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青い恋と守り神  作者: 月丘きずな
第一章
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義弟の日常

 伊織の高校生活は、特別楽しくもつまらなくもなく、いたって普通だ。それは伊織が平凡な男子高校生だからだろう。今日も普通に午前の授業を受けて、昼休みをジンや友達とダラダラと過ごして、そして普通に午後の授業を受けた。ホームルーム前の掃除の時間になるといつも通りゴミ捨てを引き受け、ゆっくりと収集場所まで運ぶ。伊織はこの仕事が苦ではなかった。周りには見えていないけれど、ジンが一緒にゴミ袋を持ってくれているから多少は軽いのだ。それに、ジンと気兼ねなく話すこともできる。

「今日もさっさとバイトに行こう」

「伊織、本当にあの喫茶店が好きだね」

 伊織は高校一年から母親の弟が経営する喫茶店でアルバイトをしていた。親からは新聞配達のアルバイトを辞めたタイミングで同時に辞めるように言われていたけれど、伊織はそれを頑なにしなかった。自由になるお金も欲しかったし、あの店は家よりもずっと居心地が良くて良い息抜きになるのだ。それに穏やかな店主や常連客のことも非常に好ましく思っていた。

「みんな優しいし、楽しくてお金も稼げるなんて最高だもん」

「結構ドジしてるけど」

「それは内緒だよ」

 内緒ってなんだよと笑ったジンが、しばらくして不意に足を止めた。何事かとつられて足を止めてジンを振り返ると、ジンはどこか遠くを見ている。

「ジン?」

「伊織、あれって凛くんじゃない?」

 ジンの視線を辿ると、その先にいるのは体育倉庫の影に隠れるように立つ凛の姿だった。

「本当だ、あんなところで何してるんだろうね」

 伊織が疑問を口にすると、ジンは呆れたように溜息をついた。

「伊織って本当に鈍いな」

「え?」

「きっと告白に呼び出されたんだよ」

「またあ?」

 伊織は親同士の再婚の話が出るまで、凛のことを知らなかった。伊織の世界はほとんどジンだけで成り立っていたから、校内の噂話など興味を持つこともなかったのだ。ところが進級とともに凛と同じ如月姓になってから、凛がどれほど校内で有名人だったのかを知ることになった。クラスメイトのみならず、話したこともない教師にも凛との関係性を尋ねられた。しかも、彼の噂は校内どころか近隣校にまで轟いているというのだから驚きだ。注目されている理由は、煌めく美貌、どんなことも華麗にこなす器用さ、そして多くを語らない性格。つまり全部らしい。とにかく校内外の女子生徒からはもちろん、彼に憧れる男子生徒までいるらしいのだから、きっと彼には特別なカリスマ性があるのだろう。周囲にはいつでも取り巻きのような存在がいて、伊織のような平凡な生徒からするとかなり近寄りがたい印象があった。

 伊織とジンがゴミ収集場所へ向けて再び歩き始めると、見える角度が変わり、凛の前に小さな影があることがわかった。

「ほら、やっぱり女の子と一緒だ」

「本当だ」

 なんだかジロジロと見ているのは悪い気がして目を逸らそうとしたその時、凛の横をすり抜けるように女の子が走って校舎の方へ去っていってしまう。あの俯き気味の様子では、きっと彼女が望んだ結果にはならなかったのだろう。伊織は告白だなんて一大事とはほとんど無縁だった。でも、する側にとってもされる側にとっても非常に神経を使うイベントであることはわかる気がする。断られた彼女は可哀想だけれど、無数の人間に好意を向けられる凛の立場もなかなか苦労があるだろう。

「凛も大変だ」

 伊織が何気なくぽそっと呟くと、ジンがクスッと吹き出した。

「ウブな伊織くんにも、凛くんの大変さがわかるんだ」

 少し揶揄いを含んだその様子に、伊織は負けじと胸を張ってみせる。

「当たり前!俺だって、告白されたことくらいあるし」

「ふーん。俺が知らないってことは、幼稚園の時かな?」

「え、ジンって本当、……すごい推理力だな」

 伊織が感心して思わずジンの横顔を見つめると、ジンは苦笑しながら伊織へ視線を向けてきた。

「推理力なんていらないでしょ。ずっと一緒にいるんだから」

「確かに、それもそうか」

 収集場所にゴミ袋を置いて校舎に戻ろうとすると、体育倉庫裏から出てきた凛とはたと目があってしまった。相変わらず美しい容姿は、無表情のせいもあってか氷のように冷たく見える。無視するのも不自然な気がして、伊織は片手を軽く上げてみた。同時に一応ニコッと笑ってみる。しかし凛はいつものように険しい表情で伊織を一瞥してから、黙って校舎へ向かって行ってしまった。何か気分を害するようなことをしただろうか。伊織は行き場のなくなった手を下げつつジンを振り返った。

「無視されちゃったかな」

「うーん、学校ではそっとしておこうか」

「そうだね。早く仲良くなれたらいいんだけど」

「仲良くなりたいの?」

「一応俺が年上だし、何かできることがあれば助けてあげたいじゃん」

 伊織がそう伝えると、ジンはやれやれと肩をすくめた。でも、それが伊織の本心なのだ。ジンに助けられてばかりの伊織は、自分自身も誰かの役に立ちたいとずっと考えていた。ただ、頼りない伊織が誰かを助けるだなんて烏滸がましいのかもしれないとも思う。

 黙って少し歩いたところで、ジンが唐突に伊織の肩を抱いてきた。伊織が振り向くと小さく微笑んで、「伊織らしいね」と優しく囁いてくれた。

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