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青い恋と守り神  作者: 月丘きずな
第三章
16/28

義弟のライバル

 凛は怒っていた。凛は今日、初めて一人で買い物に行って、珍しく心がウキウキワクワクしていた。ところが、訪れた先のスーパーで、伊織とクラスメイトの春川に遭遇したのだ。二人は何故だか手を繋いでいて、凛はそれがすごく嫌で堪らなかった。この前買ったばかりの料理本を使ってせっかく伊織を驚かせようと思ったのに、そんな気分ではなくなってしまった。そして二人が手を繋いでいた理由がまた凛を怒らせた。それについては、伊織の隣に座るジンもすごく怒っている。

 リビングでいつもの配置で座って、伊織は横にいるジンを伺い見た後、正面に座る凛のことも上目遣いに見てきた。その顔がやたらと可愛くて許してしまいたくなる。でも今日はそういうわけにはいかないのだ。先ほどまで晴れていた窓の外は厚い雲で覆われていて、遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。

「伊織」

「はい」

「俺がこの前言ったこと、覚えてるね」

「……うん」

「なんて言ったっけ」

「ジンがいない時に、危険なことはしないでって」

「そうだよ」

 どうやらこの前というのは凛を救ってくれた時のことのようだった。そうなると、凛は少し肩身が狭くなる。最初に伊織を危険な目に遭わせたのは凛であるようなものだ。

「ほら、凛くんも責任感じてるって」

「え、そうなの」

 凛がなんとも言えない気持ちでゆっくりと頷くと、伊織は眉尻を下げて「ごめん」と言った。

「俺の言ったことを守らなかった理由は」

「……え?」

「何か理由があるんでしょ」

 ジンが問い詰めると、伊織は目を彷徨わせて、もう一度凛のことを見た。

「実は俺」

「うん」

「……俺、春川くんのこと」

 そこで伊織は顔を伏せた。凛は、まさかと思った。これはなんと、凛が告白を受ける時によく聞くセリフだ。もしかして、伊織は春川のことが好きなのだろうか。手を強く繋いでいたようだったし、まさかと思った。真実を知るのが怖くて、俯き、ぎゅっと目を瞑る。もし伊織が春川のことを好きなのだとしたら、凛は失恋してしまうのだろうか。そう思った次の瞬間には、そんなの凛が許さないと強く思っていた。その決意と同時に伊織の声が聞こえる。

「俺、春川くんのこと、凛かと思ったんだよね」

 その言葉に、凛はパッと顔を上げた。失恋の可能性について考えていて、よく聞いていなかったことが悔やまれる。聞き間違いでなければ、伊織は春川を凛だと思いこんで救おうとしたのだと言ったのではないだろうか。つまり凛なりに解釈すると、伊織は危険を冒してまで凛を助けようたしてくれたのだ。心が激しく湧き立つ。そんな凛に反して、ジンは小さく「なるほどね」と言って溜息をついた。

「凛なら絶対に助けなくちゃだろ。義弟なんだから」

 少し許されそうな雰囲気を察したのか、伊織は饒舌になったけれど、ジンは険しい顔のまま伊織を見据えた。

「いや、伊織は凛くんじゃないと分かっても結局助けたと思うよ」

「そんなこと……」

「俺が言うんだから間違いないよ。伊織は誰でも助ける。だからね」

 そう言うと、ジンは自分の考えに自信を持つように一つ頷きながらこう言った。

「だから、街の不良を駆逐しよう」

「……それって許されるの」

 不安そうな伊織に対して、凛はジンの意見に全面的に賛成だった。伊織が一人になる瞬間が今日みたいにあるとしたら、不良がうろついている街だなんて恐ろしい。しかも、彼らは伊織に目をつけているのだ。更生してくれたらどれだけ良いだろうか。

