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11.買い物の掟=欲?


         一   久しぶりの再会



 休日のお昼。真夏の太陽の日光は容赦なく人を照りつけ、その体力を奪っていく。熱中症になる人が多いというのも無理はないだろうと、優里は思った。

 今日は久々の友人と会う約束で、デパート前で待ち合わせしている。ちなみに大学の同期という間柄だ。

 なるべく邪魔にならないように、そして陽に当たらないように身を隠す。

 少し遅いランチの後、ウィンドウショッピングをする予定だ。しかし、この時期バーゲンをしているところが密集しているため、何か買うだろうとは思っていた。──思ってはいたが。


 待ち合わせは十二時半。あと十五分ある。デパートの中で涼んでいようと入った瞬間に目にとまったものがあった。ブランドハンカチ五百二十五円。

(買わなきゃ!)

 腕にしているファッショッン時計を気にしつつ、バーバリーなど三枚選んでレジに並んだ。お昼時ということもあってか、すんなり会計を済ませ、また表に出る。

(暑い、今日は特にだわ)

 もう三十度は超えているであろう気温に、優里はブランド物のバッグからハンカチを取り出し額の汗を拭った。服装は一応過ごしやすいマキシワンピースなのだが。

 ちょうどそこで、見知った顔を認める。友人だ。二年ぶりくらいだろうか。

 腕時計に目をやれば、きっちり時間通り。変わってないな、と思わず苦笑した。

 外見は見るたびに垢ぬけていく気がする。しかしその点は負けていないと、優里は思った。

 お互い社会人になって五年目。大人になって少しずつ変わるのは当然かもしれない。

 澄子は大学時代のセミロングの髪型を少し短くして、夏らしくアップでまとめてブルーのヘアクリップで留めている。

 メイクもアイシャドウなどはしていても、チークは控えめで好感がもてる。

 無地の紺のノースリーブにシフォン素材のミントグリーンのプリーツスカート、高いヒールの黒のサンダル。ミントグリーンのスカートが周りと比べて映えてキレイだった。

 顔立ちは優里自身、特に特徴があるわけでもなく、それは澄子にも同じように見えた。それでも一目で彼女と分かり、すぐに手を上げ位置を知らせる。

「久しぶりー」

「ホント。元気だった?」

 交わされる会話。

 変わらない優しい穏やかな口調。それだけで安心する。

「元気元気。でも夏バテって歳のせい? やたら暑いんだけど」

 そう聞いてきた澄子に苦笑いする。

「今、夏でしょ。歳のことはー言わないでー。今日は考えたくない」

 言った一言に彼女が笑った。

「お昼、あそこのパスタでいい?」

「ん? 私はどこでもいいよ」

 優里の提案に快く応じる。

「お昼だからね、混んでなきゃいいけど」

 不安げに優里が言う。

「あとクーラーついてれば」

「あ、そこ大事だよね」

 デパートの近くのチェーン店の喫茶店に入りながらも、会話は途切れることがない。幸い店の席は空いているようだった。

 優里はミートソースにウーロン茶、澄子はたらこソースパスタとジンジャーエールを注文し、席に座る。

 店の中は少々寒すぎるくらいだった。汗が逆に冷たく冷える。

「今日どこ周る?」

(こういうとこも相変わらず変わらない)

 自分の意見を言う前に相手の意見を聞く。簡単そうで難しいこと。変わってないことに嬉しさを感じる。

「デパート、ハシゴしたい」

「ん、わかった。了解です」

 短く澄子が答えた。たまにメールしているとはいえ久々に会った彼女には気楽に話せる。本人には話してないが、優里は一時期澄子に対し、憧れに近い思いを抱いていたことがあった。だから、だろうか。本音で話せる。

 二人で鳴ってるお腹を押さえるように、パスタをフォークでまいて少しずつ口に入れる。最近の会社のことなども話しながら、あっという間に時間が過ぎた。

「ちょっとショッピング」

 早く出ようかと少し相手を焦らせ、周るデパートの順番を確認する。

 けれど、先程の暑さは店から出てもちろん感じてはいたものの、デパートのハシゴ!に気合いと、何より久々の友人との出会いにテンションが上がり、それほど気にならなくなっていた。

 


             二  デパートのハシゴ



 一つ目


「ねぇ、どうせならバーゲンやってるから、上から順に下に降りてこようよ」 

 優里が突然言い出した発言にもかかわらず、澄子はにっこりと頷いた。

 一回一回フロア全体を端から端まで丁寧に見まわし、一つ一つの気になる服を手にとってはカードで払う。ワンピース、フレアースカート、リバーシブルスカート、プリーツスカート。

