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夜会で「婚約破棄しよう」という常套句に呆れて振り返ったら、双子の愚兄だった件。

【短編版】夜会で「婚約破棄しよう」という常套句に呆れて振り返ったら、双子の愚兄だった件。【連載版はじめました】

作者: 織子
掲載日:2026/06/13


「ミネルバ・アウグスタ。貴方との婚約は今日をもって破棄させてもらう!」



きらびやかなシャンデリアが輝き、ドレスや正装に身を包んだ貴族達が集う、皇城での夜会。

高らかに宣言されたその発言に、夜会会場は騒然となった。



(‥‥‥婚約破棄?はっ。そんな常套句、本当に言う奴がいるなんて。昔、よく読んだな。その手の本を‥‥ん?) 


シリル・ラウザーは自身の思考に違和感を感じた。


(昔?本なんて読んだ覚えは‥‥‥)

脳に衝撃が走り、足元がぐらりと揺れた。


(ま、待て。そうか‥‥)

シリルの脳内に走馬灯の様なものが駆け巡る。見覚えのある建ち並んだ高いビル群。反りの合わない上司。自分に猛スピードで迫ってくるトラックのヘッドライト。


「――ッ」

ガタン!と音を立ててしまった。近くのテーブルを咄嗟に掴み、グラスが一つ倒れる。


「大丈夫ですか?お怪我は?」

近くにいた侍従が駆け寄る。シリルは頭を振り答えた。


「大丈夫だ。問題ない」


(‥‥‥‥そうか。俺は転生したのか)


まだ痛む頭を手で抑え、辺りを見渡した。そして自身の記憶と照らし合わせる。


(俺はシリル・ラウザー。ラウザー公爵家の次男だ。‥‥変な感覚だな)

前世と、転生後の記憶が混ざり合う不快な感覚。生前も物事の変化に動じる事はあまりなかった。とりあえず、『転生』を思ったよりも軽く受け入れ、先ほどの常套句を言った主を探す。


(前世で山程読んだな。異世界もの)

妹が先にハマり、勧められるままに自分もハマってしまった。


(まさか本当に言う奴がいるなんて。皇室主催の夜会だぞ)

そんな騒ぎを起こす馬鹿の面を拝もうと、周りの視線を追う。視線の先に居た人物を見て、シリルは驚いた。シリルと同じ顔をした人物だったからだ。


(おいおい。俺の愚兄じゃないか)

アレックス・ラウザー。シリルの双子の兄だ。


アレックスは隣にいる令嬢を引き寄せた。

「やはりしがない子爵家の娘など、ラウザー公爵家には必要ない。それに最近では、私と仲の良い事に嫉妬して、リリーア嬢に執拗に嫌がらせをしているそうだな」


愚兄の腕にしがみついている令嬢を見て、シリルは呆れた。リリーア・タナトス伯爵令嬢。桃色のふわふわと揺れる髪。露出の多いドレスを着ている。


(まさか、ミネルバ嬢と婚約破棄をしてリリーア嬢と婚約し直したいのか?)

どう見たって、リリーア嬢は性格に難がありそうだ。


リリーア嬢は震えながら口を開いた。

「私がアレックス様と仲が良いため、ミネルバ嬢を不快にさせてしまったのです。アレックス様、申し訳ありません‥‥‥」

涙目になるリリーア嬢を、愚兄アレックスは抱きすくめる。皆の目がある夜会会場でだ。

シリルは頭を抱えた。尚も愚兄は口を開く。


「気弱なリリーアにした嫌がらせ、償ってもらうぞ」


(あんなに胸を押し付ける淑女が、気弱な訳ないだろ)


たわわな胸をこれでもかと愚兄に押し付け、愚兄はミネルバ嬢を睨みすえながらも、鼻の下が伸びているのが隠せていない。なんとも見苦しい。


(俺たちは何を見せられているんだ)


人だかりで肝心のミネルバ嬢の様子が見えない。一番の被害者である彼女を、放っておくわけにはいかない。

(前世の記憶もあるが、シリルとしての記憶もある。身内の恥だ。恥死してもおかしくないほどの)

恥ずかしくて出たくないが、シリルは中央へ向かった。そして思い切り、侮蔑した声を出した。


「‥‥‥兄上、いい加減になさってください」


愚兄達と、ミネルバ嬢の間に割り込んだ。アレックスが目を見開く。


「お、お前、シリルか?今、なんと言った?」


(耳までおかしくなったのか?)

