20.雨色涙
外は真冬。二月の寒さはこたつの中にいて、カーテンを閉め切っていても冷気がなだれ込んでるようで、僅かな隙間も許さない。
私は父から逃げるようにこたつの中に入り込んでいる。
お酒類はおおかた押し入れに隠したけれど、帰ってきたら見つかるのは時間の問題だろう。
その時、私の背中や足にもあざが増えるかもしれない。
それでも、やらずにいられなかった。お酒よりも、私を見て欲しくて。
セーターをめくり、自身のあざを確認して首を振る。
こんなもの、いつかは消える。無理矢理、そう思おうとしていた。
めくりあげた素肌が風に当たり、凍えるように冷たくなり、身震いしながらセーターを元に戻す。
クラスの誰にも言えない秘密。
誰にも心を許せない自分。
物心つく頃には、こんな生活が当たり前になっていて、クラスの体育の授業で皆のキレイな身体を見て、疑問に思ったものだった。
なんで、私だけ違うんだろう。
それは歳をとるにつれて、やがて理解出来るようになったけれど、そのことは余計衝撃を受けた。
音におびえる毎日も、私が高校を出るあと五年くらいは、最低必要なのだろう。
父さん、私はいらないの……?
母さんが私を置いて、出て行ったみたいに、いつか私も捨てられるのかな。
訊きたくても、聞えるのは雨の音だけだ。それは寂しく耳に残る。
雨は冷たいから苦手だ。
この生活を洗い流してくれるのなら、話は別だけど。
変わらなきゃいけないのは、多分私の方だから。人から必要とされたいのなら、「自分が魅力的にならないといけない」と何かの本で読んだ記憶がある。
こたつから這いつくばって抜け出た。父さんが帰ってくるまでの間、少し部屋を片付けておこうか。「部屋の汚れは心の乱れ」とはよく言ったものだと思う。今の私には、まさしくその通りだからだ。
父さんが帰ってくれば、また逃げまどう時間に追われるのだろう。
音をたてないように、窓際に寄ってみる。やっぱり寒い。けれど雨の音はしない。
やんだのだろうか?
少し気になってカーテンを下からまくりあげて、窓を数センチ開けてみた。冷たい風が、一気に入り込んでくる。
どうやらさっきまで降っていた雨は、やんだようだ。
目だけを動かして、吐息を吐くと白くなって空気に溶けて消えていく。
その時。
何気なく視線を上げたその先には、七色に輝く虹が光っていた。
ほぅーと、思わず息をのむ。
雨の後の虹は、なんて温かく美しいのだろう。汚れを落として、光っているようにも見える。凍える心を溶かしていく。
私、まだ、頑張れるかな。そして強くなれるかな。
そんなことを考える。
ふと、温かいものが頬を伝った。手の甲でそれを拭い、自分で驚く。
私、こんなに温かい涙を流したことはなかった。
自分を守るだけの術を身につけて、それだけで精一杯だった。
今でも、精一杯だけど、あの虹は教えてくれた気がした。繰り返す闇の日々にも、必ず光のような時があると。
一時かもしれないけど、その虹の狭間でどう生きて行こうか。
必要とされていない私を、誰かが虹のように思ってくれたらどんなにいいだろう。
そうなりたい。たとえ、それが一時だけでも。
いつも降っている雨が、新しいことを教えてくれる。虹が新たな時間の過ごし方を照らしてくれた。
雨の中で流した涙は、とてもとても温かいものだった。
諦めないこと、逃げるだけにしないことを考えさせられた。
私は忘れないように、一ヶ月に一度、義務感だけで会っている母さんからもらった携帯のカメラに、その虹を撮った。
挫けそうになったら、これを見よう。
雨上がり、わずかな虹が見えたその瞬間、私は小さな決意をした。
【終】
※ 同人誌収録なし(未公表作品)
2013年12月 5日執筆




