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姉と婚約者の攻防

 ウィニーは、この町の数少ない裕福な地主から、真っ白な婚礼衣装を譲り受け、わずかな手直しだけで着ることにした。


 正確には、ギディオンが結婚することを知り、ウィニーにロクなドレスがないことも知った地主が、半泣きで自分の娘が使った婚礼衣装を抱えて駆け込んで来たのだ。


『決して粗末な結婚式は挙げさせませんとも!』(フラの補佐官翻訳)と言う、彼の取り計らいで、町の女性たちが一斉に動き出した。


 ヴェールが縫われ、異国の形式の違う教会は綺麗に清められ、飾り付けられた。


 忙しく走り回る妻を見ながら、男たちは覚悟を決めた目で、どこかに隠していた秘蔵の酒を贈ってくれた。


 豪華なものは、何もない。


 だが、それはあくまでも『物』の話だ。


 左肩の町の人々は、皆この結婚を祝福してくれていて、精一杯の心で応えてくれようとしていた。


 寒い国の人たちの胸にあるのは、『冬が来る前に』だ。


 身動きが取れなくなってしまう前に、やれることを大急ぎでやってしまわなければならない。


 短い夏が過ぎてしまえば、秋はもっと短いのだから。


 ロアアールとフラの軍は、この地で越冬することが決まっている。


 次に、ニーレイ・ハドが攻撃を仕掛けて来るのは、早春だろうと見られていた。


 拳の国から、一番増援を送りにくい時期であるため、この地で越冬する必要があったのだ。


 フラの公爵も来ていたおかげで、あっさりとフラ軍の駐留延長が決められたのは幸いだった。


 ただ問題は、既にフラの軍人とこの町の女性の結婚式が行われた、ということだろうか。


 この調子で越冬すれば、町の女性の多くがフラに連れ去られる事になるかもしれない。


 年頃の娘のいる家庭では、『赤毛の男には十分注意しなさい』と、言われているとかいないとか。


 そんな笑い話はさておき。


 いよいよ、明日はウィニーの結婚式となった。


 接収されたニーレイ・ハドの司令官が使っていた屋敷で、ウィニーはその日を迎えようとしていた。


 その前に── 一晩だけ泊まっていく姉を出迎えるのだ。


 ウィニーは、この町の人たちに自慢の姉を見てもらえると思い、鼻高々だった。


 兵と物資を送った人が、うら若く美しく聡明な女性であることを、その目に映すのだから。


 そんな姉は、しかし、軍服でやって来た。


「華美な衣装では、この町に失礼でしょうから」


 決して勇ましく見えないのは、姉の線の細い美しさのおかげだろう。


 それどころか、軍服ではとても隠し切れない気高さが際立っていた。


「ありがとう、姉さん」


 同じく軍服で出迎えたウィニーは、その白い手を取って嬉しさを伝える。


 侍女のネイラも、大荷物で同行していた。


 姉の荷物かと思いきや、彼女自身のものだった。


「これからも、お側で働かせて下さいませ」


 涙をいっぱいにその目に浮かべ、ネイラはここで生きることを誓うのだ。


「ありがとう、ネイラ……本当に心強いわ」


 女性の少ないこの場所は、ウィニーには窮屈で大変な部分が多々あった。


 そこを助けてくれる人の登場を、彼女が喜ばないワケがない。


「あなたがギディオンね」


 ウィニーが、侍女の手をぎゅっと握っている向こう側で。


 姉のレイシェスは──彼と向かい合っていた。


 彼女が到着するギリギリ直前に、ギディオンはゆっくりと玄関ホールにやってきていた。


 全員が軍を離れるわけにはいかなかったため、フラの公爵がいまそっちに詰めている。


 この屋敷で姉を待っていたのは、ウィニーとスタファ、そして、彼女の夫になる予定の男。


 スタファをすっ飛ばして、姉はギディオンと向かい合ったのだ。


『あなたがギディオンね』


 まるで、初対面であるかのような言葉。いまの姉は、イスト(中央)で見た姿とは大きく違う。


 あの時の姉は、ただ美しかった。


 けれど、今にして思えば、心に余裕はなかったし、王太子の行動に振り回されているように見えた。


「お前がレイシェスか」


 そしてまた、ギディオンもあの頃とは大きく違う。


 彼女の言葉を不敵に受け返す男は、いまや全てを『楽しんで』いるように見えたのだ。


「妹のことを、よろしくお願いしますわね」


「人に言われるまでもない」


 違う質の力が、ガチンとぶつかり合う音がした。


 頑丈な盾を押し出す姉を、鞘に入ったままの剣で跳ねのけるギディオン。


 どちらの言葉にも、余力がある。


 本音だが本気ではない。


「妹の……どこが良かったのかしら?」


 盾を構えたまま。


 姉はウィニーの目の前で、そんなことを問いかけた。


 新郎予定の男を、からかう言葉としては声が低すぎる。


 まるで、ギディオンを値踏みしているかのような、探る声だ。


 それに対して、彼はと言えば。


 ここにウィニーがいるというのに、ちらりとも見もしないで、非常に失礼な言葉で姉にこう答えた。


「『馬鹿』なところだ」


 あー、うん、まあそうだよね。


 ウィニーは、照れとは別の意味の羞恥で、自分の耳が熱くなるのが分かったのだった。


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