「耳までおかしくなったのですか?いい加減にしてくださいと申し上げたのです」

思った事を言ってしまった。出来る限り丁寧に、これ以上なく侮辱をしてみる。

アレックスは口をパクパクさせている。


(何をそんなに驚くことがある?――あ)


シリルは愚兄の驚きに納得した。前世を思い出す前の――数分前のシリルはこんな性格ではなかったからだ。公衆の面前に立ち、兄に堂々と意見を言うなど、以前のシリルを知る者からすれば青天の霹靂だ。


アレックスが愚兄ならば、シリルは愚弟だった。


傲慢で色欲の強い長男と、気弱で脆弱な次男。シリルは社交界どころか、邸宅から外に出る事も少ない引きこもりだった。幼い頃から兄に虐げられていた為に話し方もオドオドと小声で話し、要領も悪く暗い幼少期を送っている。


そんなラウザー兄弟に、帝国の貴族はラウザーの行く末を案じていた。帝国に二つしかない公爵家の後釜を、虎視眈々と狙う者たちもいた。


だが愚兄であるアレックスには、カリスマ性があった。良くも悪くも、人を惹きつける。上手く誘導出来る配偶者さえいればと充てがわれたのが、ミネルバ・アウグスタ子爵令嬢だ。アカデミーを首席で入学し、経営学を専門に学んでいる。



(アレックスは彼女の事を地味で愛想がないと言ってたな)

アレックスの顔立ちは、言いたくはないが悪くない。ブルーグレーの髪と、母譲りの美貌を持ったいけ好かない顔立ちだ。令嬢達によく騒がれている。まぁ自分と瓜二つな訳だが、シリルは持ち前の陰湿な性格と、前髪で顔半分が隠れている為に令嬢達が騒ぐ事はなかった。


シリルの物言いに絶句しているアレックスを放置して、シリルはミネルバと向き合った。今回の事をどう謝ればいいのか分からないが、とにかく謝罪をしなければ‥‥‥。


視線の先にいた令嬢を見て、シリルは絶句した。

(‥‥‥美女だ)


流れる金髪に、吸い込まれそうな新緑の瞳。

(ミネルバ・アウグスタだよな?)

アレックスの視力を疑いたい。どこか地味なのか?ミネルバがリリーアの何処に劣るというのだろう。


(胸さえ押し付けておけば、アレックスは落ちると言うことだな。箱入りだからな)


ミネルバからの視線を感じ、シリルは慌てて頭を下げた。

「ミネルバ・アウグスタ子爵令嬢。兄の愚行を謝罪致します」


シリルが頭を下げていると、小さいが、鈴の鳴るような声が耳に届いた。


「頭を上げてください。ラウザー令息。令息の謝る事ではありません。私がアレックス様と、信頼関係を結べなかった事がいけなかったのです」


(声まで綺麗だ)


シリルはアレックスだけが名前で呼ばれた事に苛立ちを感じた。

(いや、今はそこじゃない)

すぐに頭を整理し、貴族然として表情を引き締めた。


シリルが口を開きかけると、アレックスの怒号が響いた。

「シリル!お前はもう下がれ!」

アレックスの怒りを孕んだ声に、長年染み付いた習慣が抜けずに身体がびくりと反応した。


(くそっ‥‥)

