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命綱

 レイシェスは、ロアアールにて三通の手紙を受け取った。


 ウィニーからは、結婚することになったという手紙を。


 フラの公爵からは、ウィニーの結婚を認める手紙を。


 スタファからは、レイシェスへの愛と──あの男についての忠告の手紙を。


 イスト(中央)の沙汰を待つでもなく、ロアアール公爵への確認の手紙でもなく、既にウィニーの結婚は決定づけられ、動き出している。


 三人とも、それを手放しで歓迎している様子はない。


 ということは、この件を推し進めているのは、四人目ということになる。


 どうあっても、ウィニーを手に入れたいと思っていた男は、やはり今でも変わることはなかったのだ。


 日々届けられる、左肩の町──拳の国と、回廊を腕と見立てた時、左肩辺りに位置するため、便宜上そう呼んでいる──の情報は、暴動の話ひとつ聞くことのない、穏やかなものばかり。


 ギディオンが、もし昔と同じように振舞っているというのならば、この結果が出ることはないだろう。


 だが、彼が生まれ変わって善人になったわけではないのは、スタファからの忠告でよく理解した。


 善人の皮をかぶっただけで、ギディオンは昔とさして変わっていないのだと。


 ただ。


 そんなスタファでさえ、認めることがある。


 それが、ウィニーの存在だ。


『およそどうしようもない男ですが、その男に堂々と文句を言い、手綱を引き絞れる女性は、おそらくこの世でウィニーだけかと思います』


 不承不承というスタファの顔が、手紙の文章から浮かぶ。


 心からは認められない。ウィニーの幸せを思うなら、なおのこと。


 そんな心が、一文字一文字からあふれ出している。


 けれど。


 彼は、レイシェスの妹のことを『女性』と評した。


 一人前の女として認め、ギディオンを御すことが出来ると認めたのだ。


 それを想像すると、レイシェスはふふふと笑ってしまう。


 ウィニーが、突然百戦錬磨の強靭な女性になったところを想像してしまったからだ。


 しかし、実際は全然違うだろう。


 慌てたり、困ったり、笑ったり──そのどこにも、計算はない。


 素直で、ただ心根がまっすぐなのだ。


 ギディオンが、どれだけひねくれ曲がっていようとも、ウィニーがそれに合わせてねじれるということは想像がつかない。


 それどころか、ギディオンの方が、彼女のそのまっすぐな線に、蔦のように絡み付いてこようとしたではないか。


 その様子を考えると、彼はとてもウィニーを愛しているのではないかと考えてしまいそうになる。


 それが真実かどうかは、いまのギディオンを直に見るしかないのだろうが。


 レイシェスは、執務室にある人を呼んだ。


「お呼びでしょうか?」


 すぐに現れた女性は、ウィニーの側仕えのネイラである。


 これまで、何度も妹の側に行きたいと、レイシェスに願い出ていた。


 左肩の町が安定するまでは駄目だと却下する度に、彼女は『そんな危険なところに、ウィニーお嬢様一人ではおかわいそうです』と熱心に訴えていたのだ。


 彼女の目からしてみれば、妹の人生はかわいそうの連続だろう。


 母に疎まれて育ち、王都では王太子に振り回され、ロアアールに帰ってきたら防衛戦に出立して死にかけ、治ったかと思いきやフラに誘拐された挙句、戻るなり次は国境を越えて行ってしまったのだから。


 それでも、ウィニーは不幸でもかわいそうでもないと、レイシェスは思っている。


 本人が、もはやそう思っていないと知っているからだ。


 ウィニーは、先の見えない闇をかきわけた向こうに、光があることを知っているし、そこに出るための、もがき方も知っている。


 レイシェスの自慢の、かけがえのない妹だった。


「ウィニーの結婚式を、雪が降り始める前に執り行います。結婚式の一日だけ、私も左肩の町へ行きますから、あなたも支度なさい」


 そんなかけがえのない妹を、しかし、助ける人間は必要だ。


 いまは、フラの公爵もスタファもウィニーの側にいるが、いつまでもそうではない。


 追って周囲を固めるにしても、今は一人でもウィニーが心を許し、頼れる人間が必要だった。


 レイシェスの言葉に、ネイラはぱっと顔を輝かせ、しかしその直後、真剣な面差しへと変わった。


「一生分の荷物を……持って行ってもよろしいのでしょうか?」


 結婚式への一日だけの同行なのか、それ以降もずっとウィニーの側にいられるのか──ネイラが強く後者を願っているのが、言葉から伝わってくる。


 まるで、自分が嫁入りするかのような意気込みだ。


 一生。


 その重い言葉を、レイシェスは慎重に扱った。


 深い忠義は嬉しいが、ネイラには恋人がいるはずだ。


 彼女の夫になる予定の男は、確かにいま左肩の町にいるが、それもまた永遠ではない。


 複雑な視線を感じたのだろう。


「もし、かの町で一大事が起きることがあれば、真冬であっても必ず回廊を越えて手紙を届けに参ります」


 ネイラは、決意のまなざしと共にこう強く訴えてくる。


 ああ。


 レイシェスは、彼女の中にフラの血を見た。そして、ロアアールへの愛を見たのだ。


 祖父のように、ネイラはフラへ書状を運ぼうとした。


 その時の思いを、彼女はこれから永遠に忘れることはないだろう。


 彼女のいまの言葉を、ただのひとかけらも疑うことは出来ないし、その権利を奪うことも出来ない。


 だから。


「出来れば、真冬は避けてちょうだい……あなたが回廊を越えられても、ロアアール軍が超えられないから」


 レイシェスは、目の前の忠義厚い女性に──ウィニーの命綱を託したのだった。


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