘さは、捨てて来いと言ったはずだが」


「ギディオン……」


 火花が散る音が、ウィニーまで届きそうだった。


 その、一触即発の空気を壊したのは──姉だった。


「いいのよ、スタファ……隠すことではないのですもの」


 ウィニーは、驚いた。


 姉が声に乗せた『スタファ』という音は、これまで聞いたことがないほどの、深い心がこもっていたから。


 そこで初めて、姉をしっかりと見た。


 これまで、ギディオンのことが気になって、それどころではなかったのだ。


 姉は、微笑んでいた。


 白い頬には微かに朱がさしていて、伏せられるまつげさえ、艶めいていた。


 簡素なドレス姿だが、それでも隠しきれない美しさが、内側から溢れ出している。


 姉は、これまでずっと美しかった。


 しかし、それは柔らかい美しさではなかったと、ウィニーはいま理解した。


 一番柔らかく美しい姉が、いままさに彼女の目の前にいるのだから。


 そんな彼女が、一度ちらりとスタファとフラの公爵に視線を向けた後。


「ウィニー、タータイト公には既にお話をしたのだけれど……私はロアアールに戻り次第、イスト(中央)にスタファとの結婚の承諾を得るつもりで す」


「ええっ!?」


 ウィニーは、素直に声をあげてしまった。


 自分の結婚で頭がいっぱいだった彼女にとって、それは落雷並みの驚きだったからだ。


 予感がなかったわけではない。


 スタファは、ずっとウィニーの姉のことを愛していたし、姉もまたまんざらではなさそうだった。


 結婚はするだろうが、もっとゆっくりだと思っていたのだ。


 姉の性格上、きちんと周囲を固めて、時間の余裕を持って、誰からも文句のつけようのない完璧な自分の結婚を作り上げるだろうと。


 なのに、ロアアールに帰るなり、結婚の承諾を得るなんて性急な話になっているではないか。


 びっくりしたまま、姉を見て、それからスタファを見た。


「まあ、そういうことだ。よろしく頼むぞ、義妹」


 スタファは、多少居心地悪そうに顔を歪めた後、ごほんごほんと咳払いをする。


 何だかよく分からない空気だが、ウィニーには反対する理由は何もない。


 それどころか。


「姉さん、スタファ兄さん、おめでとう!」


 大歓迎だった。


「我が愚弟の、長年の執念に乾杯だな」


 フラの公爵の笑みがそこに加わり、一気に食卓は華やかに温度を上げ、ウィニーにとって楽しい晩餐となった。


「……」


 そんな温度を壊す言葉を、ギディオンが紡ぐことはない。


 ただ。


 黙ったままの彼が、時折、ウィニーを見ていたような気がした。



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