19.恋の名前は線香花火
その日は七夕だった。快晴でとてもいい青空で、しかも日曜日だった。
私は普段着慣れない浴衣を着て、彼のアパートへと急いだ。こちらも履き慣れないげたをカコンカコンと音をたてながら。
彼とは付き合い始めて七ヶ月目に入ったところだ。会社の受付の仕事をしている私は、告白されるのはこれが初めてではない。けれど押しに押されて現在は、「好き」になっている。
彼はタバコを吸いながら、私を待っていた。ラフなTシャツにジーンズ。二つ年下ではあるけれど、意外と楽しい。浴衣を着て行ったのは彼が「花火をしよう」と言ったからだ。
「お待たせ」
「あ……、うん。浴衣似合ってるね」
ちょっと恥ずかしくて思わず俯く。
「ありがとう」
「場所変えて、土手の方に行こうよ」
「え? 花火でしょう? ここで出来るじゃない。バケツ持ってくれば」
アパートの裏手には庭らしきものがあるから、私はそう言った。目立つこともないだろう。
彼は驚いて首を振った。
「ムリムリ。だって俺、ロケット花火しか持って来てない」
「嘘でしょう?」
びっくりして聞き返す私に、彼はホントだよ、と袋を持ちあげて見せる。
「線香花火とかは? 入ってたでしょう?」
「えー。あんなのやんの? 地味じゃん。捨てちゃったよ」
捨てた? 相談もなしに? 一言言って欲しかったな。
「俺は断然ロケット派! バーンと打ち上げて、気分上げるの」
ここで一旦、私の思考が止まった。
今までも何か違和感を感じる時はあった。
例えば、食事をする時にセットドリンクがなかなか決まらない私に、「俺、アイスコーヒー。同じのでいいよね?」と決める。
いくらウエイトレスの人がオーダーを取りにきていても、「決まるまで待っててください」というように言ってほしかった。これに関しては彼だけの問題ではないかもしれないけど。
そんな風に私とは違うな、とか私ならこう思うのに、とか思うところが幾つかあった。価値観が違うのは当然だろうけれど、それをどこまで受け入れられるかを考えていた。
今日の花火がいい例だ。
派手に打ち上げて、気分すっきりしたいからロケット花火が好き。そういう人なんか、世の中たくさんいるだろう。
でも違う。
私は。
線香花火のような、小さな小さな灯りがパチパチと輝くのを見るのが好きだ。何というか、ひとつひとつがゆっくりでも確実に消えていく。まるで人生みたいな気がして。大袈裟だろうか。
そう考え始めたら今までの彼との事が、すべて合わないような気がしてきた。
だから言った。
「別れよう?」
と。
いくらこっちが振ったからと言って悲しくない訳がない。深いトコまで落ちる前に別れたのだとしても、彼のことは好きになっていたから。
彼は訳が分からないという顔をしていたから、付け加えた。
「そのうち必ず、分かる時が来るよ」
分かってほしいという、私の我がままだったけれど。
仕事場でのランチ中、合コンに誘われた。
「ほら、ちょうど一人足りなくて。沙雪も別れたばっかりじゃない? 気分転換に行ってみない?」
同僚の美弥子は、そういう企画ごとが大好きだ。
「でも……、そういう気分じゃないし」
「だから行くんじゃない!」
「えー、それはちょっと急すぎるよ」
弁当を巾着にしまいつつ、唇を尖らせる。
「二週間も経てば十分よ! じゃ明後日の十八時からだからね」
よろしく~と、先に席を立った彼女を見つめる。
気が乗らないけど、行ってみるか。仕方ない。
*
合コン当日。
多分私は一番やる気のないオーラを出していたんじゃないだろうかと思う。服もオフィスから着替えてなく、半袖シフォンブラウスにタイトスカートといういでたちだ。
お相手はIT企業のサラリーマン。美弥子の知り合いらしい。男女三人ずつ、向かい合って座っている。とりあえずはアルコールを頼み、少しずつ追加していく。とりあえずは。まずこれから始まるのだろう。
「何が趣味ですか?」
「映画観ることでーす」