心中で悪態をつき、アレックスの視界にミネルバが入らないように立つ。


「下がるのは兄上の方です。陛下がまだ来られていないから良いものの‥‥兄上とミネルバ嬢の婚約は皇命でした。それをこのような公の場で‥‥」

こちらも負けじと声を低くする。普段は背を丸めていたのでアレックスも気付かなかったようだが、実は背も体格もシリルの方が少し大きい。

剣術が好きだったシリルは、引きこもりながらも鍛錬を怠らなかった。剣術の訓練をサボっていたアレックスには僅かな筋肉が付いているだけだ。


いつもとは違い、堂々と立ちはだかるシリルに、アレックスは気付かぬうちに後退りした。


「こ、皇命とは言え、陛下自身この女の真の姿を知らなかったに違いない。俺が説明すれば陛下も納得されるだろう」


(何を根拠に‥‥)

我が愚兄がこんなに頭が悪かったとは。


「ラウザーの行く末を案じた陛下と父上が選んだご令嬢です。宰相ですらアウグスタ嬢の才覚を認めているというのに‥‥兄上の隣にいる令嬢の顔をご覧ください。ものすごい剣幕で我々を睨んでいますが?」


その鬼のような女よりミネルバの性根が悪いとでも言うのか。

シリルの言葉に慌ててリリーアが表情を治した。アレックスはリリーアの顔を覗き込んだが、それはもう仮面を貼り付けたあとだ。


周囲の呆れたものような見る視線に、アレックスも流石に気付き、表情が曇った。


「シリル!貴様、急にずけずけと物を言うようになったな?ミネルバを擁護し、後継者の座を奪おうとでも言うのか?」

喚くアレックスを見て、シリルは考えた。


(それもアリだな)


アレックスが当主になり、リリーアと婚姻を結べば公爵家の行く末は見えている。公爵領の領民を飢えさせたくはない。以前の自分ならまだしも、今の自分ならば公爵家を率いていける自信がある。

シリルはミネルバに視線を向けた。


(覚えている。この子だったのか)


引きこもりの時期、アカデミーの試験だけ受けに行った事がある。普段訪れないアカデミーで迷子になり、助けてくれたのはミネルバだった。見るからに陰気なシリルを、他の生徒は避け、途方に暮れていた。


(あれが5年前か。すごく綺麗になったんだな)


また見惚れそうだったので、すぐに視線を前に戻した。

(なんにせよ。愚兄にこれ以上はまかせられないだろう)


「そうだな。そうしよう。兄上ではなく、私が爵位を継げるよう陛下に進言する」


はっきりと言い切ったシリルに、アレックスはぽかんと口を開け、わなわなと震えだした。

「シリル‥‥‥!貴様‥‥!」



そんな兄をシリルは眼中にないかのように無視して、ミネルバの手を取り向き直る。


「ミネルバ嬢、こんな所で言う事ではないですが、兄上との婚約の破棄が済みましたら、私と婚約をし直していただきたい。貴方に釣り合うよう努力致します」


真摯に伝えたつもりだが、シリルも慣れていない。不安を感じたままミネルバを見ると、みるみる顔を赤らめていく。


「可愛い‥‥」

思わずぽつりと呟くと、ミネルバは更に真っ赤になった。


「か、からかってらっしゃるのですか?そうでしたらおやめください」

「からかうなどと。ミネルバ嬢が可愛いのは本心です」

シリルが慌てて言うと、ミネルバも更に慌てた。はたから見れば、何をいちゃついているんだと思われても仕方ない状況だ。



「お前が後継者になれる訳がないだろう!悪霊でも取り憑いたのか!正気に戻れ!」

真っ赤な顔で喚くアレックスを、シリルが睨む。


ミネルバとの会話を邪魔しないでもらいたい。悪霊などと失礼だな。あながち外れではないけど。


後継者の座はこれからゆっくり奪い取れるだろう。

引きこもっていた合間に読んだ書物の量は、アレックスの比ではないし、暇だったので父の書斎に入り事業計画書に目を通し、父と意見を言い合ったりもしている。


陰鬱だった性格さえ除けば、シリルの方が後継者に相応しい事を、父も知っている。


(とりあえずこの場では、ミネルバの冤罪だけは晴らしたいな)


