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9.私の友達はお人好し?


                *



 私の友達は大のお人好し。お人好し? というかいつもよく笑っている。それが木村真由。

 私は、それを見るといつも腹が立つ。



                *




「真由ってさー、見てるとムカつくんだよね」

 昼休み、弁当を広げながらグループの一人が後ろでこそっと、囁くように言うのが聞こえた。

「そうそう、いつもケラケラ笑っててさー」

 そういうの、本人の前でどうして言えないのっていっつも思う。だってこれ、蔭口でしょ? わざと聴こえるように言ってて、それでも真由が笑ってるから、私は腹が立ってしまうのだ。

 でも、私もズルイから言い返したり出来なくて。キッと相手を睨むくらいで終わってしまう。窓からの逆光で相手の顔が見えなかったけど。

 悔しくないの!?

 こんな風に言われて。何か言い返しなよ。

 そんなことを叫びたくなる衝動に駆られる。

 それでも結局何も出来ないから、私はイラついて机の端を拳で叩いた。バキッていう嫌な音がした。同時に神経に痛みが走った。

 ……やっちゃった。

 ダメだな、小心者なのに短気で私は。軽く視線が集まったのを背中で感じた。

 



 木村真由。外見はパッと見、可愛い方だと思う。

 だから、初めて会ったとき(席が後ろだったからなんだけど)我儘な性格なんだろうなあと、勝手に思い込んでいた。

 その実際の性格とのギャップに私は初め、唖然としてしまったのだ。

 大きな瞳に、ボブの斜めに切りそろえた茶色の髪の毛に金の小さなピアス。声はそれに似合わず、ちょっと鼻にかかったようなハスキーな声。勉強は中の中。背は、少し猫背だけれど高い方。

 だから男子からは人気がある。けど、女子からはからかわれる一方で。学校に行くたびに私は不快な思いになる。

 だって、真由が大事だし。変な意味じゃなく友達として。



 そして今日もクラスメイトに声をかけられた。

「ねーえ、真由、放課後うちらバイトなんだー。掃除お願いしていい? 時間に遅れるとうるさいの、先輩達」

 嘘。

 心の中で私は思った。

 これ、何度目?

 何のバイト?

 うちの学校、バイト禁止なのに。どうせお茶してカラオケに行くんでしょ? それならそうとまだはっきり言った方が素直なのに。

 今から楽をすることを覚えたら、この後絶対後悔するのに。

 でも、それは教えてあげない。後で後悔すればいい。そういう人たちだ。

 ちなみに真由が掃除するときは、大抵私も手伝う。

 だって、本当にみんな真由だけに任せるから。

 部活のある人もいるし、仕方ないといえばそうなんだけど。

「有紀、ごめんね」

 片手で、ごめんという仕草をして見せた。

「いーよ、もう。慣れた。……さっさと済ませちゃおう」

 ありがと、嬉しそうに彼女が言った。

 断りきれない性格なんだよな、きっと。今までの例からすると。

本当に、もう。

 茜色に暮れる教室の中、私と真由は何も話さず掃除をパパっと済ませて、カバンを取り学校を後にした。

 下駄箱でバイバイと言って。帰り道が反対だから。

 真由は大きく手を振ってから、坂道を走って行った。

 ……そっか。私たち、部活入ってないから利用されるんだ。今頃、ふっとそんなこと思いついて、でもどうしていいか分からないから、私はちょっと寄り道をして頭を冷やすことにした。


 翌日。

 ガラガラと教室のドアを開けて真由を探す。

 あ、席にいる。真ん中の、やや後ろ。目が探し慣れちゃってるな、なんて思う。あ、クラスメイト二人も一緒にいる。

 もしかして、と思いながら近寄る。嫌な感じ。

「おはよう」

 と、声をかけると、

「あ、おはよう」

 数学の教科書とノートを見てた真由が顔を上げて笑った。

 まただ、と頭の隅で思った。

 やっぱり、宿題写させてる。

 どうしてなの。

「ありがとー、真由。助かったー」

「あ、次私も! 昨日バタバタしてて出来なかったのー。貸してー見せてー」

 見え見えの言い訳してるのに、真由は笑顔でいいよー、ハイ。なんて言ってる。

 だから腹が立つのに。

 でも、真由は笑顔で嫌な雰囲気は全くなかったから、私が何か言っても真由はただ笑うだけだろうと思って、話しかけないことにした。

 冷静なフリをして全然そうじゃない私。

 だけどねえ、真由、あんたはそれでいいの?