語尾を伸ばすところが、真菜ちゃんらしい。ぶりっこしているんだけど、嫌味がないすごく珍しいタイプだ。可愛いAラインのワンピースを着ている。
「あ、俺も一緒。気が合うねー」
そう言ったのは男A。自己紹介してもらったけれど、失礼ながら名前を覚えていない。けれど体格は三人の中で一番しっかりしている気がする。
「どういうの観るの?」
「やっぱり恋愛ものが多いかなー」
サラダを取り分けつつ真菜ちゃんがふふっと笑う。
「俺はやっぱりアクション系だね」
「確かにあれはスカッとしますよね。私はもっぱら話題作だけど」
美弥子の言葉に、男Bがそうそう、と言う。この人は相槌を入れたり、場を盛り上げるキャラなのだろう。
「話題もの観てると、何にでもついていけるしね。重要ですよ」
そして最後の男Cに視線が集まる。
「お前はあんまりなんだよな」
助け船を出したのは意外にも、男Aだった。
「そうですね……。強いて言うなら歴史ものが好きですかね」
「歴史ものなんですか……。例えば?」
「うーん、『レッドクリフ』なんかも歴史ものじゃないですか。ああいったものですかね。でも、それだけとか限らないですし、割と選びません。時代物は好きだけど。『鬼平犯科帳』みたいな」
そう言って困ったように笑い、ビールに口をつける。
私は「あんまり行けてなくて分からないです」と小さく答えた。
「観たいものはあるんですけどね」
と付け加える。気まずくなった空気を打ち消すかのように、
「そういえば」
と、男Bが口を開いた。
「来週、花火大会あるんですよね? 行ったりするんですか?」
「相手がいないと寂しいですよー」
と、これは美弥子。
まあ、それはね、と苦笑する男性陣を前に、話を進める。
「花火でも、色々あるじゃないですか。どういうの好きですか?」
この質問は、私に対して考えてくれているのだろうか。美弥子はその場その場の、空気の読み方や対処の仕方が本当にうまい。
「俺はやっぱりロケット花火! あのドッカーンがたまらない。気がすっきりして、爽快な感じになるからね」
もうすっかりくだけた口調だ。
男Aがそう言ったのを聞いて私は不安になった。私は間違っていたのかしら? 男の人は皆ロケット派なのかしら?
そんな中、男Bも身を乗り出す。
「俺は小さい頃から、ねずみ花火が好きだなー。あ、分かります? こうくるくる回るから逃げたりして遊んだんですけど」
手で実際に円を描いて見せる。
「ワクワクして楽しいんですよ。女の人はやらないかなー」
そういう男Bに真菜ちゃんが笑う。
「実際やったことはないけどー、知ってますぅ」
「私も知ってますよ」
と美弥子も答える。私は曖昧に笑って誤魔化した。
そして二人は男Cに目をやる。
ああ、この人も映画のこと以外あまり喋らなかったな。
「……僕は、線香花火ですね」
瞬間、心を鷲づかみにされた感覚に陥る。
「線香花火?」
挨拶と映画の話以外、初めて私から言葉を発したことに彼は驚きつつも、ええと頷く。同席していた他の面々も私の方へ目をやり、そして彼の方へ視線を移す。
「あの、少しずつ花火が瞬いて散っていく様が、儚げで風情があってとても好きなんです」
……いた。ここにいた。
線香花火に対する思いが一緒の人、見つけた。嬉しさが込みあげる。
「あの、あの。私も。花火は線香花火が好きなんです! 最後にポトッて落ちる瞬間、たまらないですよね」
男の人は私の迫力に押されたように笑った。
「いいですよね」
「ええ、すごく」
私は大きく頷いた後、少し迷ってから勇気を出した。
「あの……、もう一度お名前と、ご迷惑でなければメルアド教えていただけますか?」
小さな声で言ったのに、隣の美弥子がすごく驚いているのが分かって、私も可笑しくなる。乗り気じゃなかったのにね。現金だよね。でも、共通しているものがあってすごく嬉しかったの。
男Cはゆっくりと微笑んだ。
「ええ。ではメルアドは後ほど」
その三十秒後、男Cは「柳川さん」に変わった。
【終】
《初出》
2013年10月20日発行「なないろ」収録