「許されるかどうかは天に聞いて来る」

「天に?」

 伊織は更に不安そうな顔をして、隣に座るジンの右腕を両手で掴んだ。

「それはダメだよ。俺、絶対にもう不良っぽい人には絡まないから」

「でも、俺が許せないから。天に行くのだって、たったの二日程度だよ」

「だってその間、俺一人になっちゃう」

 今にも泣き出しそうな伊織に、凛は衝撃を受けた。分かってはいたけれど、伊織にとって凛はジンに遠く及ばない存在なのだ。彼らは約十年ほどの付き合いになるらしいから、それすぐ越えられるとは思っていない。でも言葉で知らされると非常にショックだった。

 ただ、ここで黙っている凛ではない。

「伊織くん」

 凛が呼びかけると、伊織は混乱のまま凛の方に視線を向けた。大きな目が潤んでいて、どれほどジンと離れたくないのかが明らかだ。可哀想だけれど、二日間だ。凛にとってはこの二日が勝負だ。

「伊織くんには俺がいるよ」

 優しく聞こえるように努めて、それから伊織に向けて手を伸ばした。机の上で優しく手のひらを上に向ける。伊織は戸惑いながらも右手を差し出してくれたから、凛はその手を優しく握ってみせた。

「俺がいるから大丈夫、ね」

 説得するように話しかけると、伊織は納得いかなそうな顔のままちらりとジンを見る。ジンは伊織と目を合わせると、意志の強い目で一つ頷いた。伊織はその姿を見てから、渋々といったように凛を上目遣いに見てこくりと頷いてくれた。

 翌朝になって、ジンは伊織に手を振りながら天に昇って行った。ジンの発案は天界では正式な手続きが必要な事案らしく、帰りは明後日頃になるらしい。「ジン、絶対に帰ってきてね」「もちろんだよ。伊織から本当に離れるわけないよ」「待ってるからね」だなんて、別れ際の会話はまるで恋人同士のようで、凛は横で聞きながら朝からうんざりしてしまった。

 ジンと離れて落ち込んだ様子の伊織と一緒に、通学路をゆっくり歩く。今日の空はこんなに青いのに、伊織からはトボトボと効果音が聞こえてきそうだ。

「伊織くん」

「……ん」

「伊織くんは、ジンのことがそんなに好きなんだ」

 そう言いながら、凛の心は少し痛む。わかりきっていることだけれど、言葉にするとそれを正面から突きつけられるようだ。そんな凛に気づかず、伊織はこくりと頷いだ。

「俺のことは、どう」

 凛の言葉に伊織はハッとしたように凛を見上げて、真剣な顔で「もちろん」と言った。

「凛のこともすごく好きだよ」

 その言葉に、凛の心は一気に温かくなる。まだ凛が求めている種類の好きではないにしろ、確かに伊織は凛のことが好きなのだ。そう思うとジンのように天まで昇ってしまいそうな気分になった。

「じゃあさ、俺が一緒にいるからね」

 突然すぎるかなと思いながらもそう言ってみる。伊織は少しぽかんと口を開けた後、太陽のような笑顔を見せた。ああ、可愛い。やっと笑顔が見られたことに、凛は心から感謝する。彼の笑顔が、元気な姿が、凛の活力の源なのだ。

「凛は、ちょっと変わってるな」

「なんで」

「そんなことをこの俺に言ってくれるんて、ちょっと変だよ」

 彼はきっと、自分の魅力にいつまでも気づかないのだろう。優しくて、可愛くて、頼りないのに頼もしくて、誰よりも勇敢。それから健気で元気。思いつく限りの言葉を並べるとそんなところだろうか。でも、そんな既存の言葉では、彼の溢れる魅力は語りきれない気がする。すっかり上機嫌になった彼を見守りながら彼の歩幅に合わせて歩くのは、こんなにも幸せだ。

 凛も機嫌よく歩いていたら、校門の前に立つ春川の姿を見つけた。昨日は混乱のうちに別れてしまったために、春川はその後どうしたのか気になってはいたのだ。

「あ、昨日の。春川くん」

 伊織も春川のことを見つけたらしく、校門まで歩きながらニコニコしている。

「お、はよう、ございます」

 春川は校門前までたどり着いた凛に頭を下げて挨拶をしたと思ったら、伊織にも頭を下げてみせた。伊織はつられたように会釈を返しながら、「おはよう」と足を止めた。

「おはよう。こんなところで、どうかした」

 凛が尋ねると、春川は一瞬動きを止めて、それからぎこちなく凛と伊織をメガネと前髪越しに交互に見た。と思ったら今度は俯き、小さな声で何か呟く。その様子に「なに」と凛が聞くと、もう一度モゴモゴと口を動かして、それから思い切ったように顔を上げた。

