確かな気持ち
ジンと眠るのは、しばらくぶりのような気がする。珍しく伊織よりも先に目を瞑ったジンを眺めながら、伊織はこの二日間を思い出した。実際は一晩しか離れていなかったけれど、永遠のように長く感じた時間だった。でも、ジンと離れて再会したからこそ、伊織にはわかった。伊織はジンのことが特別に好きだ。きっと、この世の誰よりも特別に好きなのだと思う。ただ、ジンとは一生かけても恋愛はしないのだろう。それは、伊織にも、そしてジンにも、その気がまるでないからだ。ジンのことはジンとして、特別に大好きだった。
そんな伊織に、もう一人、特別ができた。最初は生意気な義弟だったけれど、案外単純で、無垢で、優しい。そして、いつも伊織を心配して思いやってくれる優しい彼のことが、伊織はいつの間にか大好きになっていた。凛が望むならキスくらいいくらでもしてやれる。伊織はしたいのかわからないけれど純粋にそう思ったから、多分これは恋なのだと思う。そして色々わからないなりに、それが伊織なりの愛だった。
伊織はジンを起こさないようにモゾモゾとベッドから這い出た。やっと気持ちの整理がついた今、この気持ちを凛に知らせたかった。正直、病院で伝えた気持ちは若干中途半端だった気がするから、確固たる気持ちを今すぐに伝えたくて堪らない。
床へ足をつけてしっかりと立ち上がると、伊織は扉へ急いだ。カチャリという音を最小限に留める努力をして廊下へ出る。そしてすぐ隣の凛の部屋へノックもせずに突入した。ベッドに横になっていた凛が扉が開く音にピクリと反応して、上体を起こした。そしてゆっくりと伊織を振り返る。伊織は静かに扉を閉じると、より暗くなった室内を小走りで凛に近づいた。
「……伊織くん?」
「凛」
その勢いのまま凛に飛びつく。
「うわ!」
驚く凛をそのままに、伊織は首元にぎゅっとしがみついた。
「ごめんな」
「え、なに?」
そのまま、戸惑う凛の左の頬に、思い切りキスをした。
伊織が首に腕を回したままゆっくりと離れると、凛はすっかり固まってどこか宙を見ている。
「凛?」
伊織が顔を覗き込むとやっと視線が交わった。
「……伊織くん」
「うん」
「今の、なに」
「俺は、凛のことが大好きだって気がついたんだ」
「……うん、それはだって」
「病院で俺が言ったことは話半分で覚えておいて」
「え?」
「さっきちゃんと自分の気持ちがわかったんだ」
「……」
「だから一番に伝えにきた」
伊織がそう言うと、凛は数秒間ぼんやりした後、目をカッと見開いて眉間に皺を寄せた。
「待って、病院での話は嘘だったってこと」
「あれも嘘じゃないけど、はっきり言って少し戯言って感じ」
「信じられない!俺、すごく嬉しかったのに」
凛はそう言いながら伊織の両頬を摘んで思い切り引っ張った。それがあまりにも痛くて、伊織は凛の肩を両手で必死に叩く。すると凛は手の力をすぐに弱めて、顰め面のままフニフニと伊織の頬を弄んだ。
「凛、怒ったの?」
「……」
「せっかく凛のことが大好きだってわかったのに」
一体何が凛を怒らせたのかがわからなくて、伊織は落ち込んでしまう。精一杯の気持ちを伝えにきたのに、何がいけなかったのだろう。
「……もうっ!わかったって」
凛の声に凛を見上げると、凛は顰め面のまま伊織の頬を両手で優しく包み込んだ。
「伊織くんのことが好きだから、許す」
「本当?」
「でも」
「でも?」
「初めてのキスは俺からが良かった」
凛はそう言うと、伊織の額にそっと口付けた。するのは割と簡単だと思ったのに、こうやってされるのは恥ずかしくておかしくなりそうだ。口付けは眉、瞼、鼻先と段々に降りてくる。いよいよ口に辿り着きそうになって、伊織は慌てて凛の口を両手で塞いだ。見上げると、凛は眉を寄せて不服そうな表情を浮かべている。
「俺、熱ある。もし風邪だったら感染るから、今日はだめ」
伊織が両手を口から外すと、凛は口をへの字に曲げて不満を露わにした。だからせめてと思って、伊織は凛の右頬にも思い切り唇をくっつけた。
「おやすみ!」
伊織がベッドから飛び降りると、後ろから「え、ちょっと」と聞こえたけれど構っていられない。すでに恥ずかしさが限界なのだ。伊織は入り口まで走って、扉をガチャリと開けて廊下に出ると、顔だけ出して凛に「またね」と言った。それから扉を確かに閉めると、隣にある自室へ静かに忍び込んだ。ベッドに近づくと、ジンは先ほどのまま眠っている。起こさないように静かに布団へ潜り込んで、それからジンに擦り寄った。いつも通り、お日様の匂いが心地よい。
「……伊織」
ハッと顔をあげると、ジンが薄く開けた目で伊織を見ている。
「ジン、俺は頑張った」
「……よく頑張ったよ」
「うん。ジンのおかげ」
きっと寝ぼけているジンには伝わらないかもしれないけれど、伊織は心からの気持ちを言葉にした。するとジンは伊織の背に手を回してそっと引き寄せてくる。
「……俺は伊織を守り続けるからね」
「うん」
「それが、俺の幸せだから」
「うん、ありがとう」
伊織が頷いたところまで見て、ジンはスッと目を瞑ってしまった。寝言にしてははっきりしていたけれど、朝になったら多分覚えていないのだろう。伊織はジンの胸元へ身を寄せて、それからきゅっと目を瞑った。温かくて、それが優しくて、ひたすらに安心する。伊織はそのまま目を閉じて眠りについたから、ジンが薄く目を開けて微笑んだことには全く気が付かなかったのだった。