 



 そう言えば。

 一度真由に訊いたことがある。

「あんたは利用されてるだけだよ。なんでにこにこ笑ってるの。馬鹿にされてるんだよ、お人好しだよ」って。

 そしたら、真由は信じられないくらいの大人の表情で微笑んだ。そして、言った。

「私が皆に言われたことで、私が笑ってれば周りも楽しい気分になるんだったら、それでいいんじゃない?」

 私は言葉を失った。そんな返答が返ってくるなんて想像もしなかったのだ。

 そんな風に考えていたなんて──。

 その顔に、その笑顔にはハッとさせられるほど、キレイだった。

 無理だ。私には無理だ。

 直感的にそう思った。そんな考え方、出来ない。




 翌々日。

 登校したら、教室に着く前にざわついているのが分かった。

 何だろう。

「これ、木村じゃねーの?」

「そーかも」

「あっ! 真由、この時間教室にいたよ。私、通りがかったから知ってる!」

 ……嫌な予感がした。

 真由の名前が出た瞬間に、胸の奥の方がざわついた。

 やだ、なに?

 こわごわと人が集中している所に向かう。人と人の間をぬって。

「……なにごと?」

 見るとそれは机だった。何か彫ってある。彫刻刀か何かで。何が彫ってあるかじっと見たとき、体が硬直した。鉛筆とかのラクガキはあっても、彫ってあることは今までなかった。

『Yセンセイハセクハラスル』

「これっ! 全然匿名になってないでしょ。誰がっ!」

「だから、真由じゃないかって話なの!」

 ひどい。

 こんな汚いやり方して、真由になすりつけるんだ。

(そんなはずないよっ。真由、こんなことしないっ)

 最後は言えなかった。

 どこまで臆病者なの、私。

 真由じゃないって、どうして言えないの。それでも友達だと言えるの? 悔しくて悔しくて、私はトイレに行って泣いた。声を立てずに。



 すぐにHRが始まった。

 みんながみんな、真由の名前を挙げていく。

 ドキドキする。

 真由が、また笑って誤魔化したりしたらどうしようって。

 心臓が爆発しそうに怖かった。心配した。

 だけど、真由は毅然とした態度だった。

 私が今までに見たことのない、初めての《人間》だった。

 音をたてないように椅子を引き、立ち上がる。

「私はしていません」

 落ち着いた、静かな声だった。

 そういえば、みんなが噂をしている時真由はどこにいたんだろうと、ふっとそんな疑問が、頭の中をよぎる。

 大人びた、私が前に見たような真由の表情に、みんなが驚いていた。

 そのまま言葉を紡ぐ。

「このようなことの犯人に私がなれば、事が収まるというならばそれでも構いません。でも、このようなことをした本人の心は痛まないのですか? 私はそれを訊きたいんです」

 教室中が波をうったかのように、しーんと静まった。

 真由は、もしかして自分に対する行いについても訴えたかったのだろうか。

 そんな疑問を、私は持った。

 私は何を見てきたのだろう。ずっと一緒にいて分かったつもりでいた。急に自分が恥ずかしくなった。結局全部、つもり、だったのか。



 変化はその日の放課後すぐに起きた。

 誰も真由のことを笑わなくなった。からかわなくなった。掃除を頼まなくなった。

 私はあまりのバカバカしさに吐き気がした。

 これが同じ人間ですか、と。てのひらを返して。

 変わらないのは真由だった。ずっと笑っている。

 

            

                * 



 でもあるいは真由は、お人好しじゃなかったのかもしれない。

 彼女のプライドを持って。

 私は、少し、ううんすっごく安心した。


                   


   【終】




《初出》

 2012年2月5日発行「私の友達はお人好し?」

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