「私は正気ですよ兄上。リリーア嬢、話を少し戻しますが、ミネルバから嫌がらせをされたそうですね?」


話を振られたリリーアは、一瞬びくりとしたが、すぐににやりと顔を歪ませた。


(俺がその話を鵜呑みにしたとでも思ったのか?分かりやすくて吐き気がするな)


わざわざ話を持ち出さずとも、周囲の貴族達の呆れた顔を見れば、リリーアの戯言だと知ら示ずとも良さそうではある。しかし一部の頭の弱そうな者達は、リリーアの話を信じているようだ。アカデミーでアレックスとリリーアの仲の良い令息と令嬢達だ。アレックスと同じで、騙され易く、御し易い者達。残念な事に箱入りに育てられた高位貴族の嫡男が多い。


リリーアは歪んだ表情から儚げな表情に変わり、涙ながらに訴えた。


「ええ。そうなのです。日々執拗な嫌がらせをミネルバ嬢から受けておりました」

「具体的には?」

シリルは感情を無にして聞いた。


「私がアレックス様とお昼を食べていると、上から水をかけられたり‥‥その後、上の廊下でバケツを持ったミネルバ嬢を見掛けた生徒がおります」

「ふむ」

「社交のダンスレッスンの時間で着るドレスが裂かれていたり‥‥こちらも衣装室にハサミを持って入って行くミネルバ嬢を見た生徒がおります」

「ほう」

「この間は、部屋に男性と閉じ込められ、危うく身体を暴かれるところでございました。アレックス様の部下が助けてくださいましたが、後にその男性に聞くと、ミネルバ嬢に命じられたと‥‥うっううっ」

手で顔を覆い泣き出したリリーアを、アレックスが抱きしめる。


「もう良いだろう!辛いことを思い出させる必要はない。ミネルバを罰せれば済むことだ」


(良い訳がないだろう)

これ以上呆れることは出来ないのだが、我が愚兄は想像を超えてくる。

泣きながらもツラツラと述べたリリーアを一瞥し、どうしたものかと考える。その()()()()という生徒達にシリルも言質を取りたいが時間がかかる。

思案していると、後ろに居たミネルバがそっとシリルの上着の裾を引いた。どきりと心臓が跳ねる。


「ミ‥‥いえ、アウグスタ嬢?」

「ラウザー令息。私に言わせてください」

ミネルバはにっこりと微笑んだ。


シリルは意思の強い瞳に気圧され、一歩下がった。


「リリーア嬢、最初の水をかけられた件ですが、アレックス様と、アレックス様の護衛に確認したところ、私には不可能な日付でした。私はその日‥‥と言いますか、その週は経営学の現地見学の為に皇都にはおりませんでしたから」


