1.私の春
一
春、桜がひらひら舞う。風が空気と溶け込んでくるくると円を描く。風が心地よく体にまとう。
季節はこんなにも気持ちがいいのに、私はちょっと悩んでいた。いや、これは悩みというのだろうか。正直、焦っていたのだ。
私には一緒に高校に入る友達が二人いる。
一人は癖っ毛が特徴で、恋愛に敏感なくるみ。もう一人は勉強が出来て、頭の回転が速い美紅。ストレートのロングの髪と赤い曲線のメガネがとてもよく似合っている。
私は二人につられて、この高校に入った。
私の焦りは高校受験の時から始まっていたのかもしれない。
二
「くるみー、薫ー」
美紅に声をかけられ、お昼時間食堂に向かう。
生徒たちが込み合う中、長い廊下、新しい上履きがキュッキュッという音が軽やかに響く。
「お腹すいたー」
お腹のあたりをさすりながら、くるみが言う。そして一回こちらを振り返り、
「早く行こうよ、ダッシュ!」
と、前に向き直りいきなり走り出すくるみ。手ではカモンカモンとしている。
「廊下は走らない!」
新任の若い教師に怒鳴られ、美紅が頭をかかえて「馬鹿…」と呟いた。
くるみはもう一度、私たちの方を見て舌を出す。茶目っけたっぷりに。こういう風なトコ、私も真似出来たらいいのに。
だけどいつもは「花より団子」のくるみが珍しい。よっぽどなんだろう。
「でもホントにお腹すいたよね」
私が言うと、美紅が苦笑いして「確かに」と言った。
「でも、走らないけど」
美紅、厳しい。
食堂に着いたら美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐった。お腹がぐぅという。ああ、お腹すいてるんだ、と改めて思う。
「じゃあ、私はカレーライス」
と美紅。カレー通の美紅はいつもカレーだ。
「私はカツ丼!」
「カツ丼!?」
美紅と私は声を合わせた。かわいい癖っ毛の見かけによらず、がっつり食べるな、すごい。
「私はオムライス」
それぞれ食券を買ってカウンターに差し出す。すごいスピードで品々が手元に届く。
「今日のさー、歴史の授業面白かったねー」
なんて言う、美紅の頭が信じられない。私とくるみはかぶりを振って否定する。当然だ。
「授業に面白いも何もないよ」
「そうそう」
「面白いのはイケメン探し!」
言いきるくるみに、今度は私と美紅が顔を合わせてため息をつく。
「そんなんでよくこの高校に入れたねー」
そうなのだ。この園田西高校は、それなりに名の知れた進学校。私もかなり頑張った。
「そりゃね、いい男彼氏にしたいから、その気合いで!」
本当に、くるみはすごい。
私たちは中三の頃知り合って、グループになった。その頃からくるみはコスメグッズを学校に隠し持ってきて、高校に入ったら薄いマニキュアや、つけまつ毛をつけてる。妙にアンバランスで、教師に早くも目をつけられてる。
美紅は美紅で中学の頃から勉強がすごく出来る子だった。いつも上位三位には必ず入っていた。
そんな二人を追って私はこの高校についてきた。
ただ──。
時々、限界を感じる時がある。
恋に男子に夢中なくるみ。
勉強に楽しみを見出せる美紅。
何も持っていない私。
だから今、二人に置いて行かれそうですごく怖い。不安と焦りが、私の体を支配していた。
「あれ? 薫、箸止まってるよ?」
くるみに言われ、我に返る。
「あ、ごめん。なに?」
「いや、だから放課後ロッチに行こうよって話してたんだけど」
「ああ、うん。いいよ」
「……何か考え事?」
心配そうに顔を覗きこまれた。大きな瞳に吸い込まれそうになる。見すかれそうな。覗きこまれたとき、ちょこんと髪の毛がはねた。
「……ううん、なんでもない。大丈夫」
「美紅もいいよね?」
「まあ、付き合うけど」
素直に「うん」と言わない所が美紅らしい。
「やったぁ」
くるみは飛び跳ねて喜んだ。こういうとこ子供みたい。
ロッチとはこの辺りの商店街のこと。たまに催し物、イベントみたいなことをやってて、気分転換にいい。私たちのお気に入りは百均だけど。
三
「さぁー行こう」
目的のものがあると、元々元気なくるみは更に元気になる。
私も美紅も苦笑いしながら、鞄を手に取った。
幅の狭いじゃり道を歩きながら、さっきのことを思い出した。
二人には気づかれたか分からないけれど、その考えはくるみの声に壊された。
「あー、イケメンがいる! あ、路上ライブだ」
「どこー?」
わずかに聴こえるギターの音を頼りに美紅が訊ねる。
あ、ほんとだ。
割といい。整った顔立ち。
