究極の愛を見つけたので婚約破棄させてもらう。ええ、こちらも望むところ
自宅リビングが修羅場と化した。
両親とメイドたちが不安そうな顔で私を見つめている。
婚約者であるイーズは私に怒鳴り散らし、妹のエミリィは大泣きしながらハンカチを噛みしめている。
「オリビア、君は盗人だ! 違うというなら、その箱を開けてみろ!」
「そうよお姉様っ。それを開けて証明してみせて!」
なんてだるい人たち。
嘆息しながら、私は何の変哲もない木箱を差し出した。
☆
幼少より私とエミリィは正反対の子だった。
私は魔術や魔道具に興味津々で、インドアで一人でなにかを研究するのが好きだった。
そのせいもあってコミュニケーション能力は低いし、服装や見た目にも疎い。
当然のように異性との交際や友人関係もあまりなかった。
かたやエミリィは真逆のタイプだった。
どこで身につけたのか、猫なで声や体をくねくねさせて、相手の懐に入り込むのが抜群に上手い。
お爺さんから少年まで、みんながエミリィの虜になる。
歳を重ねていくほど、私と彼女はその傾向が強くなった。
さすがに私の将来を心配した両親が、オルラド伯爵家の嫡男との婚約を結んできた。
相手は私と同じ二十歳。
内心嫌ではあったが、両家の顔合わせに参加した。
イーズ・オルラドは端整な顔立ちで、女性ウケしそうなタイプだった。
「ウイグ侯爵家と関わることができて光栄です。なにより、オリビア様が美しすぎて、女神の生まれ変わりではないかと疑っております」
なにも面白くなかったけれど、周りが笑っていたのでそれに合わせた。
その日以降、私たちはデートを重ねていった。
ただ、二人きりだったことは一度もない。
必ずエミリィが同伴した。
「お姉様は、こういうこと苦手でしょう? わたしに任せて。二人の仲が親密になるように頑張るから」
いつもそう言ってデートに参加しては、ひたすらイーズとの会話に夢中になっていた。
最初は困惑していた様子のイーズも、徐々に彼女のペースに乗せられているように見えた。
ある日、イーズが私にプレゼントをくれた。
翡翠の石がはめ込まれたペンダントだ。
「つけてみて。君に似合うよ」
もらった手前、ペンダントをつけたところ、隣のエミリィが憎しみに満ちた顔をしていることに気づいた。
とても、姉に向けるような表情ではない。
恐ろしいのは、それは一瞬だけで、数秒後には優しい微笑を湛えていた。
「え〜イーズ様、わたしにはなにもないんですか〜」
鼻にかかった声でおねだりをする。
いつもの手だ。
「ごめん、君の分は用意してなかったな」
「じゃあ、いまから買いにいきましょうよぉ」
「いやでも、今日は——っ!?」
わざとイーズの目の前にいき、エミリィは胸を寄せあげる仕草をした。
身長差もあって、彼の目にダイレクトに飛び込んでくる。
ごくり、と生唾を飲んだ後、イーズは装飾店に向かうことを決めた。
そこで購入した物は、私への贈り物の倍以上はしそうな品だった。
この辺りから、自宅にいてもエミリィの態度に非常に鬱陶しさを覚えるようになる。
「引きこもって魔道具、魔道具、魔道具。男性から見たら、お姉様って、怖く映ると思うわ。色気もないし」
「知ってる? イーズ様ってああ見えて甘党なのよ。好きな色はなにかわかる? え、お姉様って彼のことなにも知らないのね〜」
「お姉様のこのペンダント、借りていきたいの。大事な妹だもの、貸してくれるわよね」
私がイーズからもらったペンダントを身につけたエミリィは、その日のうちにそれを無くした。
「ごめんなさい。変な男に引きちぎられちゃったの〜」
悪びれもなくそう答えた。
その数時間後、私は裏庭でハンマーかなにかで潰されたペンダントの残骸を見つけた。
徐々にエミリィのマウントは酷くなっていく。
そんな時、私は町中で腕を組んで歩くイーズとエミリィを見つけた。
二人が建物の間にある狭い通路に消えたので、覗いてみたところ、接吻を交わしていた。
その後、二人は手を繋ぎながら宿に入っていく。
正直、どうでも良かった。
私はイーズに情なんてないし、適当に結婚して、いままで通り魔道具に囲まれた生活さえできればいいのだ。
ところが、二人がいちいち事を荒立てる。
イーズは私の家に頻繁に遊びにくるようになったのだが、訪問時間の大半はエミリィの部屋に入り浸る。
そこで愛し始めたりもする。
どうみてもバレバレなんだけど、少なくともイーズはバレてないと思っている。
相当な馬鹿なんだと私は確信を持ち始めた。
「……姉様を……罠に…………っ…………」
「っ……。本気なのか…………どう…………」
隣の部屋で良からぬ相談でもしているのだろう。
おそらく窓が開けっぱなし。
こっちも開けていたので、断片的に会話が聞こえてきた。
