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12.考え方のヒント


           一



 私は高校卒業と同時に、本屋でアルバイトしている。

 やることは日によって時間帯によって異なることもあるけれど、私は肝心なところのミスをよくおこす。確認が足りないんだと思う。


 

 そして今日もまた。

「藤川さん、図書券のレジ打ち、また間違えたの?」

 先輩の厳しい口調。こわばっている表情。怯えるように萎縮する私。

「あ、……はい。すみません。レシートはっておきます」

 小さな声で言う。何もそんなに大きな声で言わなくてもいいのに。恥ずかしさと悔しさが混じる。

「あとでカバーするこっちの身にもなってね」

 心に棘がささる。私はやっとのことで、

「……はい」

 と答えた。

 そう。図書券のレジ打ちは、並んでいる時には特に間違えやすい。お金で出してくると思って、預かりを押したあと、図書券でそれを出された場合は、またやってしまったかという思いと泣きたくなる感情に襲われる。

しかも、それで終わりじゃないことを私は知っているからだ。

「慌ててレジ早く打とうとしなくてもいいんだから。ちゃんとしたレシート渡して」

 全くもって、その通りだと思う。

 けど先輩。時間帯が違うから、どれだけ並ぶか全然分かってないよね、とも思う。



           二


 先輩が上がった後も、夕方から入るバイト生が来るまでの一時間、私は長く仕事をする。そして、その時間帯がとても混むのだ。学校帰りの学生や買い物帰りの主婦、早めに帰宅のサラリーマン。幅広い年齢層だ。それを先輩は知らない。

 仕事を終えタイムカードを押したあと、事務所のソファに座り一息ついてると、早く上がったはずの先輩から間違えたことをえんえんと注意された。

 注意はとてつもなく長い。気分はもう落ち込み度MAXだ。

 大体、何でまだ事務所にいるのだろう。わざわざ注意するため? そのためにずっと待ってたの? そのことにまた心が波打つ。 

 はあーと心の中でため息一つ。表に出していたら、何を言われるか分かったもんじゃない。

 それで一時間後、ようやく先輩が帰った後、もう暗くなりかけた頃友人にメールをした。

『急で悪いんだけど、これから飲みに行かない?』

 私はあまりお酒に強くない。ビール一杯とカクテル一杯でぼーとする。

 友人の緑はそのことを知っていたから、三十分もしないうちに返信が来た。まずはそのことに安堵する。

『大丈夫だよ。いつもの駅のあの飲み屋に入ろうか? 安いし、長くいられるから』

 温かい彼女の言葉が、耳元で聴こえるような気がした。

 素直に嬉しいと感じて、心の中で感謝しつつ自転車で駅へと向かう。

 信号にとまりながら、私と緑の長い付き合いについて思い起こしていた。

 

 きっかけは小学校での普通の自己紹介。ただ好きな漫画家が一緒だったりして、とても気が合う子だった。

「昨日発売した、あのマンガ、買った?」

「買った買った、で、もう読んだよ」

「私もー」

「どの話が好き?」

「やっぱり二話目かなー」

「やっぱり? 実は私も」

「いいよねー、あの話」

 そんな会話が日常で、またお互いのオススメなんかの貸し借りなんか当たり前の仲だった。

 中学では高校受験について、お互い励ましつつ過ごし、高校時代は恋愛相談について盛り上がったりした。


 その友人と会える。 



           三



 そういう友人がどれだけ貴重か、今更ながら思う。

 店まで行くのが、女一人っていうのにためらいを感じ、駅付近で待ってみる。

 いた……!

「こっちこっち」

「あー、お疲れ様。今日は土曜日なのにね」

 言われて苦笑する。

 彼女は大学へと進み、今就職活動をしている。だからリクルートスーツだ。セミロングの髪も一つに束ねてあるだけで。反対に私は、チュニックにジーパンという動きやすい恰好をしている。

 暦の上では秋なのに、残暑の名残はまだ残っている。生ぬるい風が、身体を撫でた。

 いかにも居酒屋です、みたいな薄暗い店内に足を踏み入れる。その薄黒さが私の心のようにも見えてしまう。テーブル席に案内されてそのまま腰かけた。この店はちゃんとした座布団を敷いているから、私と緑のお気に入りでもある。

 メニューも見ずにお互い「ビールでいいよね?」とアイコンタクトで交わし、オーダーした。

 そう時間も経たずに、店員がビールジョッキを運んでくる。

「お疲れさまー」

 とジョッキを合わせカツンと響かせる。そして一口飲む。うん、いい喉ごし。

「さて、今日は何があった?」

 私の表情と雰囲気から感じ取ってくれたのだろう。第一声がそれだった。

「それがね……」

 私はなるべく分かりやすく説明した。

「ミスをしたのは私の責任だけど、あんなにずっと言わなくても良くない?」

 お酒が入れば愚痴になってしまう。そしてそれに付き合ってくれるのが緑だった。だけど、今日の彼女の言ったことは私の予想外だった。

「あのね、私、その先輩すごいと思うよ?」

「え? なんで? どういう意味?」

 疑問符ばかりが頭に残り、混乱する。なんで、そんなこと言うの? 緑までそう言うの?

「これは読んだ本の受け売りなんだけど。その人いわく、『人が人を注意するのは、まだその人のことを信じて任せてるから』なんだって。注意しても逆ギレする人が、中にはいるでしょう? でもひろみみたいに直そうって思っていることがその人にとっては注意しやすいのかも知れないね。

 私が思うに『注意されなくなったら終わり』という考え方もあるし。本読んですごい共感したから、何となくだけどそう思う。

 ひろみが、そういう努力をして、ミスしても乗り越えられるって思われてるんだから注意するんだと思うよ。だって『どうでもいい人間』には何を言っても仕方ないと思うだろうしね。

 だからすごいと思う。ひろみも感謝した方がいいよ。そりゃあ怒られたり言われるのは嫌だし落ち込むと思うけど……」

 真剣な眼差しでそう言われた。

 私は考えた。時の流れも分からずに。

 考えて考えて、「ああ、そうかもしれない」と思った。

 そうか。私はまだ許されて見込まれているのか。勇気づけられる。そんなこと、思ってもいなかった。

「その言葉、覚えておく。ありがとう」

「どういたしまして。偉そうに言ってごめんね。だけど他人の意見ってどんな場合でも大切だと思うよ」

 それは今の緑の環境の中で、そう感じたのかも知れない。だからこそ有難い言葉だった。



 今度注意された時「以後気をつけます。ありがとうございます」なんて言ったら、どんな顔をするだろう。想像してみる。

 もし言えたとしたら、私のバイトに対する心構えや人間関係に関する考え方が、きっと、根本的なところから変わるのかも知れない。

 そうだとしたら、とてもありがたいことだなあ、とビールを口にしつつ頭の片隅でそう思った。

 私の様子を見ていた緑が静かに微笑む。穏やかな目が、とても優しかった。それが、余計心に染みた。



    【終】



《初出》

 2012年11月18日発行「考え方のヒント」

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