中庭へ
フラの男たちの話は、とても面白かった。
社交的な性格と、女性への献身の気持ちがあるためか、女性を楽しませる話題を数多く持っているのだ。
おかげでレイシェスは、何度も強い笑いを我慢しなければならかった。
「雪を持って帰って来いと、スタファに言ったんだがな……手ぶらで帰って来るなんて、あの時は失望したぞ」
「兄上は、雪が溶けることもご存知ではなかったようですから、それを教えて差し上げたのですよ」
弟のスタファも、兄のようによく言葉の回る男だった。
ただし、公爵よりも毒気のある言葉が得意なようだが。
「フラは、雪は降らないそうですが……水遊びは、出来るのでしょう?」
季節が逆の地域だけに、お互いないものねだりの憧れのような話が交わされる。
これらのことは、手紙でも何度か話に出したことではあるが、こうして言葉でやりとりをすると、また違った趣があった。
「そうそう、子どもの頃はよくずぶ濡れになって叱られたものだ」
「よく、ずぶ濡れにさせられた記憶が、私にはたくさんありますよ、兄上」
仲の良い兄弟だが、少し年は離れているようだ。
スタファが小さい頃は、きっと兄にいじりまわされたに違いない。
聞けば、公爵は27歳、スタファは19歳だという。
二人の間には、更に二人の女性。
「母違いを入れれば、10人は越えます」
付け足されたスタファの言葉に、レイシェスは反応に困ってしまった。
近年のロアアールでは聞かないが、王族や一部の公爵は側室を持っている。
確実に男の子孫を残すための方法ではあるが、女の身からすると反応に困る話でもある。
「え? じゃあ、フラの公爵のおじ様にも、他に女性の方がいらっしゃるんですか?」
なのに、きょとんとした顔のウィニーが、ずばっと聞いているではないか。
その、余りに素直な疑問に、スタファが向かいのソファで口元を押さえて笑っている。
何という話をしているのか。
驚きの余り、レイシェスは言葉を挟むことも、妹を制することも忘れてしまったのだ。
「そうだよ。正妃は亡くなってしまったが、二人の女性に仕えてもらっている」
だが、公爵は何のわだかまりも見せずに答えた。
レイシェスとスタファの雑念など、どこ吹く風だ。
ウィニーは、そんな公爵に嬉しそうに笑みを浮かべている。
「よかった……それじゃあタータイトの公爵のおじ様は、お寂しくはないのね」
一瞬、妹が何を言っているのか分からなかった。
「ありがとう……ウィニーは優しいね」
だが、公爵は十分その気持ちを汲んだ瞳で、赤毛の妹を見つめ返す。
「健康的な発想をするものだな」
スタファは、呆れたような笑ったような微妙な表情で、ウィニーの言葉に茶々を入れる。
そこまできて、ようやく少しだけ、妹の健康的な発想なるものがレイシェスにも伝わった気がした。
ウィニーは、公爵が正妃を失った事を、きっと自分が祖母を失った事のように思っていたに違いない。
自分が寂しかったように、彼も寂しい思いをしているのでは──それが杞憂であったことが嬉しいのだ。
本当に健康的な発想は、正妃と側室の関係などすっとばし、ただ公爵の幸せだけに重点を置いて考えた結果、出てきたのだろう。
さすがは、ウィニーというべきか。
レイシェスには、とても追いつくことのできない思考だ。
それは、公爵を前よりもにこやかにしたように思えた。
※
楽しい会話が、ひと段落した頃。
「よければ……ご一緒に庭に出ませんか?」
スタファは、レイシェスを外へと誘ってきた。
少し神妙に、しかし、男らしい黒い瞳を強めて自分を見ている。
「花壇で、春の花が咲き誇っていますよ。男一人で愛でるには、少々恥ずかしく思います」
花を見たいが、付き合ってもらえないかと誘っているのだ。
フラの男は、こんな誘い方をするものだろうか。
楽しいスタファと花を見に行くのは嫌ではないが、ここには公爵やウィニーもいる。
二人だけで出かけるのは、おかしなことではないかと、公爵の方へ視線を向ける。
「もしよければ、弟のお相手をしてもらえるかな? 弟より私の方がよければ、私がご一緒するよ」
「兄上……」
からかうような瞳を向けられ、スタファは軽い睨みを返している。
この申し出は、事前に兄の許可を得ていたことが、そこで分かった。
公爵に失礼にならないというのならば、レイシェスに断る理由はない。
ただ、ウィニーを残して行くことになるため、今度は妹の方を見た。
大丈夫だろうか、と。
目は口ほどにものを言う──ウィニーの目は、きらきらと輝いてこちらに向けられているではないか。
「どうぞ、ごゆっくり」
満面の笑みで送りだしてくれる妹に、腑に落ちない気持ちを抱えたまま、レイシェスは庭に向かうことにしたのだった。
※
「まあ……」
王宮の中庭には、柔らかな春の花が咲き乱れていた。
ロアアールでは、まだ見られない景色だけに、それはとても贅沢なものに思えた。
その花に誘われたのは、何も彼らだけではない。
王宮の女性なのか、はたまた既に到着している公爵家の身内なのかは分からないが、女性が殿方や召使いをともなって、花を愛でている。
「綺麗でしょう? さきほど、少し散歩に出た時に見ていたのです」
スタファの言葉の『さきほど』とは、ウィニーと出会った時だろうか。
「王宮へは、よくいらっしゃいますの?」
「いえ、これで三回目です」
「あら、それでも私より先輩でいらっしゃるのね」
四年前に、来たということだろうか。
四年前と言えば、祖母が亡くなった年。
その年のスタファは、とても忙しかったことだろう。
冬の終わりにはイスト(中央)に、そして次の冬の始まりには、ロアアール(北西)にいたのだから。
勿論、その冬の始まりとはあくまでもロアアールの感覚であって、こちらではまだ秋だったろうが。
「前回までは、まだ姉が一人来ていたのですが……嫁いでしまいましたので、男ばかりのつまらない旅になりました」
「つまらなくはないでしょう、楽しそうですわ」
彼ら二人のやりとりは、先ほど見せてもらった。
あんなに、面白い言葉を交わせるのだ。
つまらないなんて、とんでもなかった。
「それは、女性がいる前だからですよ……子どもの頃から顔を突き合わせている男二人の会話など、女性に聞かせられたものではありませんから」
とても想像できないことを、スタファは苦笑しながら口にする。
「女性同士とは、違うのですね」
明るい色の花から彼に視線を移すと、やはり明るい色の短い髪が視界に飛び込んでくる。
その度に、ウィニーや祖母を思い出してしまう。
「そうですね……女性同士の旅は、さぞ楽しいのでしょう」
言外に、『さぞ、うるさいのでしょう』と匂わされた気がした。
その言葉の中に、妹が潜んでいるのに気づく。
既にウィニーと話をしたスタファは、妹の性質を知ったのだろうか。
「そうですね……ウィニーといると退屈はしませんわ」
言外を綺麗にくみ取って、レイシェスはその柄杓を彼へと返した。
「それは……羨ましいことです」
スタファの含んだ言葉は、どちらが羨ましいという意味だったのだろうか。