4.その日
その日は私の誕生日だった。
起きた時から、機嫌がよく今日夫は何時に帰ってくるのか、そればかりを気にしていた。この時期、特に帰りが遅く十一時を回ることもあるからだ。
機嫌がいいのは、誕生日を夫が祝福してくれるのはもちろん、私は以前嫌な記憶があったのだけど、結婚してからは一度もない。それに尽きる。彼がそれだけの愛情を注いでくれているのが分かるのは、何よりのプレゼントだ。
ケーキを二個買った。ショートケーキとムースのケーキ。それぞれの好みのものを買った。一度我が家に帰って冷蔵庫に丁寧にしまった。
それから父のいる実家に足を延ばし二時間ほど、二回のベッドで昼寝をしていた。
その時だった。
寝ている私が異常に気付いたのは三時前。この時、事の重大さにはまだ気付かなかった。
べッドが大きく揺れる。和室の電気も大きく振り子のように円を描いて揺れている。
なんだ?
……地震だ!
それもかなり大きい。
ついに関東大震災が来たのか?
いや、それにしたらこれぐらいでは……。
大きな物音がした。怖くて身震いする。ベッドから抜け出せない。
物音がした方へ目をやる。テレビが投げ出されていた。あんなに大きなテレビがあっという間に投げ出されるなんて、ただ事じゃない。今、震度いくつなんだろう。
それよりも、下にいる父は平気だろうか。と、思ったらすぐに上がってきた。
長い揺れが収まった後だった。
「無事か?」
「平気。自分ち見てくる」
言って、道路わきでないところをこわごわと歩いて我が家へ向かった。
最悪のケースも考えていた。食器が倒れていたり、割れていたら?
見て、一番に夫に報告しなければという使命に駆られていた。
ところが。
テレビは四本脚だったせいか何ともなく、食器棚も異常なく、倒れていたのは私のアクセサリーボックスだけで済んだ。
私は一息ついてから、また実家へと向かった。怖くて一人でいたくなかったのだ。
「大丈夫だったよ!」
「…おお、それは良かった」
父は下の仕事場でテレビを見ていた。
つられて一緒に見ることにする。
そこに映っていたのは、すさまじい現状だった。
津波。
津波。
津波。
車ごと、家ごと波がさらっていく。
「間に合わない! もっと早く逃げて」
心の声が、テレビに発する。今、テレビを観ているということをかんじさせない。まるで映画のワンシーンのようだった。
スピードが異常だ。自然の力を思い知らされる。
もう一度。大きな揺れが来た。いや、津波とどちらが先だったか。
工場の何もない大きな床に座り込んで身を守る。
夫は、夫は平気だろうか。会社だからまだ安心だ。
しかし地震直後からしている、電話、メールは一切繋がらない。
「お父さん、会社に電話しても平気かな?」
不安になり尋ねる。
「緊急事態だ、大丈夫だろう」
けれど、電話はずっと話中。しばらく時間が経って、ようやく通じたと思ったら誰も出なかった。不安が増す。第一、電車は動いているのか?
電話のことは、二回目の時の地震で会社の近くの公園に全員避難したため、電話に出れなかったと後ほど、夫が説明してくれた。
何回電話したことだろう。
何度メールしただろう。
あの時の不安は今も忘れる事が出来ない。
五時半くらいだろうか。
彼からメールが届いた。
『今、歩いているよ。××のとこ』
ああ、無事なんだ。帰って来れるんだ。
テレビに映し出されている、【帰宅難民】にならずにすむのか。
何より無事で、それが嬉しい。
メールが一気に届いた。
『今××だよ。メールはEメールの方が届くから、そっちで送ってね』
思わず携帯電話を胸に抱きしめる。
彼の存在の大きさを再確認した。
結婚六年目になり、それでも周りからは「新婚さんみたい」と言われてた。
ありがとう、あなた。
心の中で、繰り返し繰り返し呟いた。
六時を回った時だったろうか。
自宅にて、父と夫の帰りを待っていた。
歩いて帰ってくるんだから何時になるかなんて、全く予想がつかなかった。
「ただいまー。大丈夫ー?」
聞きなれた夫の疲れかけてる声に、思わず抱きついた。
「お疲れ様。お疲れ様」
何回言ったんだろう。
彼は、私の気持ちを分かってくれただろうか。
どれだけ心配し、どれだけ愛してるかってことを。
そして、何より彼は冷静だった。
コンビニで水を確保し、今日はファミレスで食べたりすることも無理だろうからと、弁当を買ってきてくれた。
そして、話してくれた。
会社での地震での対処。
二回目の地震で近くの公園へ避難し、そのまま解散。
家に着いたら、部長の携帯にワン切りで無事を報告すること。
そういったことを。
そういった気分でもなかったけれど、ケーキは食べた。
何十年か前に私が生まれ、きっと今日の地震で、津波で亡くなった人がいるんだろうと思うと、ケーキはなんだかしょっぱい味がした。
震災の日は、私の誕生日だった。
【終】
※ 個人誌収録なし
2011年6月15日執筆