身の危険が迫るのであれば、仕方ないと私は魔道具のイヤリングを手に取った。
それを耳に着けると、聴力が何倍にもなる。
「お姉様は食事のとき、ぜんそく用の薬箱を持ち歩くの。私が気を引いている間に、中に私の物を入れて」
「そ、それでどうするんだ?」
「あとは簡単よ————」
「————なるほど」
二人の会話を完全に聞き取ることに成功した私は、それは深い深いため息を漏らさずにはいられなかった。
呆れつつも、自分の身を守るため、薬箱を二つ用意した。
夕食時、いつものように薬箱を食卓の上に置く。
まだ両親は着座していない。
エミリィが私の肩に触れてくる。
「お姉様、ちょっとこちらに来て。大事な相談があるの」
立ち上がって、エミリィについていく。
室内の端で、彼女はわざとらしい演技をする。
「わたしのペンダントが無くなったの。お姉様、知らない?」
「さぁ」
「うーん、おかしいわね〜」
困った風を装いながら、目線は食卓の方にチラチラと伸びる。
相方が上手くやっているか気になるのだろう。
「うん、もういいわ。落としたのかもしれない。時間取らせてごめんなさいね」
作業は終わったようなので、私は席に戻る。
少しして、両親が室内に入ってきた。
パンパンと父上が手を叩く。
その瞬間を狙って、私は薬箱をすり替えた。
「みんな、食事の前に神に祈りを捧げるよ」
父は敬虔な神教徒なので、毎晩このように必ず祈りを捧げるのだ。
これが終わり、ようやく食事が始まる。
「一つ、よろしいですか」
唐突に、イーズが切り出す。
「実は僕、オリビアさんとの話を無かったことにして欲しいのです」
ガタガタと音が二つ鳴る。
父と母がそれぞれ驚きすぎて、椅子がズレた。
「ど、どういうことだね? オリビアとなにかあったのか!?」
「理由は二つあります。一つは、究極の愛を見つけてしまったこと」
私は笑いを堪えるので必死だった。
物語の書物でも、こんな恥ずかしいセリフは聞いたことがない。
「二つ目は、オリビアさんの内面が好きになれないこと」
「しかし君……。いや、まず話を聞こう。愛する人ができたというのは、誰かね?」
「お父様、わたしです」
「……は?」
急に二人は立ち上がり、腕をくみ出す。
両親だけではなくメイドたちも驚きすぎて、目があちこちに忙しく動いている。
お母様が尖った声で詰問する。
「エミリィ、どういうことなの!? 姉の婚約者を略奪するなど、許されないのよ」
「エミリィは悪くないんです! むしろ彼女は被害者なんだ!」
イーズが演技がかった口調で大声を出すと、その声量に圧倒されて母上も押し黙ってしまう。
「彼女は、ずっと虐げられてきた……。妹という弱い立場で、姉の傍若無人ぶりに耐えてきた十八年だったんです。彼女は多くの物を姉に奪われてきた人生だった!!」
ちなみに私がエミリィの物を奪ったことはないと記憶している。
なんなら、こちらから話しかけることもない。
いつも彼女の方から寄ってきて、人の愚痴や悪口を一方的に話した後、私の部屋の物を勝手に持っていったりする。
あとは、私に興味を持った男子がいると、必ずそれを自分の彼氏にしていた。
その上で、報告してきて、ボロ雑巾のように相手を捨てる。
私も興味なかったからなにも問題ないけど、さすがに男子が可哀想だと感じることはあった。
さて、イーズが目尻に珠の涙を浮かべながら演説を再開する。
「彼女の相談にのっているうち、僕は気づきました。なんて綺麗な心をしているのだろうと。僕はエミリィの内面に恋をしたんです」
「わたしも、誰にもわかってもらえない苦しみをイーズ様に受け止めてもらいました。どうか、この恋を認めてください」
激しく動揺しつつも、父上は冷静を装って私に質問する。
「いまの話は本当なのか、オリビア?」
「すべて嘘で作り話です」
ハッキリと告げると、また両親が狼狽する。
一応、両親はフェアな判断ができる人だ。
だから片方の言い分だけで物事を決めることはしない。
よほどの決定的証拠でもない限り。
そして、それは家族であるエミリィなら当然知っている。
だから、ここで仕掛けてきた。
「わたしがお姉様に搾取され続けてきたのは本当です。証拠に、イーズ様からいただいたペンダントも無くなりました」
「そして僕は知っています。先ほど、オリビアがその薬箱を少しだけ開けたとき、見えてしまったんです」
「その中に、エミリィのペンダントがあるというのかね?」
「間違いありません」
父上の問いに、イーズは力強くうなずいた。
全員の注目が私に集まったところで、薬箱を持って静かに立ち上がる。
「これはいけません。中には有毒な物が入っております。禁忌の魔道具なのです」
「ひっく……ひっく……嘘ですわ。あそこに、わたしの大切な、イーズ様からいただいたペンダントが入っているんです……。うぅ、うぅっ……」