でもイケメンとかとは関係なしに、すごく癒される曲と歌詞。柔らかな温かいバラードにのせて、人へのエールの歌詞。頑張れ頑張れ、を繰り返す。
ドーナツ屋、魚屋、肉屋、花屋、八百屋、ロッチの中を行きかう人の中で一人だけ異質を放っている。
気がついたら私は泣いてた。涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
「やだ、薫どうしたの?」
「わっ、泣いてるじゃない。ちょっ、ちょっと場所移動。何があったの?」
美紅とくるみが口々に言い、気をきかせて二人が公園の方まで連れ出してくれた。泣きながら歩くのって小学生みたいだ。
「なになに、どうしたの?」
と再び美紅。
「今日の学食もおかしかったよね。っていうか、最近、変」
「なにかあったら話してよ」
とくるみ。
二人の行動が原因なんて言えない。私は唇をかみしめて口を閉ざした。
「言いたくないならいいけどさ」
くるみが唇を尖らせて言う。
「私たち友達だよ。話してほしいよ」
友達だから言えないこともあるよ。心の中で呟く。
「前から思ってたけど薫、何か隠してるでしょう」
「え! そうなの!?」
美紅の言葉にくるみが大げさに驚いた。
周りを行きかう人達の数は少ない。大きな声を出しても目立たない。商店街の人ごみは、あんなにすごかったのに。
「いや、あの歌がよくてさ」
「そりゃー良かったけど、泣くほどのもの?」
二人が声を合わせて言う。
「それはっ!」
思わず声が出る。
「二人には分からないよ」
蚊の鳴くような声で言った。そう、二人には分からない、頭から決めつけた。
「そんな言い方、ないんじゃない?」
美紅が顔をこわばらせた。
「心配してるんだよ、何それ」
「だって……」
言いたくないけど、言った方がいいのかもしれないのかなとふと思った。どうしてか分からないけど、なぜか急に。重い口を開く。
「二人は私よりすごいじゃない。くるみは可愛くておしゃれだしコスメにも詳しいし、美紅は勉強めちゃくちゃ出来るし。……いつも二人に置いて行かれそうで怖かった。いつも焦ってた。くるみと美紅に置いて行かれたら私……」
話しながらまた、涙声になった。
しばらく無言の時が流れた。
やがて美紅が口を開く。
「そんなこと考えてたの?」
呆れた様子で言われた。
「そんなことじゃないもん、私にとっては」
軽く言い返す。
美紅が一息ついて、メガネのフレームを人差指で持ち上げる。
「じゃあ別の何かを見つければいいじゃん。薫は元々優しいんだし。それだって私から見ればいいと思うよ。私言い方、キツイし。直そうって思っても難しいんだよ。それを薫は持ってるんだよ。勉強なんて、頑張れば誰だって出来るもん。その優しさを元から持ってるっていうのは羨ましいよ。この間だって、学校へ行く途中バスの中で、目の前のお婆さんに席をスって譲ってあげたじゃない。私なんか全然考えなかったよ。それってすごいことじゃない?」
一気に言ってから、ふうと息を吐く。
「なんかショック。そんな風に思われていたなんて」
「ごめん……」
小さく呟く。
そうなんだ。美紅もそんな思い抱えてたんだ。
はっきり言われたら、どこかすっきりして気持ちが少し晴れやかになった。心に陽が射したような。
「ありがとう」
そう言ったら、くるみが温かな笑みで言った。
「……いいなあ」
「……何が?」
急にいいなあと、言われて戸惑う。私がコンプレックスを持っているのに何がいいの?
「──強いよ。薫は」
「強い?」
意外な言葉に私は驚く。
「あ、それ私も思った」
美紅までも言う。
「え?」
頭の中がこんがらがる。糸が絡みついて離れないみたい。何だろう、この気持ち。
「……自分のね、弱いトコ、特にそういう人に見せたくないトコを話せるって、すごい強いんだよ。弱きゃ出来ないことなんだよ。私は薫のそういうところがすごいと思う。逆に尊敬する」
……絶句。言葉が出ない。私に言えることは──。
「……ありがとう。でも、私も言えなかった。くるみと美紅がいたから言えたんだよ。背中を押してくれたのは二人だよ。……私も少しずつ頑張ってみるよ。私は何に向いてるか分からないけど」
「協力するよ……」
二人に言われ溢れそうになる涙をこらえる。
まさかくるみにまでも言われるなんて。
「うん」
──ああ。
心の中のもやもやが薄れていく。あんなにも体を支配していた焦燥感が二人の言葉に救われていく。
胸には希望があった。二人の言葉を思って、涙にぬれた顔を上げて空を見たら、どこまでも透き通っていた。
【終】
《初出》
2011年5月5日発行「私の春」




