9.私の友達はお人好し?
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私の友達は大のお人好し。お人好し? というかいつもよく笑っている。それが木村真由。
私は、それを見るといつも腹が立つ。
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「真由ってさー、見てるとムカつくんだよね」
昼休み、弁当を広げながらグループの一人が後ろでこそっと、囁くように言うのが聞こえた。
「そうそう、いつもケラケラ笑っててさー」
そういうの、本人の前でどうして言えないのっていっつも思う。だってこれ、蔭口でしょ? わざと聴こえるように言ってて、それでも真由が笑ってるから、私は腹が立ってしまうのだ。
でも、私もズルイから言い返したり出来なくて。キッと相手を睨むくらいで終わってしまう。窓からの逆光で相手の顔が見えなかったけど。
悔しくないの!?
こんな風に言われて。何か言い返しなよ。
そんなことを叫びたくなる衝動に駆られる。
それでも結局何も出来ないから、私はイラついて机の端を拳で叩いた。バキッていう嫌な音がした。同時に神経に痛みが走った。
……やっちゃった。
ダメだな、小心者なのに短気で私は。軽く視線が集まったのを背中で感じた。
木村真由。外見はパッと見、可愛い方だと思う。
だから、初めて会ったとき(席が後ろだったからなんだけど)我儘な性格なんだろうなあと、勝手に思い込んでいた。
その実際の性格とのギャップに私は初め、唖然としてしまったのだ。
大きな瞳に、ボブの斜めに切りそろえた茶色の髪の毛に金の小さなピアス。声はそれに似合わず、ちょっと鼻にかかったようなハスキーな声。勉強は中の中。背は、少し猫背だけれど高い方。
だから男子からは人気がある。けど、女子からはからかわれる一方で。学校に行くたびに私は不快な思いになる。
だって、真由が大事だし。変な意味じゃなく友達として。
そして今日もクラスメイトに声をかけられた。
「ねーえ、真由、放課後うちらバイトなんだー。掃除お願いしていい? 時間に遅れるとうるさいの、先輩達」
嘘。
心の中で私は思った。
これ、何度目?
何のバイト?
うちの学校、バイト禁止なのに。どうせお茶してカラオケに行くんでしょ? それならそうとまだはっきり言った方が素直なのに。
今から楽をすることを覚えたら、この後絶対後悔するのに。
でも、それは教えてあげない。後で後悔すればいい。そういう人たちだ。
ちなみに真由が掃除するときは、大抵私も手伝う。
だって、本当にみんな真由だけに任せるから。
部活のある人もいるし、仕方ないといえばそうなんだけど。
「有紀、ごめんね」
片手で、ごめんという仕草をして見せた。
「いーよ、もう。慣れた。……さっさと済ませちゃおう」
ありがと、嬉しそうに彼女が言った。
断りきれない性格なんだよな、きっと。今までの例からすると。
本当に、もう。
茜色に暮れる教室の中、私と真由は何も話さず掃除をパパっと済ませて、カバンを取り学校を後にした。
下駄箱でバイバイと言って。帰り道が反対だから。
真由は大きく手を振ってから、坂道を走って行った。
……そっか。私たち、部活入ってないから利用されるんだ。今頃、ふっとそんなこと思いついて、でもどうしていいか分からないから、私はちょっと寄り道をして頭を冷やすことにした。
翌日。
ガラガラと教室のドアを開けて真由を探す。
あ、席にいる。真ん中の、やや後ろ。目が探し慣れちゃってるな、なんて思う。あ、クラスメイト二人も一緒にいる。
もしかして、と思いながら近寄る。嫌な感じ。
「おはよう」
と、声をかけると、
「あ、おはよう」
数学の教科書とノートを見てた真由が顔を上げて笑った。
まただ、と頭の隅で思った。
やっぱり、宿題写させてる。
どうしてなの。
「ありがとー、真由。助かったー」
「あ、次私も! 昨日バタバタしてて出来なかったのー。貸してー見せてー」
見え見えの言い訳してるのに、真由は笑顔でいいよー、ハイ。なんて言ってる。
だから腹が立つのに。
でも、真由は笑顔で嫌な雰囲気は全くなかったから、私が何か言っても真由はただ笑うだけだろうと思って、話しかけないことにした。
冷静なフリをして全然そうじゃない私。
だけどねえ、真由、あんたはそれでいいの?
