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青い恋と守り神  作者: 月丘きずな
第三章
18/28

春川くん

 昼休みになると、伊織は一人でこっそりと屋上へやってきた。屋上は本来立ち入り禁止だけれど、昔悪い先輩の一人に鍵の開け方を教わったことがあったのだ。あの先輩は今頃どうしているだろうか。校則は守らないけれど、伊織には特別優しかったから大好きだった。カチャリと音が鳴って鍵が開く。ドアノブを回すとギイッと錆びついた音がした。その音にビクつきながら屋上へ出ると、まず最初に湿った空気と太陽の匂いを感じた。梅雨真っ盛りなのに今日は特別晴れている。伊織の声も天にまで聞こえてくれるだろうかと真剣に思った。

 思った通り誰もいない屋上は気持ちが良い。ジンのいない生活は慣れなくて、他人の目がいつも以上に気になって、何をするにも恐ろしかった。だから、誰もいなくて天に近いこの場所が、伊織にとっては特別心地良いのかもしれない。

 伊織は給水塔を背もたれに、コンクリートへ座り込んだ。それから持ってきた弁当を広げ、天を見上げる。

「ジン!お昼休みだよ!お弁当ちゃんと食べるよ!」

 もしかしたら伊織の様子を天から見ているかもしれない。ちゃんと食べるから、安心してやりたいことを全うして、そして早く帰ってきてくれ。そう気持ちを込めて叫んだ。

 弁当の中で、最初は黄色い卵焼きを選んだ。ジンがいつだか勝手に食べた卵焼きを見るだけで、胸がキュッと悲しくなる。不良なんて街に溢れていて良いから、早く帰って来てほしいのが本音だ。

 悲しいままにモソモソと弁当を食べていたら、屋上の扉がギイッと開く音が聞こえてきた。もしかして、凛だろうかと、少し期待して振り向く。扉の前には、今朝友達になった春川が立っていた。俯き気味に猫背で、いかにも不安そうな様子だ。

「伊織、先輩」

「あれ、こんなところでどうかした」

 伊織が左手を振ると、春川は戸惑いがちに歩み寄ってくる。真面目そうな生徒なのに、校則違反をして平気なのだろうか。心配になって近づいてくる春川を見上げていたら、彼は伊織から少し距離を置いて立ち止まった。長い前髪と大きなメガネで表情はよく伺えないものの、手には弁当と思われる藍色の包みを持っている。

「春川くん?」

「あの、隣、良いですか」

「うん、どうぞ」

 伊織が左手で地面をポンポンと叩くと、春川は更にぎこちなく近づいてきて、そっと隣に座り込んだ。

「春川くん、校則違反して大丈夫?ここ、屋上だけど」

「あ、えっと、はい」

 春川は戸惑いがちに頷いて、それから「先輩と一緒なら」と言った。

「まあ、いいか。バレたら一緒に怒られようか」

 伊織がニコリと笑って見せると、彼は少し赤くなりながらこくりと頷いた。

 どうやら春川は伊織の後をつけて屋上までやってきたらしい。「お昼くらい、誘ってくれらたら一緒に食べるのに」と言ったら、「誘うだなんて、そんなの緊張します」と更に顔を赤くした。

「そんなに緊張しなくてもいいのに。だって俺だよ」

「伊織先輩だから緊張するんです」

「ふはは!変なの」

 伊織が笑うと、春川は嬉しそうにふわりと口角を上げた。それからお互い弁当に向き合うと、少しだけ気まずい沈黙が訪れる。慣れない人間との二人きりはどうも落ち着かなくて、何か話題はないだろうかと考え続けた。ふと、彼の弁当が目に入った。彼が広げた弁当は色とりどりのおかずが敷き詰められていて、いかにも美味しそうだ。

「お弁当、美味しそうだね」

「はい。母が作ってくれて」

「そうか。良いね」

「伊織先輩のお弁当も美味しそうです」

「でしょ。毎日最高に美味しいんだ」

「良いですね」

「最近では凛も料理を始めようとしてるみたいでさ、今度何か作ってもらおうと思ってるんだ」

 共通の話題として凛の名前を出してみると、春川は明らかにしょんぼりと俯いた。もしかして、伊織が知らないだけで、凛と何かあったのだろうか。心配になって「春川くん」と声をかけると、彼はハッとしたように顔をあげた。

