義弟にとっての日常
凛がどうしてか伊織とジンと並んで学校へ向かっていると、凛に何かと関わってくる取り巻きが道の途中で待っているのが見えた。集団は六人以上の男女で構成されていて、いつもやたらと騒がしい。凛は基本的に来るもの拒まずで好きにさせていたけれど、絶えず周囲を囲まれるのは煩わしかった。しかし、そんな彼らの様子が今日は少し異なる気がする。凛が目を細めると、ジンが伊織の腕をそっと掴んだのが視界の端に映った。
「凛、おはよ」
まだ距離があるのに、取り巻きの中で最も目立ちたがりな男が話しかけてくる。彼は西田とかいうクラスメイトだ。彼は声が大きくて、話は面白いけれど性格に難がある。凛が思った通り、彼は伊織をチラリと見るとわかりやすく顔を顰めた。
「誰」
彼は伊織のことが気に入らないらしい。まあ、そうだろうなと思う。彼らは凛が別の集団に混ざったりするだけで嫌な顔をするのだ。でも、凛が誰といようが、凛の自由だ。凛は伊織をジロジロと見る彼のことが心底気に入らなくて、思わず舌打ちをした。それに気がついたのか、隣の伊織が凛の顔を窺い見たことが気配でわかった。
「誰って、俺の兄貴」
凛がそう言うと、彼らは驚いたような表情を見せた。
「凛、お兄ちゃんいたんだ」
一番派手な女子が話しかけてくる。彼女は確か宮川だった気がする。頷きながら彼らの前へたどり着いたけれど、凛はそのまま伊織を連れて通り過ぎた。
「ちょっと、待ってよ」
彼らは全員で追いかけてきて、歩きながらも凛と伊織を取り囲んだ。ジンは外へ追いやられて迷惑そうな顔をしたけれど、今は凛たちの前を後ろ向きに歩いている。
「お兄さん似てないね」
「血が繋がってないんじゃないの」
「もしかしてあれ?最近苗字が如月になったっていう三年」
「ああ、ちょっと噂になったよね。凛の義理の兄弟なんじゃないかっていう」
やはり、彼らは自分たちが認めた人間以外の全てが気に入らないのだ。それが例え凛の義兄といっても、気にせず攻撃したいらしい。もしかしたら彼らのことだから、本当は凛の弱みを握りたいのかもしれないとすら思った。だから、むしろ見せつけるように凛は伊織の肩を引き寄せた。少し前を歩くジンが「おぉ」と言う。
「だから、何?」
そう言ったのは、凛ではなかった。隣の伊織を見下ろすと、彼は強い意志を感じる瞳で周りを囲む彼らを見回す。
「君たち、本当に凛の友達?」
伊織の言葉に、西田は戸惑いながらもゆっくり頷いだ。すると、「そっか」と言って伊織は表情を緩める。
「もしかしていじめっ子かと思った。凛の友達ならいい子だね」
「……はい」
宮川が困り顔でそう言うと、他の連中も渋々といったように頷く。
「じゃあ、俺は先に行くね」
そう言って凛の腕から抜け出し、伊織はジンの元へと駆け出した。辿り着いた伊織の頭をジンがくしゃくしゃと撫で回す。その姿が見るからに楽しそうで、凛は心から羨ましくなった。
「怒ってないよね」
そう言ったのは、二番目に派手な丸井という女子生徒だった。彼女はどこのクラスかもわからない。
「さあね」
凛がそう言うと、彼らは少し怯んだようだったものの、すぐに西田が凛の肩を抱き寄せた。凛には不快でしかなかったけれど、面倒だから好きにさせておく。
凛の学校生活は、こんな風に一つも楽しくなんかなかった。容姿だけで人から好かれて、凛の近くにいることが権力のように思う卑怯な人間が集まってくる。ただ、そういった人間が集まると言うことは、凛には確かに隙があるのだろう。凛が寂しくて孤独だから、結局は彼らを無視できないのだ。だから凛は考える。もしかして、凛にとって唯一の誰かがいれば、それも変わるのだろうか。
「そろそろ恋人でも作ろうかな」
凛がポツリと口に出すと、一瞬場が静まり、それからすぐに女子たちが「えぇ!」と声を上げた。その瞬間、凛はやはりまだそういうのは面倒だなと思うのだった。