6.アケミさん おまけ
※ この作品は「全集2」に収録している「アケミさん」のおまけ話です
偶然というのは恐ろしい。
しかも今日、知り合いとは二人目。
そして、二人目はあろうことか岡本さん。
間違いじゃないよね? と再確認してから近寄ってみる。
岡本さんとは、叔父さんが経営するお蕎麦屋さんの、常連のお客さんで、しかも叔父さんがオカマなんて(あ、またこういう言い方したら怒られる)やってるのに気付かず告白して、見事に玉砕。それでもまたチャンスを狙ってジム通いしている男気溢れる人。うん、気合はすごい。
近づいたら向こうから声をかけられた。
「あれ? マキちゃん?」
やっぱり!
たぶん今、一番話が合う人だ。
「岡本さん、お久しぶりですー」
元気ですかー? と付け足して訊く。
「元気だよ。アケミさんは?」
なんでそこで私じゃなく、アケミさんかなあ。まあ、理由は分かっているからいいんだけどね。
「元気ですよ、いつも通り。ちなみに私も」
「あ、ごめん」
本当に私のことは抜けていたらしく、真顔で謝られてしまう。そこまでされると、逆に恐縮してしまうのだけど。
「いえ、大丈夫ですから」
「マキちゃん、今帰り?」
「ええ、ちょっと落ち込むことがあって、アケ二八に寄ろうかと思ったんですけど、忙しくなりそうでやめて帰るところです」
もう九時ですしね、とつけ加える。
「んー、何かあった? 話聞くよ? いつも僕が聞いてもらってるし」
拳で胸を軽く叩く。
考える素振りを見せる。あまり人に話したいことじゃない。でも岡本さんにならと、ほぼ即決だった。
「いいですかあ? ……じゃあ、そこのマックで」
「……マック。うん、いいよ」
あ、苦笑い。微妙な反応だ。サラリーマンはマック苦手かな。お兄ちゃんは好きだけどな、ビックマック。
ウィーンという自動ドアから入りながら思う。でも人が少なくて良かった。
色々と思いながら入ったら、そう、お兄ちゃんよ! と心の中の何かが爆発して、なぜかビックマックを注文してしまった。隣を見たら、岡本さんはビックマック二個のLサイズだった。お兄ちゃんみたいだ。
空いてる席がないか素早く探しながら、見つけた席を陣取る。そして、ハンバーガーの袋を取った。
向かいには岡本さんが座っている。
しかしこれ、食べにくい。それに男の人とはイヤだな。
「で?」
レタスと悪戦苦闘していたら、岡本さんから訊かれた。
「何があったの?」
私は口からはみ出していたレタスを無理やり口の中に放り込んで言った。
「実は、私には兄がいるんですけど、六歳上の。去年の夏は彼女いなさそうだったのに、今日何と、女の人と歩いてるところを見ちゃって!」
そう、今日の偶然。塾に行く途中の駅前で、いい感じで歩いているお兄ちゃんを見てしまったのだ。
じたばたしていたら、岡本さんがくすっと笑った。
「マキちゃんって、お兄ちゃん子なんだ。なるほど」
ふんふんと、頷く。
『お兄ちゃん子』
顔から火が出そうだ。きっと顔真っ赤だ。
「いいですよー。別に好きに言っても」
岡本さんにだから、話してるんですけどね、とつけ加えたけれど。
私は大人気ないと思いつつ、唇を尖らせた。
「それがねー、キレイな人で。ちらっとしか見れなかったけど、CMみたいな髪の毛してたなー」
「そうだねー。アケミさんも綺麗だよね」
ぼーとして、ちんぷんかんぷんに話が飛ぶ。
こら!
どうして話がそこへ行く。今はお兄ちゃんの話。
「だ、か、ら。キレイなのはお兄ちゃんと一緒にいた人」
「ああ、ごめん。最近お店行ってないから、頭よぎって……」
「……岡本さん、それ、危ないかも」
ポテトをつまみ、口元に運びながらぼそっと言う。
「だいたいお兄さんっていくつ? 六歳上って言ったら……」
「そう。二十四です」
「だったら彼女の一人や二人いてもおかしくないよ」
「そりゃ、……そうですよね。でもお兄ちゃんは、二股かけるような人じゃないし」
「うん、だから、それは言葉のあやというもので……」
オタオタとしている岡本さん。それくらい分かるけど。
「直接訊いてみたら……?」
優しく岡本さんが言ってくれた。
「……結局、そういう結論ですよね」
はああーと、大きく息を吐いた。
やっぱり帰り、アケミさんのとこに寄ろう。
*
岡本さんと別れて、でももう真っ暗だったから店の前まで送ってもらった。
「寄って行ったらどうですか?」
客だけだったら分からないだろうし。だけど、
「やめとくよ、まだ」
って頑なな姿勢だった。
引き戸をガラガラって引きながら、店の明るさに一瞬、目がくらむ。
「こんばんワンコ」
とか言って入ったら、
「あらあら、今日は遅かったわねえ」
と、店長のアケミさん自身が出迎えてくれた。
「もしかして、……このせい?」
と、指で矢印方向で指された人は、
「お兄ちゃん!」
だった。
テーブルに突っ伏して、頬が真っ赤。軽い眠りについてるらしい。
「上司の人に呑まされたみたいよ。この子も結構いけるのにね。女の人だったから、キンチョーしたかな」
え?
「うそ!? 女の人?」
驚く私にアケミさんは、そうよ、と言った。
「うん、割かしキレーな人だったわね」
「髪の毛、背中くらいの?」
私が椅子から立ち上がり、身を乗り出したら、アケミさんはこくこくと頷いた。ニヤっと笑いそして一言。
「見てたわね」
「何だー、彼女じゃなかったんだー」
不安から抜け出して心から安堵していたら、いつもの平気なふりを忘れてた。マズイ。これは失態だ。
「でもね、人との縁なんて分からないものなの。この子もあんたも、そういう年齢なんだから、そういう人が出来てもおかしくないんだから」
ハイ、そうですか。
私は力が抜けてふにゃふにゃと座り込んでしまった。
この緊張感はなんだったんだ。
ああ、良かった。
「後で私がこの子送ってあげるけど、その時一緒に帰る? それとも今帰る?」
「面倒だから一緒ー」
だよね、ハイハイ。とアケミさんに言われて、
「マキちゃんも、そろそろ卒業しなきゃね、ブラコン」
と付け加えられた。
くっ。見抜かれてるのは知ってたけど、ブラコンって。やっぱり自分で言うのと言われるのとじゃ違うんだな。
ここはひとつ、おとなの姿勢で。
「何言ってるのー。私は大丈夫よ、もう高三だしー。彼氏出来るの私の方が早いかも」
なんて、手のひらをひらひらとさせて、けらけらと笑い強がって見せる。
見抜かれてるのに恥ずかしい。
だから付け加える。
「まあ今は、受験で大変だからその気はないけどね~」
ふうん、とアケミさんが信じられない、というような顔を見せた。私は、「ホントよ」とまた付け足す。余計、墓穴を掘っているかもしれない。
それから岡本さんのことを考えていた。
ごめんね、岡本さん。こっちは平気そう。
アケミさんの方は、まだ分からないや。
お互い努力しようね、と心に誓った日だった。
【終】
《初出》
2012年8月12日発行「宝箱」収録




