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【短編小説】穴

作者: 青いひつじ
掲載日:2025/10/05


穴があいた。空に大きな穴が。そいつは突然現れた。ブラックホールのようでもあったし、底の見えないマンホールにも似ていた。近づけば吸い込まれてしまいそうな、黒く、丸い穴だった。

そこから声が聞こえてきたのは、出現から2日後のことだ。


声は唸っていた。雷鳴の轟か、飛行機のエンジン音か、誰かの腹が鳴った音かと辺りを見渡したが、その声はたしかに穴の中から聞こえていた。

少年は不思議に思った。空から声が聞こえたからではない。村の人々が、沈む夕日を眺めるように儚げに穴を見上げていたからだ。


『神の声だ‥‥』と誰かが言った。

『もしやあれは、神様の口なのか‥‥』と、別の誰かが続けた。

その瞬間、人々の目には空の穴が神様の口にしか見えなくなってしまった。そう言われれば口のように見えなくもないと、少年もまた然りであった。


それからしばらくの間、人々は神の声を聞こうと毎日穴の下に集まった。しかしながら、唸り声ひとつ聞こえてくることはなかった。10日が過ぎてもそれは変わらなかった。あまりに何も起こらないので、人々は穴に疑心感を抱き始めた。


また誰かが言った。


『あれは本当に口なのか?俺たちの声を聞いているんじゃないか』


別の誰かが続けた。


『そうか、あれは耳だ。神様の耳なのだ!つまり、神が俺たちの話を聞いているんだ』


『あの穴に話しかければ、神様が願いを叶えてくれるかもしれないわ!』


女の声を皮切りに、人々の願望が堰を切ったように放出された。大概が、村の利益や自身の収入、または家族に関することであった。


『この村をもっと豊かにしてちょうだい!』

『早く部長になれますように!』

『大金が欲しい!宝くじを当ててくれ!!』

『娘が大学合格しますように!』


しかしいつまで待っても願いが叶うことはなかった。それどころか村は日に日に貧しくなり、宝くじは当たるはずもなく、女の娘は大学受験に失敗した。すると人々は穴に不満を吐くようになった。


『近隣の工場は汚染水を垂れ流し、美しかった村の川はここ数年でドブのようになった!国の役人はこの村がどうなってもいいのか!』

『豊かだった村を返せー!』


不満はこれだけではなかった。


『うちの娘はなんてできが悪いの!』

『嫁の料理が不味すぎる!洗濯も掃除もろくにできない!話が違うぞ!』

『夫が不倫相手と別れますように!』

『あの上司、俺が反抗しないからってこき使いやがって!いつかみてろよ!』


国への不服申し立てから配偶者への不満、それから姑、上司、友人の愚痴まで、さまざまな鬱憤がそこに寄せられた。そんなことを神様の耳に入れるのはいかがなものかと思うが、穴に吐き出すことで人々の心は不思議と軽くなったのだった。



それからまたしばらくたった、ある昼下がり。

降ってきた雫に、少年は空を見上げた。雨はどんどんとその勢いを強め、すぐに風をともなう大雨へと変化した。

少年はバス停の待合小屋に駆け込み、雨がおさまるのを待った。天気雨のようだった。雲の隙間からは陽が差し込み、空には透明のカーテンが揺れた。

光で雨が輝き、その光景に違和感をおぼえた少年は指をさした。


『雨‥‥なんだか黄色く光ってませんか』


同じくバス停で雨が止むのを待っていた男が空を仰ぎ目を凝らすと、『本当だ』と小さく呟いた。


『黄金の雨だ‥‥』


村の不可解な一連の現象は、トップニュースとして全国で報道された。新聞の見出しには『神の村』と書かれ、神の穴を一目見ようと全国から大勢の記者と学者が訪れた。彼らは穴を調べ、頭を抱えた。どんなに優秀な学者でも、この不思議な現象を解明することはできなかった。学者たちは次々と解明を断念した。

原因が分からないとなると、いよいよ面白がった人たちの手によって神の仕業だと噂が広げられた。村は神聖化され、黄金の雨を浴びるために観光客が訪れるようになった。




その頃。空の上では宇宙人たちが議論を繰り広げていた。


『やはりよくありませんよ。我々の排出物を地球に垂れ流すなんて。地球外生命体の仕業と知れば、人間たちはすぐに調査を開始するでしょう。そうすれば、我々の存在を調べる上での貴重な情報源になってしまうのですよ』


『なにより、排出物を浴びせるのはさすがの私でも気が引けますな。いくら無臭だとはいえ』


『何を言っている!やっと地球とこちらの世界を繋ぐことに成功し、我々の排出物問題に終止符を打つことができたのだ』


『そうだ!これは奇跡だ。この好機を利用しないほかないだろう。村人たちの不満も解消されて、ウィンウィンではないか』


『ニュースでも取り上げられ、村に訪れる観光客も増えた。最近では古民家を改築してこの村に移住する若者が増加しているらしい。彼らにとって我々は間違いなく神様のような存在なのだよ。申し訳なく思う必要はない』


『そうだそうだ。それじゃあ今日も唸り声を上げてから、神の雨を降らせますか』


宇宙人はマイクを口元に近づけ、『うぅ』と唸ってみせた。それから黄色のボタンを押すと、村に黄金の雨が降り注いだ。

村人は歓喜の声を上げ、宇宙人たちは窓から満足そうに眺めていた。




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