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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮
後日談など

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26/30

事件の後で 2.とても興味がある



 一人の男が城内に足を踏み入れると、気付いた騎士達は姿勢を正し頭を深く下げた。


 肩につく長さの金髪に銀灰色の瞳。

 騎士の中でも上位である事を示す紋章入りのロングコートは羽織るだけに留め、マントのように裾が翻っている。


 ヒルベルト・デルクス伯爵、二十八歳。

 アーレンツ王国騎士団の情報統括局、第一部の長官である。領地を持たずひっそり文官を勤めるだけの伯爵家は、この養子を育て上げた事によりみるみる家名が知れ渡った。


 流れる血の知れない実力者、掴みどころのない言動、王家も一目置いている。

 生意気なだけの孤児ではないのかと陰口を叩く者もいたが、侯爵家以上の貴い血の隠し子ではないかと囁く者もいた。

 彼は王太子だけでなく国王とも、王妃とも、果ては離宮にこもっている側妃にさえも、定期的に会っているらしい。どこまでも底知れない人物だ。


 ともあれ、デルクス伯爵ヒルベルトと王太子マティアスの二人から逃げ切った犯罪者はいない。

 それは事実だった。


「ヴァルトルーデ。こちらは我が国の情報統括局、第一部長官を任せているデルクス伯爵だ。」

「初めまして、ヴァルトルーデ殿下。ヒルベルト・デルクスと申します。お会いできて光栄です」


 応接室の赤い絨毯に片膝をつき、ヒルベルトは見事な笑顔で微笑んだ。

 取り調べを受けている影武者は見た事があったが、本物の王女はかくも美しいかと心の内で考える。格下である伯爵ごときとの対面なのに緊張した様子がごく僅かに見られるのは、マティアスが何か言ったのだろう、とも。


「初めまして、デルクス伯爵。こうしてお会いできて嬉しいわ…どうぞ、こちらへ。」

「ありがとうございます。」

 勧められるまま、ヒルベルトはローテーブルを挟んで二人の対面にあるソファへ腰かけた。

 三人分の飲み物を用意し、一礼した侍女が部屋を出て行く。

 扉の外には護衛の騎士もいたが、応接室に残っているのは三人だけだ。マティアスの腹心であるケイス・ゼンデンもいないようだと、ヒルベルトは少し意外に思う。


 ――要は、人払いはしてあるという事だ。


 ちらりとヴァルトルーデの隣を見やれば、赤い瞳と目が合った。

 ヒルベルトの笑顔に含まれたものをわかっているのだろう、マティアスは首肯して口を開く。


「普段通りでいい。気安い関係だという事は伝えている」

「ええ、私にも気を遣わず話してもらえたら。」

「そうか、では遠慮なく。」

 気後れする間など僅かたりともない。

 あっさり頷いたヒルベルトは、片手を軽く広げてからりと笑いかけた。


「この度は地位の奪還おめでとう、ヴァルトルーデ殿。」

「ありがとう。元々は貴方が、何かおかしいとマティアス様に伝えてくれたと聞いてるわ。本当に感謝しているの」

「俺は興味があっただけ、面白がっただけさ。マティに嫁がいないのも我が国の悩みだったのでね、こちらこそ貴女に感謝している。」

「ヒルベルト。余計な話をするな」

「ふはは、本当の事だろうが。」

 少々眉根を寄せたマティアスに睨まれても、ヒルベルトはまったく怯まず笑っている。

 まるで弟をいじる兄のようだと、ヴァルトルーデもくすりと微笑んだ。


影武者(カルラ)の尋問は俺の部下が担当してる。拘束した相手だ、まかり間違っても騙されて逃がすような事はないから、安心してくれ。」

「…ええ。どうか、よろしくお願いするわね。」

「あれに関する懸念としては、身柄をクロイツェル国王が欲しがる事だが」

 思い返すように視線を空中へ投げ、マティアスが言う。

 暗殺未遂およびその後の成り代わりはアーレンツ王国内で起きたが、カルラはクロイツェル王国でも二年ほど前から罪を犯していた。取り調べがしたいのは先方も同じだろう。


「ヴァルトルーデ、君はどう考えている?」

「我が国では、あの子の魔法に大勢が操られました。必ず御せるという信用ができない以上、たとえ『自国で罰を』と考えたとて、それを言える立場ではありません。」

「そうだな。王太子妃となる君にかかわる事件だ、ある程度終わらせてからクロイツェルへ投げる、という真似もしたくない。」

「はい。ですから万一言ってきた時は、私が父に話をします。」

「ふはっ、それは心強い。」

 にやりと口角を上げ、ヒルベルトは機嫌よくティーカップを手に取った。

 これは確かに王妃殿下も気に入るだろう。見た目通りに繊細で優しいだけでは国母は務まらない。

 ヒルベルトが一口飲んでソーサーへ戻すのを待ち、マティアスが口を開く。


「アンドレアス王の到着はどれくらいの見込みだ?まだ返答はないと聞いたが」

「明日か明後日。」

「…何だと?」

「こうなるのは目に見えてたからな。使者の移動時間を考えて、決着がつくより先に発たせてる。」

 隣国と言っても、王都が隣り合っているわけでもなし。

 アーレンツの領土が広い事も考えれば、王城から王城へはかなりの距離がある。移動の早さが自慢の部下に任せたとて、休憩や食事、睡眠時間も踏まえれば一日以上はかかるものだ。


「恐らく魔法が解けてそう経たずに使者が到着し、混乱もあったろうが、支度時間を加味して、こっちに向かう道中では、追加の正式な報告が届いたはずだ。そこからの返答待ち…もう二時間以内には、いつ来るって返事を持ち帰ってくるだろう。」

