17.言わなくていい言葉
私には双子の弟がいる。
井岡雅志。
私は、この子とだけは似てないとはっきり思う。
なぜって?
だってこの子はすぐに謝るから。いつからだろう、気が付いたらそういう子になっていた。
前髪が伸びて、黒縁のメガネをかけているひょろっとしたいかにもひ弱そうな雅志。
中学の時からいつもパシリ。高校デビューとか考えなかったのか疑問は残るし、またどうしてそんな、損な役回りを甘んじて受けているのか。
皆目見当もつかないけれど。
でもどうしてか、よく私の教室に来たがっている様子は見て取れてた。友達と喋っている時や、私が一人でいる時も視線を感じる時があった。
どうしたいのか、何がしたいのかこちらも見当がつかなかったけれど。
私は雅志と双子なんて嫌だった。テレビで見る双子は、なんであそこまで仲がいいのだろうか。やっぱり男と女じゃ違うのかな。
クラスが違うから、たまに違うクラスの友達から情報は入る。
例えば、授業でも謝っていたこととか。
でも、まだそれならいい。
「すみません、分かりません」
当然だ。
雅志は、普通なら別の高校に行きたいだろうに、わざわざムリをしてランクの高いうちの高校を受験した。理由は「朋美といると楽しそうだから」。
ホントかな。あ、朋美は私の名前ね。
何で、そこまでしたかったのかは分からないけれど。
あとはお昼での食券買い。
相変わらずパシリにされてる。
隠れて煙草とか吸ってそうな、そんなオーラをばしばしと漂わせている数人のクラスメイトに。
「あ、俺カレーね。カレーライス」
「俺、カツ丼」
「あ、俺パンがいい。やきそばパン。行ってきて。早く」
カレーに、カツ丼にやきそばパンと何度も繰り返し呟きながら、買いに行く。
何で、そこで嫌って言わないのかなあ。
すぐ相手に対して「ごめん」てなに? 待たせたから? だったら自分で買いに行かせればいい。パシリにすること自体で、バカにされてるのに、何でさらに謝るの。
そんな光景を数回目にしたら、一緒の場所に居たくない。
昼休み、友達と教室で机を寄せ合い食べる。たとえそれがほとんど冷凍ものの弁当で、自分で朝早起きしてまでのことでも。その方が気が楽だ。雅志のことを考えなくていい。
謝るといえば、他にも相手からぶつかってこられても「ごめん」って自分から言う。そして相手が舌打ちしたりとか。ひ弱そうだから「ひよか」って名前で呼ばれて、誰に対してか分からないのに「ごめん」ってやっぱり謝る。ねえ、それは誰に対してどういう状態で謝ってるの。
まだあるけど、いちいちあげたらキリがない。臆病からなのか、人が怖いからなのかどうしてだろう。私は割とはっきりと言うさばさばしている性格だから、彼の心は理解できない。
そんな中、また「ごめんね」って言ってた。
頭をペコペコと下げて、何してるの?って最初に思った。しかも休憩時間の廊下で。
ヘアアイロンをかけてくるくるの髪の毛をした女子が、ヒステリックに叫んでる。誰だっけ?
「どうしてくれるのよ!」
「ごめん……」
「ごめんで済む訳ないでしょ!」
……なに?
つんつんと、隣の人をつついてみる。
「どうしたの?」
「いや、井岡君がきいちゃんの落としたカバン拾ったみたいで……」
? うん。
「……じゃあ、なんで雅志が謝ってるの?」
「それがね、散らばった時、そばの消しゴム触ったらしいのよ」
「それで?」
別にいいんじゃないの?
