5.夜明けのスタート
一
雷に打たれたようだとは、まさにこのことだろうか。
私が受験に落ちたのも、同じような衝撃だった。
しかも受けた大学すべてに落ちた。
ショックというよりも計り知れないものが、私の体を突き抜けた。
確かに担任には「危ないぞ」と言われていた。
親にも友達にも「滑り止めは受けないの?」と言われたけれど、ここで妥協したくなかった。
親友の真智には「あんた、自分で決めたんだからしっかりやりなよ」と言われ、心の奥の支えになっていた。
それでも、落ちた。
大学に無事合格した真智にはきっぱりと、
「努力が足りない」と言われた。
あまりにもばっさりと言われて、全然気落ちしなかった。
二
眠れない長い長い夜が続いた。
勉強を続ける気なんか、さらさらなかった。
高校卒業後も真智とは毎週会っている。他の友達とは疎遠になっても、彼女だけは変わらず接してくれる、有難い存在だ。
パーマをかけて化粧をするようになって、さらに女に磨きがかかった。
遠慮というものがない彼女には、本音が言える。
彼女はクールだ。現実派という方が正しいだろうか。言うことは正論で、しかも相手の意見もきちんと耳にする。
外見と性格から、異性からも支持が多かった。
そして私たちは普段もよく電話をする。気分転換に始めたアロマキャンドルの、ゆらゆら揺れる炎を眺めながら、夜長話をする。
「今日はどんな一日だったの?」
内容とは別に、興味なさそうな口ぶりで真智が問う。
「……うーん、そうねえ。テレビの昼ドラ見てた」
「ああいうのって、どろどろしてない?」
「まあねー。でも現実の日常だってそうでしょ」
私が答える。ホントにそうなのだ。ただ少しだけ、ドラマの方が大袈裟なだけ。何も変わらない。
「ほうほう。学校行かない間に勉強したか」
「またそうやって茶化す」
あはは、と笑って真智が言う。
「他には何もないの? バイトとか考えてないの? お金貯まるじゃない。何してるの」
「大学落ちて、バイトするかフツー」
「あ、自覚あるんだ一応」
こいつ、わざと言ってる。
「ひどっ。一応って何よ」
と返す。そして、
「居心地悪いよ、なんかさ」
とつけ加えた。ベッドにあおむけになり、天井を見つめる。
「そりゃ、大学落ちて勉強してなきゃねえ」
またしてもばっさりと。容赦がない。私は一つため息をついた。
「あとはねー夜、最近眠れなくて、嫌になるよ」
私が口を開く。言い訳みたいだな、まるで。
「うん」
相槌を打つ真智。
「ベッドにはいって電灯の豆電球を見てるだけなんだよね」
「ふーん。だったら起きてればいいじゃん。漫画なんか読みながらさ。それとも、羊でも数えてる?」
後半は嫌味だ。それでも嫌いになれないから不思議だ。
「ふざけないでよ。結構真面目に悩んでるのに」
「別にふざけてないよ。ただ今あんた、自由の身なんだから、好きなことしたら」
「……自由の身ったって浪人ですけど」
語尾が小さくなる。
そうなんだよなあ。浪人かあ。実感湧かないや。
家でごろごろしてるだけだけど。
ちょっと朝まで起きてみようか。
違う何かが見えるかもしれない。
三
夜、眠れないというのは辛い。じっと窓から闇の中の星や月を眺め、その僅かな煌めきに目を奪われた。流れ星があったら、何か願い事をしようかとも思ったけれど、世の中そんなに上手くいかないことは承知している。悔しいけれど。
受験のこととか色々考えていたら、自然と時間がゆるやかに過ぎていく。
そして、外の暗闇に少しずつ陽が射す。太陽がゆっくりと顔を出す瞬間、言葉に出来ないものを感じた。説明したくても難しい、ただ心に晴れ間がさすような、温かな瞬間。感動した。
それから私はとりつかれたように夜明けを待ち続け、太陽が昇る瞬間を見続けた。日によって太陽の空の色が違う。まとう色も違う。それに、空から差し込む光までもが毎日違って見えた。だから飽きることのないものだった。意味なんてもう何もなかった。
四
季節が巡り、半袖になり風の香りも変わり始めてきた頃。
私の中でもやもやとくすぶっているものが出始めた。
夜明けはあんなにも美しいのに、私は全く変わっていない。自分に対して怒りと情けなさが混じったものが、体の中を支配していた。
三か月が過ぎたくらいに、さすがに昼夜逆転生活に呆れたのか母親が口を出してきた。
「毎日毎日、そんな生活して、ろくに勉強もしないで。ショックなのは分かるけど、自分でもちゃんとしないと。それとも家庭教師でもつけようか?」
この一言が私の心に火をつけた。
「いらない」
自分でもびっくりするくらいの低い声だった。
「関係ない。家庭教師なんて必要ないよ。だって自分で決めたことくらい自分でやりたい。自分で出来る」
そうだ。私は今までずっと自分で決めて生きてきたんだ。これからもそれは譲れない。
大丈夫。
私は出来る。
私は自分で言った言葉を再確認した。
ガンバレ、負けるな。
自分に言い聞かせる。
「本当に意志だけは強いんだから」
疲れたように母親が言った。
余計なお世話。心配かけてるのは分かるけど、私のことには口出ししないで欲しい。
五
夜、久しぶりに勉強した。
体で覚えているのと、頭で忘れているので大変だった。大変と一言では表せないくらいに。
これから本当に大丈夫か、ふと急に不安になる。来年こそは受かりたい。
でも、これからはしっかり勉強したい。
しかし、狂ってしまった生活リズムを変えるのは、難しいだろう。
それでも。
私はやらなくちゃいけない。
自分のプライドにかけても。
午前五時。まだ眠気はこない。
窓を開けて、空気を入れ替えた。外はもう明るくなり始めている。
そして、ひんやりとした風が部屋を包み込む。
目に見えない肌に当たるものが心地よく感じる。
嬉しくて真智の携帯に電話した。
「ねえ! 勉強してるよ、私」
早朝にも関わらず、彼女は出てくれた。
「ああ、そう。いつ言うかずっと待ってたよ」
気だるけそうに、でもセリフは真逆で私はなぜだか急に、涙が溢れた。
いい友達をもったな、なんて感傷にふける。
ああ、夜が明ける。
日の出と共に勉強をしよう。
それこそ、一からのスタートだ。
【終】
《初出》
2011年11月30日発行「夜明けのスタート」




