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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮
後日談など

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25/30

事件の後で 1.ぜひ会って頂きたい




 王太子マティアスは隣国の第二王女ヴァルトルーデを望み、彼女もまたそれを受け入れた。


 当初はヴァルトルーデの訪問を快く思っていなかった王妃ヘルトラウダも、彼女の悪い噂は影武者の行いによるものと納得しており、アーレンツ国王が反対する事もない。

 後はクロイツェル国王アンドレアスの許しがあれば、二人の婚約は真に確定される。


「まぁこれは、承諾()()()と言った方が正しいか。」


 王太子の執務室にて、マティアスが読んでいた書類を机に戻して言う。傍らに控えるケイスが頷いた。

 出発した時は本物だったとはいえ、アーレンツに王女として到着したのはヴァルトルーデではなく影武者のカルラだったのだ。


 同行していた者達は強力な魔法を使われていたとはいえ、解決したのもヴァルトルーデ本人とマティアスを始めとするアーレンツ側の人間であり、クロイツェル王国は非礼の詫びと解決への感謝を示す必要がある。

 応接用のソファに座っているヴァルトルーデが僅かに首を傾げた。長い銀髪がさらりと揺れる。


「敢えて強気に出るまでもなく、承諾しそうなものですが…」

「どうでしょうね。アンドレアス陛下が貴女様とマティアス殿下の見合いに頷いたのは、あの影武者が作った噂が原因ではないのですか?信じ込まされた話が偽りと知れた今、考え直す可能性はあるかと。」

「それは……確かに。父の状態がわかりませんから、何とも言えませんが。」

 クロイツェルから来た者達は現在医師にかかっているが、その精神状態は様々だ。

 ヴァルトルーデに謝罪を続ける者、未だ混乱している者もいれば、ヴァルトルーデをカルラと見間違えて拒絶反応を起こす者もいる。

 国王アンドレアスは今、娘に何を思っているか。


「こちらからクロイツェルへの要求としては、第一位に君との婚約を置くつもりだ。あちらからすれば、何度でもこの件を掘り返してやるという脅しに聞こえるかもしれないが……念のためだ。君を手離す気はないのでな」

「ふふ。ありがとうございます、マティアス様。」

「…ヴァルトルーデ様。アーレンツとしてはありがたいですが、本当にマティアス様でいいんですか?悲しげにして逃げるなら今のうちかと。」

 横からギロリと睨まれたが、ケイスは言いたい事を言ってから口を閉じた。

 微笑ましそうに目を細めるヴァルトルーデは女神のような美しさだ。


「大丈夫よ、ケイス。私がマティアス様のお傍にいたいのだから。」

 マティアスがそれでいいとばかりに頷き、ケイスは「それならいいのですが」と苦笑した。

 母に似て、時として冷酷に見られるほど真面目な王太子殿下のことだ。隣には、柔らかい微笑みと確かな教養を兼ね備えた女性が相応しい。

 ヴァルトルーデが嬉しそうに両手を合わせた。


「それに、王妃殿下から学ばせて頂くのも楽しくて。」

「そこは気負わなくていいからな。」

 マティアスが即座に言うが、ヴァルトルーデは気負ってなどいないとにこにこしている。

 王妃ヘルトラウダの前ではどんなに気位の高い令嬢でもビシリと緊張するものだが、未来の王太子妃は心酔するでも畏縮するでもなく、純粋に慕っているようだ。

 本当に大物だと、ケイスは眼鏡を押し上げながら小さく唾を飲み込んだ。


 ――絶対に、この方を逃がさないようにしなくては。万一喧嘩した時はゼンデン侯爵家で匿うと擦り込んでおくか、いや……


 むしろ、王妃のもとに逃げ込むかもしれない。

 ヘルトラウダが本気になれば、そこはマティアスにもケイスにも手が出せない領域だ。考え至ったケイスは「そうなりませんように」と密かに祈った。

 ヴァルトルーデの細い指がティーカップをつまむ。


「もしここを離れる事になっても、さすがに国境は越えないと思うわ。越えられないと言った方が正しいかしら。」

 王都くらいは全然出て行く気のようだ。

 そんなのほほんとした顔で仰る事ではないとケイスは思った。こんな美人が一人で出歩いたら、即座に保護されるか監禁されるか売られるかである。

 美貌の度合いで言えばマティアスも似たようなものだが、こちらは魔法の助力もなしにケイスを打ち負かすような男なので、例外とする。


「少なくとも俺が君を追い出す事はないが…」

 背もたれに身を預け、例外男は余裕たっぷりに口角を上げた。

 こくりと紅茶を飲んだヴァルトルーデが瞬く。


「君がどうやって城に入ったか知っている身としては、国境を越えられないという言葉はあまり信用ならないな。」

「……あのような無茶はあれきりだと、思っております。」

「ああ、ぜひそうしてくれ。」

 ケイスはちらちらと二人の顔を交互に見やった。

 クロイツェル王国第二王女、ヴァルトルーデ・アンネリーエ・クロイツェル。アーレンツの城へ向かう道中で影武者に成り代わられたという彼女は、一体どうやって逃げ延び、どのようにして他国の王城に侵入したのか。