「あ、そうだったな」

アレックスが莫迦みたいに返事をすると、リリーアの表情が陰った。


「以前にも申し上げたのですが、リリーア様は忘れてしまったようですわね」

ミネルバは口元には笑みを湛えているが、目は冷ややかだった。シリルの背筋にぞくりと恍惚な痺れが走る。


リリーアが負けじと声を張った。

「で、ですが!他の件は‥‥」

「ええ。リリーア様にその件を問い詰められてから、私は自身に付き人を付けました。陛下にお願いして身元の確かな者を」


リリーアは狼狽えた。

「え‥‥」

ミネルバは冷たい微笑みを絶やさずに言った。

「こうしている今も、私には監視が付いております」

ミネルバの言葉に、離れた場所にいる騎士が一礼をした。胸元に付いている紋章は皇室騎士団の物だ。


「ですから‥‥一つ目の件も、二つ目以降の件も、私には不可能です。皇室騎士団の方の目を盗むなんてことは出来ませんから」


皇室騎士団が絡んでいるならば、異を唱えることなど出来ない。アレックスも黙り、リリーアの手が震えている。周囲がざわめきはじめた。


『まぁ。自分を監視してもらうだなんて、アウグスタ嬢は本当に頭が良いのね』

『子爵家と言えど、教養もおありだし、公爵夫人に相応しいのに、アレックス様は見る目がないわね』

『娼婦のようなあのご令嬢より全然マシじゃない』


いくつか聞こえてきたざわめきに、リリーアの顔は屈辱で真っ赤に染まった。

ミネルバの堂々とした立ち姿に見惚れていたシリルは、咄嗟にグラスを掴んだリリーアの行動を止めるのが遅れてしまった。


「うるさいっ!」

甲高い声で喚くと、リリーアは掴んだグラスをミネルバに投げた。


ガラスの割れた音と、バシャッと水の弾ける音がホールに響く。


咄嗟に目を瞑ったミネルバは、濡れていない自分に驚いた。

「ご無事ですか?」

変わりにグラスの水を浴びたシリルが、前髪を掻き上げてミネルバを覗き込む。


(水で良かった。ミネルバ嬢も濡れていないようだし)


ミネルバに怪我がないか確認していると、ミネルバ嬢が奇怪な声を出した。

「ち、近いです‥」

顔が真っ赤だ。慌てて顔を離すと、周囲から黄色い声が上がった。


「きゃあっ」

「まぁ‥‥なんて麗しいのかしら」

「アレックス様と瓜二つね。だけどシリル様の方が素敵だわ」


顔を覆っていた前髪を上げたので、視界が広がった。アレックスが何故か悔しそうに自分を見ている気がする。

(何だ?)

不快な目付きだ。睨み返すとアレックスから目を逸らした。



「皇帝陛下のおなりです!」


皇帝の到着の声がホールに響くと、人垣が割れた。黒地のマントを翻し、皇帝は真っすぐこちらへ向かっている。後ろに控えているのはラウザー公爵。シリルとアレックスの父だ。‥‥‥‥ものすごく渋い顔をしている。


「何の騒ぎだ‥‥と言いたいところだが、一部始終を見させてもらった。公爵、そなたの息子達が騒ぎを起こした様だな」

皇帝の低く響く声に、ラウザーは頭を深く下げた。


「愚息達が申し訳ありません」


皇帝はアレックスを見、シリルを見、ミネルバを見た。

「ふむ。ラウザー令息達の処分は追って知らせよう。お前達は今日は下がりなさい。アウグスタ嬢、私の甥がすまない事をした。謝罪も後日正式に行う」


「とんでもないことでございます」

ミネルバも頭を下げる。

「シリル。そなたがアウグスタ嬢を送ってあげなさい。アレックスはしばらく謹慎だ」


「はい」

「なっ‥‥」

口を開きかけたアレックスを、シリルは睨んだ。


「アウグスタ嬢、行きましょう」

シリルが言うと、ミネルバは皇帝に一礼して歩きかけだが、ピタリと止まった。


「陛下、アレックス様にお伝えしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


「許可しよう」

皇帝が頷くと、ミネルバはアレックスに向き直った。


「アレックス様。嫌がらせの件は否定致しますが、婚約破棄は喜んで承諾致します。私も望んでおりましたので」

ミネルバは今日一番の美しい笑みを称えてカーテシーをとった。


「では」

周囲に余韻が残るほどの美しい所作だった。シリルも目を奪われた。あれがアレックスに向けたものだと思うと、なんとも腹立たしい。


そのまま出口へ向かうミネルバを、シリルも追った。


シリルはすれ違い様にアレックスに呟いた。

「謹慎で済むといいな?」


顔は見えないが、どんな表情をしているか容易に想像が付く。



ホールから出ると外は暗くなっていた。二つの月が高い位置まで昇っている。 


エスコートをしようとミネルバに手を差し出したが、なかなか手をとってもらえない。


「‥‥‥アウグスタ嬢?」

ミネルバの顔を見ると、まだ顔が赤い。先ほどの毅然としたカーテシーの時の顔と違い過ぎて、シリルの心臓がまた跳ねる。


「どうしました?あ、私が濡れているからですね」


頭と左肩は濡れたものの、その他は大丈夫なはずだ。ミネルバを濡らす程ではない。

「大丈夫ですよ。右手は濡れていません」

シリルが弁解すると、ミネルバが首を振った。


「そ、そうではありません。ラウザー令息、そのまま同じ馬車に乗るつもりですか?私の目に毒ですので‥‥できれば‥‥」

ごにょごにょと語尾が聞き取れない。


(俺に送ってほしくないのか?)