「うーん、きいちゃん、そこに好きな人の名前書いてたみたいでね……」
「雅志が見たとか?」
「じゃなくて、それに触ったこと自体が問題なの」
「はあ? なんで?」
思わずすっとんきょうな声を出した私に、その子は親切に説明してくれた。
「自分一人で、好きな人の名前を書いた消しゴムを使いきると両想いになれるおまじないだから。ただし、誰にも触らせないで」
………。
何それ。小学生でもそんな事する子いるか分からないのに、高校生にもなってする人、いたんだ。ていうか、素直に謝る雅志にイラっとくる。雅志はそんなこと知らないんだから仕方ないじゃない。というより、むしろ親切でしたんじゃない。そしたら考えるより先に声が出ていた。
「それってまずカバンを落としたあなたの責任じゃないの?」
パッと集まっていた外野がこっちを振り返る。うわあ、何このギャラリー。でも、言いたいことは言わないと気が済まないたち。
「だってそうでしょう? 落とさなきゃ消しゴムの件もないでしょう?」
「べ、別にあんたにカンケーないでしょ!」
「うん、カンケーないけど」
でも。
「そこで謝ってるのうちの弟だから、ちょっとカンケーある」
きいちゃんとやらは、私と雅志を交互に見て、一瞬言葉に詰まった後にやって笑った。
「全然似てない」
すごくいやらしく、不気味な笑い方。こんなの初めて見た。背中がぞわっとする。
それでも言葉を返す。
「一応、違う人間だからね。……それにそのこと、今、カンケーあるの?」
彼女はそこで言い負かされたと感じたようで、唇をわなわなと震わせながら散ったカバンの中身を急いで戻し、足早に去って行った。
パタパタパタ。走り去る音が、廊下に高く響いている。
その時、一斉に拍手が沸き起こった。
「いやー、よく言った!」
「あの子、我がままなのよー」
「だよな」
「朋美、カッコ良かった!」
その中、ポツンと一人だけ雅志が私を見つめてる。
弱々しく恐る恐る雅志が言葉を発する。
「僕、謝らなくて良かったの……?」
「謝る必要性を感じた?」
逆に聞き返す。逆質問。
彼はしばらく無言で考えて首を振った。
「怒ってたからとりあえず謝ろうと思った。なんだ、謝らなくて良かったんだ。……いつも謝っているからクセになっちゃった」
ハハハ、なんてへらへらとして、かわいた笑いをする彼を見たら、一気に頭に血が上って私は平手打ちをしていた。
頬を抑えてる雅志を見て、我に返る。
「何でもかんでも謝りゃすむって問題じゃないのよ! 何でいつもそうなの。必要がない時もペコペコしていてバカみたい。本当のごめんねの言葉が薄っぺらく感じちゃうの! 切羽詰まって、本当に自分が悪いって時だけじゃないと重みがない。何度も何度も言ってると」
「ごめん……」
「また!」
「だって今のはしょうがないでしょ?」
「私にまで気を遣わなくていいわよ!」
「別に、気を遣ってる訳じゃないよ。僕は朋美から学ぶことが多いとずっと前から思ってた。だから朋美は嫌だったかもしれないけど、同じ高校に行って、出来る限り色々と良いところを学ぼうと思ったんだ」
意外な言葉だった。
そして、はたと思い当たる。
教室にしょっちゅう顔を覗かせていたのは、私の行動が見たかったからなのだろうか。そう考えるとつじつまが合う。訊いてみなきゃ。確かめてみないと気が済まない。
「ねえ、ちょっと待って。……じゃあ今まで教室によく来てたのって、もしかしてそのせいなの?」
「うん」
「友達と喋ってる時とかも?」
「うん、会話の勉強になるかなと思って。同じ教室じゃないから分かりづらいね。でも同じ名字だから当たり前だよね、ごめんね」
「ごめんねはいいから!」
思わず声を荒げてしまう。
だけど、そんなこと考えてこんな風に言える子だったんだな、なんて逆に驚く。
そうか。私は家でも部屋にこもってることが多いし、それなら学校の方がよく私のことを見れると思ったのかもしれない。
学校でも、雅志のことが恥ずかしい気がして逃げてた。
だって私が関わったら、彼自身強くなれない気もして。というのは建前で、本当は謝ってばかりの雅志から目を逸らしてきた。私も同類に見られるのが嫌で。
何て、心が狭いんだろう。
すごい勢いで、頭フル回転して考えていたら、恥ずかしくて仕方がなかった。
ごめん、雅志。私、あんたのこと見下してた。あんたがそんなちゃんとした目的があったなんて、隠さなくても気付くべきだった。
謝るのは、私の方だったね。
自分での会話で様々なことに頭が混乱しないようにし、ふうっと息を吐く。
そしてひとつ咳払いをして言った。周りのギャラリーは見ないフリ。
「じゃあ、とりあえず」
右手の人差し指を立てて。
「ごめんねを簡単に言わない。というかあんたの場合は言わなくていい言葉」
数秒たってから、はにかんだ雅志の顔が目の前にあった。
「やっぱり。朋美はいろんなことを知ってる」
いや。
知らない雅志がかなり珍しいんだけど。
まあでも、その分雅志は素直だから私にも分けて欲しいけど。
そこまで考えて、なんだと気付く。
さっきから、私も雅志から学んでるとこあるじゃない。
人って不思議だ。
嬉しそうに笑う彼の前で、私は頭の隅でそう思った。
胸の中にわたあめのようなふんわりとした優しさを感じて。
【終】
《初出》
2013年10月20日発行「なないろ」収録