 ――マティアス様が信用に足る人物か否か、何かしら観察はしていたはずだ。隠密系の固有魔法をお持ちなのは間違いないだろうな。


 ケイスは己の固有魔法を極秘扱いにまではしていないため、見聞により一部の者は知っている。

 金属の形状を変化させる魔法。接触や範囲など条件付きではあるものの、戦闘において攻守ともに優れた魔法だ。そういう場合は隠さず、ある程度知られていた方が牽制になる。


 しかし生まれついての王族が自身の固有魔法を明かす事はまずない。

 それは何かあった時のために手札を温存しているのであり、腹心の部下であろうと「教えてください」とは言えないものである。

 どんなに気になっていたとしても、聞くのは傲慢な愚か者がする事だ。


「クロイツェルにはヒルベルトが使いを出している。まだ時間はかかるだろうが、父君が来た時にはどうしたい?俺が居て良いか、一対一か……もし会いたくないのであれば、それも尊重する。」

「…できれば、マティアス様がいてくださると心強いです。」

「わかった。俺も行こう」

「ありがとうございます。」

 礼を言うヴァルトルーデの表情に安堵が見えて、ケイスは当然の事だと思った。

 影武者の魔法によって真実を誤認させられていたとはいえ、父娘である以上に王と王女でなければならなかったとはいえ。

 肉親に話を聞いてもらえなかった事実は、たとえ小さくとも彼女の中で傷として残っているだろう。どれだけ、表面上は平気でも。


「父が来たら、こちらに滞在しているクロイツェルの者達を連れ帰ってもらおうと思います。いつまでもお世話になるわけにはいきませんし、私と共に残りたいと申し出る者は少ないでしょう」

「そうだな。少なくとも、症状がひどい者は帰郷した方がいい。それでもなお君に仕えたいと言う者については、君の意思も聞きつつ個別に調整するとしよう」

 ヴァルトルーデは信じてもらえない苦しみを味わったが、反対にクロイツェルの者達は、気付けなかった罪悪感を背負っている。

 しかしどれだけ立派な忠誠心があろうと、ずっとその調子で傍に居られては困ってしまうものだ。隠しきるなり吹っ切れるなりしてもらわねば、ヴァルトルーデも居心地が悪いだろう。


 ――精神系の魔法が絡む事件はこれが厄介だな。互いにとって良い癒しになるものがあれば…


 そこまで考えて、ケイスは最適な存在がいる事に気付いた。

 彼にとっては当然の答えであり、あまりに当たり前で気付くのが遅れたのだ。


「マティアス様。これはほんの思い付きなのですが……ルル様にご助力頂くのはどうでしょうか。」

「ルルに?」

「はい。心の病になった者に対しては、人よりも動物との触れ合いが良好だという話を聞いた事があります。手を触れる場合にはマティアス様と私で注意事項を決め、よく守らせれば、ルル様が咄嗟に引っかいたり噛んだりしてしまうリスクも減らせるかと。」

 つらつらと話しながら、これこそは最上の案なのではないかと自画自賛する。

 愛らしい小さな命が自分を見て、話を聞いてくれる。手ずからナッツを受け取ってくれる。甘えて手に寄ってきてくれる。ケイスと一緒にいたいとばかりポケットに潜り込んできてくれる。


「ハァ…ハァ……ふふふ…!」

 妄想だけでだらしない笑顔を浮かべそうになり、ケイスは必死に耐えたが、どうしても口角はにやりと吊り上がっていた。目は血走り額から汗が滲み、不審者の顔つきである。

 ヴァルトルーデが青ざめてぷるぷる震えているように見え、ケイスはハッとして居住まいを正した。そういえば、彼女はルルを見た事がないのだ。


「説明がなく失礼しました、ヴァルトルーデ様。ルル様がマティアス様に懐いているねずみで、小屋からいなくなってしまった事はご存じかと思います。」

「え、ええ。カルラに指示された騎士が捜していて、もういないだろうとケイスが上手く流してくれたのよね。」

「はい。実はあの後、どこへ行ったかは突き止める事ができたのです。……私は存じ上げませんが。」

 眼鏡を指先で押し上げ、声に若干の恨みを込めて主君を見やる。

 どういうわけか、マティアスはルルの行き先を知っているのにケイスには教えないのである。ルルのために清潔な小屋と新鮮なご飯を常備しているのはケイスなのに。


「ヴァルトルーデ様にもぜひ会って頂きたいものです。ルル様はそれはそれはお可愛らしくて。ねずみと言ってもその辺にいるものとは違い、ハムスターという、西方が生息地の種類なのですが。」

「はむすたー…と言うのね。ええ、機会があれば会ってみたいわね。」

 可愛い生物だと言っているのに、ヴァルトルーデの微笑みはどこか苦笑のようにも見える。ケイスは心の中で「はて」と首を傾げた。


 ――やはり女性は「ねずみ」が駄目なのだろうか。あんなに愛くるちい姿なのに恐怖が勝るとは、不憫なものだ……いや、ヴァルトルーデ様なら案外、実物さえ見て頂けば平気なのではないか?


「ケイス。」

「はい」

「お前がいない時に会わせておくから、気にするな。」

「何でですか???」




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