大したものだと、ある意味感心する。
事情を知らなければ、エミリィが嘘泣きしていると見破るのは難しいだろう。
私が魔道具や魔術に没頭する間、彼女は人を騙す演技力を磨いていたのだ。
「僕の愛する人を、これ以上苦しめるのはやめてくれ!」
唾をまき散らしながら、正義漢を全うするかのように振る舞うイーズ。
かたや、それを鼻で笑う私。
ここだけ見たら、こちらが悪役なのだろう。
☆
「オリビア、君は盗人だ! 違うというなら、その箱を開けてみろ!」
「そうよお姉様っ。それを開けて証明してみせて!」
なんてだるい人たち。
嘆息しながら、私は何の変哲もない木箱を差し出した。
一応、最後の警告だけはしておく。
「さっきも言いましたが、これを開けたら二人に不幸が訪れるのよ。私は開けないことを推奨するわ」
「僕らを脅そうって魂胆だな。そうはいかない。もしここに、彼女のペンダントがあった場合、君とは婚約破棄させてもらう!」
「ええ、こちらも望むところ」
「ウイグ侯爵様。そのときは、婚約破棄、そしてエミリィとの婚約を認めていただけますね?」
「……う、うむ。そのときは、仕方あるまい……」
歯切れは悪いものの、父上も同意せざるを得ない。
長女が盗人だったと言いふらされるよりは、マシだからだ。
婚約相手もエミリィであれば、侯爵家の名誉を傷つけるような行動は取らないと。
イーズとエミリィは顔を見合わせ、一緒に薬箱の蓋を開けた。
——もくもく、と。
灰色の煙が立ち上がり、二人の顔を直撃する。
「うわっ!?」
「きゃあ!? なにこれ!?」
突然の煙に、二人は目を閉じ、咳き込んだ。
落ち着くと、二人は箱の中を確認して驚愕する。
「なにも、ないわ……」
「な、な、なぜだ……。僕は確かに入れた……あっ!? ち、違う、そういう意味じゃなくて」
馬鹿すぎるイーズが犯行を告白してくれたのだが、誰の耳にもまともに入らない。
なぜなら、そんなことより重大な事が起きているからだ。
父上が口元を手で覆いながら、確認する。
「君たちはイーズと、エミリィ、なのか……?」
「はい? お父様、急になにを仰るの?」
「いや、しかし、顔が……」
そう、二人は気づいていないだろうが、そこにはあの若々しかった姿はない。
九十歳は超えているであろう男女が、よぼよぼの姿で立っているのだ。
「鏡を持ってきてあげて」
私の指示を受けたメイドが、慌てて手鏡を二人に渡した。
それを見た二人は——
「キャアアアアアア——!? なんなのよこれ!? これが私なのぉぉおおお——!?」
「そんな、僕の顔が……。あの凜々しかった僕の顔がああああああッ!」
しわくちゃな顔をさらに皺だらけにして、断末魔の叫びような声をあげる。
取り乱しまくった二人に、私は告げる。
「忠告したでしょう? 毒が入っているって。人を盗人扱いして、貴重な魔道具まで消費して。どちらが悪人なのでしょうね。でも、なんの問題もないわ」
一度言葉を切って、フッと鼻で笑う。
どうしても感情を我慢できなかった。
「究極の愛を見つけた二人ですもの。内面で恋をしたんでしたっけ? じゃあ関係ないわね。お爺ちゃん、お婆ちゃんであろうと、内面は変わらないもの。婚約おめでとう。応援するわ」
静寂に包まれる中、私の拍手の音が小気味よく響く。
飽きたので踵を返す。
真っ青になっているメイドに一言。
「あとで、私の部屋にきて」
そう告げて、リビングを出ていく。
エミリィの泣き崩れる声が扉の向こうから聞こえてきたので、それに合わせて指で指揮を取りながら部屋に戻った。
ソファに腰を深く沈め、隠し持っていた薬箱を出してみる。
中を開けると、私の薬と例のペンダントが入っていた。
そこで、控えめにノックがされた。
静かに箱を閉じる。
「どうぞ」
「し、失礼します」
怯えた様子で入ってきたメイドに、優しく話しかける。
「安心して。あの魔道具はもう無いから、貴方たちが老けることはないわ。それより、食事を部屋に運んでちょうだい」
「畏まりました……!」
「あと、一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「メイドが一人前になるのって、何年くらいかかるの?」
「最低、三年は新人扱いされます」
「わかったわ、ありがとう」
メイドが出ていった後、私は窓の外から覗く満月を見つめた。
「三年くらい下女として尽くしてくれたら、戻してあげようかしら」
問題は二人とも、今年中にも寿命が尽きそうなことだ。
私は薬箱の蓋を開け、ペンダントを取り出す。
「安っぽいペンダント。究極の愛とか詰まってそう」
部屋に置いておくのも嫌なので、私はハンマーで粉々に潰して、窓から投げ捨てた。