そう言えば。
一度真由に訊いたことがある。
「あんたは利用されてるだけだよ。なんでにこにこ笑ってるの。馬鹿にされてるんだよ、お人好しだよ」って。
そしたら、真由は信じられないくらいの大人の表情で微笑んだ。そして、言った。
「私が皆に言われたことで、私が笑ってれば周りも楽しい気分になるんだったら、それでいいんじゃない?」
私は言葉を失った。そんな返答が返ってくるなんて想像もしなかったのだ。
そんな風に考えていたなんて──。
その顔に、その笑顔にはハッとさせられるほど、キレイだった。
無理だ。私には無理だ。
直感的にそう思った。そんな考え方、出来ない。
翌々日。
登校したら、教室に着く前にざわついているのが分かった。
何だろう。
「これ、木村じゃねーの?」
「そーかも」
「あっ! 真由、この時間教室にいたよ。私、通りがかったから知ってる!」
……嫌な予感がした。
真由の名前が出た瞬間に、胸の奥の方がざわついた。
やだ、なに?
こわごわと人が集中している所に向かう。人と人の間をぬって。
「……なにごと?」
見るとそれは机だった。何か彫ってある。彫刻刀か何かで。何が彫ってあるかじっと見たとき、体が硬直した。鉛筆とかのラクガキはあっても、彫ってあることは今までなかった。
『Yセンセイハセクハラスル』
「これっ! 全然匿名になってないでしょ。誰がっ!」
「だから、真由じゃないかって話なの!」
ひどい。
こんな汚いやり方して、真由になすりつけるんだ。
(そんなはずないよっ。真由、こんなことしないっ)
最後は言えなかった。
どこまで臆病者なの、私。
真由じゃないって、どうして言えないの。それでも友達だと言えるの? 悔しくて悔しくて、私はトイレに行って泣いた。声を立てずに。
すぐにHRが始まった。
みんながみんな、真由の名前を挙げていく。
ドキドキする。
真由が、また笑って誤魔化したりしたらどうしようって。
心臓が爆発しそうに怖かった。心配した。
だけど、真由は毅然とした態度だった。
私が今までに見たことのない、初めての《人間》だった。
音をたてないように椅子を引き、立ち上がる。
「私はしていません」
落ち着いた、静かな声だった。
そういえば、みんなが噂をしている時真由はどこにいたんだろうと、ふっとそんな疑問が、頭の中をよぎる。
大人びた、私が前に見たような真由の表情に、みんなが驚いていた。
そのまま言葉を紡ぐ。
「このようなことの犯人に私がなれば、事が収まるというならばそれでも構いません。でも、このようなことをした本人の心は痛まないのですか? 私はそれを訊きたいんです」
教室中が波をうったかのように、しーんと静まった。
真由は、もしかして自分に対する行いについても訴えたかったのだろうか。
そんな疑問を、私は持った。
私は何を見てきたのだろう。ずっと一緒にいて分かったつもりでいた。急に自分が恥ずかしくなった。結局全部、つもり、だったのか。
変化はその日の放課後すぐに起きた。
誰も真由のことを笑わなくなった。からかわなくなった。掃除を頼まなくなった。
私はあまりのバカバカしさに吐き気がした。
これが同じ人間ですか、と。てのひらを返して。
変わらないのは真由だった。ずっと笑っている。
*
でもあるいは真由は、お人好しじゃなかったのかもしれない。
彼女のプライドを持って。
私は、少し、ううんすっごく安心した。
【終】
《初出》
2012年2月5日発行「私の友達はお人好し?」