 時には試着しながら鏡の前で、一回りする。

「よくお似合いですよー」

 営業用の言葉とは分かりつつも、お世辞を言われて嬉しくない人がいるだろうか。

「どっちの色がいいかなー」

 通勤用のスカートを選びながら悩む優里。

「こちらの方が無難で、売れ行きもいいですよ。残りもこれ一枚なんです」

 最後の一言は本当かどうか、怪しいものだったが、そう聞くと手放したくない思いもする。

「やっぱり! これ、いいですもんね。じゃ、これください」

 満面の笑みでレジにカードを出す優里。

「ありがとうございましたー」

 お辞儀をされ、お店から出る優里に澄子が話しかける。

「ねぇ、いつもあんな感じ?」

「あんな感じって?」

 不思議そうな顔をした優里に、澄子がだからー、と言う。

「店員さんとあんな風に話したりする?」

「あれで話したうちにならないでしょ。もっと話すよ、地元のブティックじゃ。普通だよ?」

 それを聞いた澄子は、ふうーんと納得したかのような表情を見せた。

 デパートは、流行りの服で色鮮やかにマネキンに飾られ、まるで別世界のようだった。

「そんなに必要? 大丈夫?」

「だって安かったら買っておいた方が便利じゃない? ボーナス払い出来るし、これくらいは」

 澄子の問いに優里は明快に答えた。

 澄子の表情の変化には、優里は気付かなかった。


 二つ目


「このピアス、可愛いー。こういうのいいよね、夏らしくて」

 同意を求めるように澄子の方を窺う。

 一階のアクセサリー売り場にて、優里は次々とカゴにピアスやネックレスを入れていく。一つ一つが安くても、塵も積もればなんとやらだ。

 ヘアクリップやバナナクリップまでも。

 澄子も気に入ったのがあったようで、一つ、ヘアクリップを買っていた。花柄のピンク色の彼女によく似合いそうなものだった。それを見て、優里は嬉しそうな笑顔を見せた。

(自分だけ買うのって、ちょっと気が引ける気もするし)

「ここはアクセ、買ったからいいかなー。澄子は大丈夫? ほかに見たいとこある?」

 歩きつつ、振り向きながら訊く。

「うーん。洋服は去年買ったのがあるから、今年は特にないしいいよ?」

「そう? じゃ次行こう!」

 優里のテンションの高さに澄子は微苦笑した。優里の速度が次第に早まる。


       三つ目


 最後のデパートは、優里にとって集大成ともいえた。

 服から雑貨、小物、アクセサリーすべてに手を出し買い物していた。

 その様子を澄子はどう見て、何を思っていただろうか。

 もう外は夕方の風が吹き始めている。

「そこのカフェ、入ろうか」

 ほとんど休みなく、たまに自販機でペットボトルを買って飲んでいただけだったから、少し足を休めたかった。もう足が棒のようだった。

 どちらともなく言いだし、デパートのカフェに入る。店内は人の熱気はあったものの、十分にクーラーはきいていた。

(ふう。やっと一息。……そういえば、こういうところ節電はどうしてるんだろう)

 そんなことまで考え、飲み物を注文し、座ったところは奥まっていて落ち着くにはちょうど良かった。

 席に着くなり澄子は優里が予想もつかないことを言った。それも、ひどく真剣な表情で。

「優里、あなた、最近ストレス溜まってるの?」


    

   

        三  必要な欲



(え?)

 優里は突然何を言われたのか、そしてなぜそんなことを言うのか訳が分からず、唖然としながらゆっくり頭の中で言葉を反芻する。

「ま、まあ。そりゃ社会人してるからそれなりには。……でも急にどうしたの?」

「ああ、ごめんね、気を悪くしたら。今日すごいたくさん買い物してたから、ストレス発散なのかなと思って」

(ああ、なるほど)

「そういうことか、そこまでじゃないよ。今日はほら、どこもバーゲンとかで安くなってるじゃない? だからさっきも言ったとおり安いから買っておいた方がいいかなと思って。欲しいものもあったし」

「安いから買うの?」

「? そうよ?」

「必要だから、買うんじゃないの?」

「……え?」

 視線を落として、澄子がストローを口に加えてちょっと考えこむようにしている。そして言葉を紡いでいく。

「人間の〈欲〉ってすごいあるじゃない? 〈物欲〉〈食欲〉〈睡眠欲〉みたいな。全部が無駄とは思わないし、思えないけど、現状に満足することも必要なのかなあって思って」

(……ちょっと待って)

「私が無駄遣いしてるっていうこと?」

「そうとは言ってないの。だって欲しいものは買っていいと思うし、私だって買ってるし。ただ、限度というか。それにね、安いから買うよりかは必要なものだけを買った方がいいんじゃないかな」

「……確かに、そう言われるとそうよね」

 優里が素直に頷く。

(澄子はいつも的を射たことを言う)

「それに、反対に必要な〈欲〉っていうのもあるじゃない?」

「必要な?」

「そう。うーん、例えば自分を成長させるために現状に満足しない〈欲〉。分かりやすく言うと、自分の長所や趣味に満足しないというか。今の自分に満足すると、人間は成長できないでしょ? 安心しちゃったりすると。だからそういう〈欲〉は大切だし、貪欲になってもいいし、持つべきものだとあくまで私は思ってるの」

 言ってにっこりと微笑む。優里はただただ感心する。

「澄子、大人だねー。そういう見方があったかあ」

 優里はテーブルに肘をついて、考える素振りを見せた。

(こういう時って、どういうことをしていけばいいのかな)

 しばらく、時間が流れた。その間、澄子はただ静かにそのさまを見守っている。

(……あ!)

「決めた!」

 言うなり手をパンと叩いた。周りから視線を浴びる。

「この店出たら、貯金箱買いに行く!」

 あまりにも無邪気な言い方に、澄子は声を立てて笑った。

「いいね、付き合うわ」

(ちょっとした事からスタート。今日はお金を使ったから、まずは節約から)

 久々に友人と会えたうえ、一つの階段を昇るきっかけをもらえたようで、優里の心は幸せに満ち溢れていた。                    




   【終】


《初出》

 2012年8月12日発行「買い物の掟=欲?」

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