だとしても、この役目を誰かに譲るつもりはない。


シリルは困ったが、なんとか腕を握らせ馬車まで連れて行った。



馬車で手を握りしめ、無言で座るミネルバにシリルは優しく言った。


「元婚約者と同じ顔が見えると嫌ですよね?前髪を降ろしましょうか」


シリルが言うと、ミネルバは顔をパッと上げた。

「いいえ。シリル様とアレックス様は全くちがいます。目の色も、大人っぽい雰囲気も‥‥あの、寒くありませんか?」


心配してくれるミネルバに、シリルは思わず顔が緩む。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。このくらい平気ですよ」


微笑んで言うシリルに、ミネルバは顔を真っ赤にしてぱくぱくと声なき声を出した。


(も、ものすごく緊張させているようだな)

なんだか申し訳ない。シリルにとっては嬉しい時間だが、ミネルバにとって寛げない時間になっている。


「気を使いますよね‥‥」

しょんぼりと言うと、ミネルバが慌てて言った。


「あ、いえ。気を使うと言いますか、シリル様が濡れてらっしゃるから緊張して‥‥」

ミネルバが下を向いて話すので、思わず覗き込んでしまった。

「何故です?」

前髪からぽたりと雫が落ちた。馬車内が狭いため、雫はミネルバの膝に落ちる。ミネルバは顔を赤く染めたまま、口を開いた。

「う、その、今日のシリル様は大人の色香のようなものが‥‥」


(大人の色香‥‥?)

よく分からないが、実年齢はミネルバと同じ16だが、前世の享年35歳と、転生からの年齢を足すと、精神年齢がミネルバとかけ離れている。

(老けているということだろうか)

仕方ないことだが、地味にショックを受ける。


(まあ考えても仕方のない事だ)

気を取り直して前を向く。戸惑いつつ火照った顔で座るミネルバを見つめる。


(この顔を止めてもらえないだろうか)

伏せ気味の潤んだ瞳に、まつ毛の影が映る。赤く染まった頬を手で掴んで、小さな口にかぶりつきたくなるような、抱き寄せたくなるような強い欲求が産まれた。

咄嗟にシリルは自らの頬を打った。


「えっ、どうしました?」

驚くミネルバの顔を直視せず、窓に視線を移して言った。

「お気になさらず」


外を見ながら、シリルは考えた。


(――さて、これからどうやってこの子を口説いていこうかな)






読んでいただきありがとうございます。


感想、いいね、ブクマ等いただけると嬉しいです!




6/18追記


連載版開始しました。

https://ncode.syosetu.com/n6217mi/


Episode5から短編版の続きになります。

読んでいただけると嬉しいです。



❉シリル・ラウザーの前世設定裏話❉


大手家電メーカーに製品開発リーダーとして所属。

未婚。彼女なし(2年前に別れた)

上司と反りが合わないことが多いが、部下には慕われる。

妹が結婚し、置き場のなくなった異世界小説を無理やり譲り受けさせられる。捨てる&売るは許されていない。

一年近く放置していたが、暇な時に読んでまんまとハマる。

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― 新着の感想 ―
35歳まで生きてて少なくとも33歳の頃には彼女もいたことある男が、若い女の子に赤面されてキョトンてしてるのが違和感。彼女がいた過去と噛み合ってない気がしました。その年まで普通に生きて働いて恋愛もしてた…
ぜひぜひ!!!!続きをば!!!!!!
連載(ㅅ´ ˘ `)キボンヌ お気に入りポチ…(`・ω・´)ノ凸 他読んで待ってます(*^^*)
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