飛べない豚論争
突発的な衝動っていうのは本当に怖い
『飛べない豚はただの豚か?』
俺の友達に大層変なやつがいる。
『飛べる豚はただの豚じゃないのか?』
金持ちの考えることは酔狂に近い。
『ただの豚には何もできないってか?』
きっと他の楽しみは総て網羅してしまったんだろう。
『ちょっと豚でも飛ばしてみるか』
その日、300匹の豚が空を舞った。
『見ろ、奴等は今、飛んでいる』
下から見上げた青空には、自動パラシュートによって降下してくる豚の大群。
幻想的な光景だった。
『どう思う?』
「ただ墜ちてるだけだろ」
俺の、その言葉がきっかけだったに違いない。
…………。
次の日。
『ちょっと見てくれ』
友人に連れられて地下に潜った俺はその日、改めて友人の恐ろしさを味わった。
「動物愛護に引っかかるぞ?」
『俺は豚を愛している』
正直、帰りたかった。
目の前には小型ロケットを背負った豚が一匹……否、小型ロケットに一匹の豚が括りつけられているだけか。
『忌憚のない意見を述べてくれ給え』
「どうやって止まるんだ」
…………。
次の日。
『ビデオを回しておけ』
「自分でやれ」
スキー場にきていた。もちろん、貸し切りだ。
『これが録画ボタン?』
「それは電源だな」
俺がビデオを回すことにした。
忘れてはいけない主賓、子豚の『バルディアス閣下』(ついに愛着が沸いたらしい)はご立腹だ。
『閣下の様子は?』
「寒くて震えてる」
豚がスキー板を履かされて、ジャンプ台の頂上に君臨していた。
『やれ』
友人が無線で誰かに指示する。
「…………」
その日、初めて自分の力で豚が飛んだ。
どうやら何者かが閣下を追い立てたらしい。
閣下は自分の足で滑り台を滑走した。
放物線の頂点を過ぎると、パラシュートが遠隔操作で作動する。
『飛んだな』
「いや、滑り落ちるのを助けてもらったんだ」
『成程』
ここまで来たら、俺も妥協はできない。
…………。
三日後。
早く終わらせなければ閣下の身が持たない。
その判断の下、俺が作戦の立案に立ちあうことになった。
最初からこうしていれば良かった。
とにかく、俺が関る以上抜かりはない。今宵、閣下は空を飛ぶ。
「準備は?」
『まもなく』
豚専用の超小型戦闘機。名称は"PiG-01"。(以後PG1とする)
かかった費用に意味はない。
どうせ資金は友人の無限の懐である。
『お乗りください閣下』
利口な豚は自らの意思でそれに乗り込んだ。
操作は手順は以下のとおり。
まず、閣下がPG1に乗り込むと重量認識によってメインコンピューターが起動、閣下を支える補助装置とエンジンを駆動させる。そこから自動で上空に舞い上がるシステムになっていて、30秒後には閣下が自由に……つまり体重移動によって舵をとれるようになっている。
『閣下、出撃』
その日、ただの豚が空を飛んだ。
勢いよく上がったPG1は空中に弧を描き、不規則な蛇行を繰り返す。
そして地面に墜落する遥か手前で、仕込まれていたオプション機能が発動。
閣下は座席シートごと緊急脱出し、一命を取り留めた。
『と、飛んだな!?』
「一応な」
かくして、飛べない豚論争は幕を閉じたのであった。