「……ヒルベルト。先触れを出していたならもっと早く言え。」

「ま、こっちもごたごたしてたもんでな。悪い悪い。陛下達には先に伝えてあるから、客室の用意はできるだろうさ。」

「はぁ…」

 マティアスは眉間に皺を寄せたが、これはアーレンツ側を急かして話を有利に進めるためにも、さっさと許可を取りヴァルトルーデを婚約者として確定させるためにも、なかなか良い手だ。

 父に会う日が早まったヴァルトルーデは緊張した面持ちだが、こくりと唾を飲むその瞳には覚悟が宿っている。


「もう三日程度は猶予があるものだと思っていたが……すまない、ヴァルトルーデ。」

「いえ、私は大丈夫です。父も状況はわかっているのですから…そう難しい話にはならないかと。あちらがどう思っているかはさておき、まずは会ってみたいと思います。」

「それでこそマティの嫁になる娘だ。ルトルトは良い子だな」

「るとると…」

 目をぱちくりさせるヴァルトルーデに笑みを返し、ヒルベルトはマティアスに視線を戻した。

 先日は胸ポケットに小動物を納めていたが、今日はいないようだ。


「――マティ。女性陣向けのお披露目は考えてるのか?」

「茶会だろう、わかっている。彼女とも話はした」

 マティアスとヴァルトルーデが目を合わせて頷いた。

 アーレンツ王国の貴婦人や令嬢達にとって、ヴァルトルーデは情報がろくにない相手なのだ。作法や人柄、知識、対応力などを茶会で見定められる事になる。


「ならいいんだが、ヴィンケル伯爵令嬢とは早めに顔を合わせておくといい。歳も近いはずだ」

「ふん?兄でなく妹の方か……わかった。」

「デルクス伯爵。早めにというと、そのご令嬢は何かあるの?」

「問題があるわけじゃないが、なかなか面白い兄妹でね。貴女がアーレンツで生きていくにあたって、味方につけておいた方がいいのは確かだろうな。」

「…なるほど。心得たわ」

 にこりと笑って、ヴァルトルーデは大人しく頷いた。

 ヒルベルトの助言は聞くに値するものだと、既に確信を得ているらしい。素直でよろしい事だと、ヒルベルトも頷き返す。


「後は、そうだな。王太子妃になるなら、いずれルトルトもあそこの視察に行く。アーレンツはクロイツェルより魔物が多いんだ、図鑑でも本物でも、ある程度慣らしておくに越したことはないぞ。」

「あそこ……もしかして、ゼイルかしら。王妃殿下から教えて頂いたわ」

 今はメルテンス伯爵が治めている辺境の地だ。

 魔物がもっとも多く棲息する広大な森を有しており、そこと街の境に騎士団の基地がある。対魔物戦闘においては最前線と言える場所だ。

 マティアスが頷いた。


「国にとって重要な場所だと示す意味で、数年に一度は王族が視察に行く事になっている。俺は二年前に訪れたが、活気に溢れた良い街だ。また今度詳しく話すが、怯える必要はない。」

「わかりました。行く時は何か、差し入れも考えないといけませんね。前線で国を守る皆様の励みになるような…」

「…ありがとう。」

 真剣に悩み始めたヴァルトルーデの頬を指の背でするりと撫で、マティアスが柔らかく微笑む。声の優しさも相まって、ヒルベルトは心の中で「誰だこいつ」と一瞬思った。

 ヴァルトルーデは顔を赤らめて視線を泳がせている。ヒルベルトは目をそらしてあげた。


「な、なぜ急にお礼を。」

「君のその心が嬉しかった。つくづく俺は、君に会えてよかった。」

「近いですマティアス様、私がとんでもない事になります、はな、離れて頂いて。」

「それは確かに困るか。わかった、離れよう。」

 どうやらマティアスは、人前でもある程度は気にせず恋人を可愛がる性質らしい。

 意外に思うヒルベルトだが、考えてみれば自分もそういう性質なので納得する。


 ――この国の娘は、大概がゼイルと聞けば顔を引きつらせ怯えるものだ。そんな穢れた場所にいるなんてと住民を軽蔑する者も少なくない。


 だが、ヴァルトルーデはまだ現実を知らないから言っているだけ、という事もある。

 意地悪を承知で、ヒルベルトはにこやかに聞いた。


「もちろん、望めば魔物を殺すところも見られるわけだが。血飛沫に耐性はおありかな?」

「おい」

 マティアスにぎろりと睨まれたが、そちらを見てやる事はない。

 ヴァルトルーデは瞬いて、口元に片手をかざした。


「経験がないから耐性はわからないけれど、興味があるかも……」

「ほう?」

「我が国にも魔物は存在する、歴史書でも事件が取り上げられたりするわ。戦記や図鑑もよく目を通したものだけど、お伽噺や創作だと言われていた魔物が、もしかするとこちらでは存在しているかもしれない。撃退法は合っていたのか、それとも偶然だったのか、とか。」

 そう思うと魔物の森にも、そこでの討伐任務もとても興味がある。

 至極真剣な顔で言われ、ヒルベルトはぽかんと口を開けてしまった。堪えきれなかったように、マティアスが笑う。


「くくっ……ヒルベルト。貴方の負けだな」

「ああ、これは確かに負けか。まったく貴女は大物だよ」

 いきなり勝敗の話になり、ヴァルトルーデはきょとりと瞬いて二人の顔を交互に見る。

 ヒルベルトは機嫌良さそうに笑っていた。




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