14.目に見える愛情
朝、いつもの時間より早く目が覚めた。とは言え、昨日出かけていたから十分ゆっくりしていたのだけれど。
冷たい空気のせいだろうか。冬になると何回も布団をかぶり直し、寝返りを打つ。
昨日夫の実家に泊まりがけで行っていたから、今日はぐっすり眠りたかったのに。
そのために夫は、カーテンを閉め切ったまま会社に出かけたようだ。
遮光カーテンを開け、レースのカーテンが眩しく目に入る。
肩をトントンと叩きながら、階段を下りていく。フローリングの階段の端々に埃が見える。フローリングだと埃が目につきやすい。
(こりゃ、放置していたか。今掃除しないといけないでしょ)
一回部屋に戻り簡単にパジャマから、普段着に着替える。タートルネックのセーターにフレアースカートに黒タイツ。
フローリングワイパーを手に取り、シートを挟み込んで、廊下と階段を丁寧にスライドさせ、一段一段埃を絡め取る。一枚じゃ足りないから裏返しにしたりしてエコを心がけながら。
そして、ゴミ箱へ。
お昼の時間帯には、もうゆっくり過ごしていたから夫のお昼の休憩に合わせてメールする。
『午前中お疲れ様。時間があったからワイパーやっておいたよ』
そう時間を待たずに、携帯にメールの着信音が響く。
『疲れてたのに大丈夫だったの? 無理しないでね。でも、ありがとう』
文面を見ながら、少なからず驚きを隠せなかった。
(なぜ「ありがとう」?)
主婦だから当然なのに。当たり前のことなのに。
夫の方こそ、昨日夜遅くまで車の運転をして帰ってきて、疲れているはずなのに。
ふっと、頭をよぎった言葉。
四年前、結婚する時二人で交わした大事な約束。
「『ごめんね』と『ありがとう』は、ちゃんと言おうね」
そうだ。考えてみれば、彼はいつも言っていてくれていた。「ありがとう」と。
彼はちゃんと守ってくれているのだ。
私はどうだろう。
言うようにしているつもりだけれど、甘えてないだろうか。
*
以前、友人に聞いたことがあった。
「私は彼にとって、どんな存在なんだろう? 迷惑とかかけてないかな」
すると友人は真面目な顔でこう言った。
「あなたがそばにいる。それだけで支えてると思うよ。夫婦ってそういうものじゃないの? 存在こそが励みだよ」
そんな、まさか。ただただ、びっくりしたことを憶えている。
普通の主婦の仕事をこなしているだけ。まだ子供もいないから、洗濯も食事も、時には手をぬきつつ生活していているだけだ。
その夜、会社帰りの夫にその話をした。
彼は「その子、よく分かってるじゃん」と言ったのだった。
私はその時の夫の言葉を素直には信じられなかったのだけど。
*
思い出を振り返り、今。
彼の愛情が見えた気がした。
目には見えないはずだけど、見える感じがする。
彼のやせ気味な姿、ハスキーな声、触れている時の温かな温もり。目を細める癖、肩を上げる仕草。全てが愛おしい。
そう思っていたら、急に会いたくなった。
愛情。
言葉によって、行動によって見える愛情が確かに存在するということが、何よりも嬉しかった。
今更ながら、夫と出会えて良かったと心から思う。
メールのあまりの嬉しさに、今日は彼の好きなハンバーグでも作ろうかなと心に決めた。
掃除をしたら、こんなに良いことがあったなんて。
私はちょっと口元をほころばせた。
彼にとって、ハンバーグが、私からの愛情となって見える事を願いながら。
【終】
《初出》
2013年5月5日発行「目に見える愛情」収録