「如月くんは、優しくて、かっこいいですよね」

「そうそう。すごく良い子で、可愛いところもあるんだよ」

「僕じゃあ、やっぱり勝てないのかな」

 何か凛と戦っているのだろうか。不思議に思ってその顔を覗き込むと、彼は伊織の視線から逃げるように体をすくませて「なんでもないです」と言った。

 その時ビュウッと強い風が吹いて、伊織は弁当を庇いながら目を瞑る。湿った風は明らかに夏の匂いがする。風が完全に通り過ぎたところで目を開けると、目の前にいる春川も目を瞑っていた。長い前髪が煽られて、メガネの向こうの目がよく見える。ゆっくりと瞼を開けた彼は伊織とパチリと目が合うと、慌てたように前髪を直した。

「前髪長いの、好きなの」

「え、いや、なんか恥ずかしくて」

「そうなんだ」

「やっぱり、変でしたよね」

「何が」

「前髪上がって」

「いや、全然。むしろ、綺麗な目だね」

 本当にそう思ったからそう言っただけだった。切れ長な目を持つジンとも、アーモンド型の瞳の凛とも異なり、どちらかといえばパチリと大きな目だった。でも、もしかしたらちょっと気持ち悪かっただろうか。綺麗だなんて、男の子はあまり言われて嬉しくないかもしれない。女の子ならまだしも、と思ってから、女の子にこんなことを言う未来は伊織にも来るのだろうかと悩ましく思った。

「い、伊織先輩」

 名前を呼ばれたことで、思考をどこかにやっていたことに気がついたり目の前の春川は顔を最高潮に真っ赤にして、前髪と眼鏡の奥から伊織を見つめているようだ。

「僕、伊織先輩のことが大好きで」

「うん、それはありがとう」

「伊織先輩の、理想になりたいというか」

「理想?」

 伊織は思わず首を傾げた。目の前の彼は何を言っているのだろうか。

「伊織先輩は、どんな子が好きですか」

 好きな子か、と考える。一番に思い浮かんだのは、もちろんジンだ。伊織はジンのことが大好きで、今だってすごく会いたくて堪らない。人間界に戻る過程で大好きな雀を追いかけたりして、万が一伊織の元に戻るのが遅くなったら許さないくらいだ。

「どんな子って言ったら。……大人っぽくて、冷静で、優しくて、それで綺麗な感じの子、かな」

 ジンみたいな女の子がタイプかもしれない。そう思って、いや、ちょっと違うかもしれないなと思った。別に、女の子だとか男だとか関係なく、ジンだから好きなのだ。それだと質問の答えにならないかもしれないと、伊織はもう一度頭を捻る。すると春川がごくりと喉を鳴らしたことがわかった。

「そ、それは、如月凛くんのことですか」

「え?」

 思わず聞き返して、それから考える。確かに凛は、大人っぽいし、冷静だし、優しいし、綺麗かもしれない。伊織にとっては凛もジンのように特別な存在だった。出会って日は浅いけれど、彼を知りたいし、守りたいとも思う。困ったことなんて起きないで、いつでも健やかにいてほしい人だ。それは、義理とはいえ弟なのだから当然だろう。

「確かに、凛もだね」

 伊織がそう答えると、春川は驚いたように口を開けた。どうしたのかと様子を見ていると、口をむぐっと噤んで、それから心底困ったようにこう言った。

「如月くんも、ってことは、他にもいるんですか」

「まあね。そうだな、幼馴染で、家族で、それ以上の人」

 伊織がジンを思い浮かべながらそう言うと、春川は口をモゴモゴと動かした後、何かを決意したように一つ頷いた。

「伊織先輩」

「うん」

「僕、伊織先輩の恋人になりたいです」

「えぇ!?」

 伊織は思わず叫んだ。何が起こったのかわからなくて、信じられなくて、自分のことをピッと指差してみる。

「それは、俺と付き合いたいって、こと」

「はい。絶対に付き合いたいです」

 絶句とは、こういうことを言うのだろう。伊織は何も言えず、思わず天を見上げた。今の、ジンは見ていただろうか。こういう時、どうしたら良いのだろう。昨日初めて関わった男の子に告白されるだなんて、どう言葉を返したら良いのかわからない。幼稚園ぶりの戸惑いに、伊織は天を仰ぎながら心の中で彼の名前を呼んだのだった。

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