飛び降り論争
『飛び降り自殺ってあるじゃん』
ある日、友人がそんなことを言いだした。
『あれって、2階くらいじゃ無理だよな』
当たり所が悪ければ、自転車から落ちて死ぬこともあるという。
『ちょっと人体の限界について調べてみるか』
放っておくと友人が死ぬ可能性もあるので、俺も協力することにした。
「どうやって調べるんだ?」
『まずは3階からいくか?』
たぶん冗談だろう。笑い飛ばしてやった。
『3階は大丈夫か。少し足が痛いが……次は4階だな』
「…………」
ちょっと病院に連れていく。
…………。
次の日
「落下限界速度(終端速度だっけ?)、というものがある」
地球にいる限り、人は常に重力の影響を受けている。
例えば人が空中に放り出されると、その重力に引っ張られて落ちていくわけだ。
重力の影響を数字にすると9.8m/s²。
毎秒9.8mの加速度で人は地面に向かって加速していく。
だんだん、一秒ごとに9.8mずつ落ちる距離が増えていくのである。
速度が増していくと言ってもいい。
そのままでは永久に加速し続け、光の早さまで達してしまうのではないか?
そう不安になるのも無理はない。だが大丈夫、地球には空気がある。
目に見えない極小の粒子がクッションになって、俺達を助けてくれるのだ。
思いっきり走った時に正面から風を受けるだろう。それと同じだ。(空気摩擦だ)
速度が速ければ速いほど、受ける風は強くなっていく。
その風の力が重力と同じ……つまり9.8m/s²になった時、風と重力の力が釣り合う。
その時、上下の加速度は合計して0となり、それ以上速く落ちることはなくなる。
止まるわけではない。一定の速度で落ち続けている。
が、それ以上速く落ちることはないのだ。
この時の速度が落下限界速度である。
厳密に言うと、その人の体重や、空気の薄さ、風を受ける面積なども考慮する必要があるのだが……そんな詳しいことはわからないので無視する。
ついでに今までのは半信半疑に聞いておけ。俺もうろ覚えだ。
『わかった』
「あと、喋り疲れたから俺はもう喋らない」
『わかった』
俺は今、豪華な病室の個室で友人を見舞っている最中だ。
『で、人の限界速度とやらはどのくらいなんだ?』
知らないし、知っててももう答えない。
そういえば蟻なんかは、どんな高さから落ちても死なないらしい。
軽そうだもんな、あいつ。小さいし。まぁ例によって詳しいことは省略。
『ところで、なんで俺はここにいるんだ?』
「…………」
それは俺の静止を振り切って、4階から落ちて意識を失ったからだ。
ついでに足も折れていたのだが……どうもショックで記憶が飛んだらしい。
『まぁいいや、エロ本買ってきてくれ』
仕方なく、俺は腐女子でもドン引きしそうな際物を買ってきてくれてやった。もちろん、友人の金だ。
『ほう……これは初めて見るな』
友人に悪影響を及ぼしそうだったので、ビリビリに破いて焼却炉に捨てておいた。
かくして、飛び降り論争は幕を閉じたのであった。