「如月くん、の、お兄さん」

「う、うん」

 伊織が春川の顔を覗き込むと、彼は途端に動きを止めて赤面する。凛は嫌な予感がして、思わず二人の間に割って入った。

「春川くん、俺の兄貴に何か用」

 俺の、の部分に力を入れてそう聞くと、春川は赤面したまま何かを呟いた。「なに」ともう一度聞くと、春川はすごい力で凛を押し除けた。驚いている暇もなく春川を振り返ると、彼は伊織の両手をその手でがっしりと包み込んでいる。

「僕、お兄さんのことが忘れられなくて」

「え、俺のことが?」

 伊織が首を傾げると、春川は大きく頷いた。

「すごく、すごく大好きです」

 伊織を見ると、目をまん丸に見開いている。春川はそんな伊織を見つめながら真っ赤な顔で唇を強く引き結び、ぎこちない笑みを浮かべた。

 何が起こっているのだろう。凛は慌てて春川の手を伊織から引き剥がした。珍しく焦りに焦って、呼吸が荒くなる。

「凛?」

 伊織がそんな凛に気がついて、心配そうに顔を覗き込んでくる。伊織の視線を奪えたことに凛は心底安堵したけれど、心を落ち着かせている場合ではない。これは一大事件だ。

「春川くん、兄貴と知り合いだったの」

 凛が尋ねると、春川は俯き気味にモゴモゴとしてから口を開いた。

「……いや、昨日助けてもらったし、だから大好きで」

「俺はただ声をかけただけだから、結局助けてはいないけど」

 伊織が冷静にそう言うと、春川は赤い顔のまま今度は首をブンブンと横に振った。

「お兄さんがいなかったら僕はどうなっていたか。本当に救われたんです」

 春川が伊織をまっすぐに見つめながらそう言うと、伊織は少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに満面の笑みを見せた。

「そう、それならよかった」

 ああ、最悪だと凛は思った。そんな顔で春川を見たら、事態はもっと悪化するに決まっている。チラリと春川を見ると、彼は口をポカリと開けながら伊織を見つめて、それからゆっくりと口角を上げた。

「あの、つまりは、も、もし良ければ」

 春川の言葉に、それだけはダメだと凛は止めようとした。この流れは、絶対に告白に決まっている。ところが、春川に気を取られているうちに、伊織が「そうだね」と言ったのだ。まさか、と凛は伊織を振り返る。彼はとても優しい顔で一つ頷いた。

「そうだ、そうだ。せっかくなら、友達になろう」

 凛は心の中で頭を抱えた。一瞬救われたと思ったけれど、むしろ鈍感すぎて恐ろしい。伊織は満足そうな顔をして、「よろしくね」なんて言っている。対する春川はしばらく口をムニムニとさせて、それからこくりと頷いた。

 伊織に促されるままに校門から校舎へ向けて校庭を歩く。伊織の隣を死守するために凛が真ん中に割り込んで三人並んでいると、背の高さが凸凹だ。春川は伊織よりは大きくて、凛よりは小さい。他人の容姿についてなんてまるで考えたことがなかったけれど、背丈は勝ったなと心の中で呟いた。

 靴箱のところで伊織と別れて、春川と二階にある教室へ向かう。

「春川くん」

「な、なに」

 春川はびくりと体を震わせる。なんだか悪いことをしている気分になってくるけれど、凛はきちんと聞かないといけないのだ。

「俺の兄貴のこと好きなの」

「……うん、ごめん」

「いや、謝ることないけどさ」

 そうだ、謝ることなんて何もない。魅力的な人のことを好きになっただけなのだ。むしろ、凛と好みが似ている仲間かもしれない。だからって彼を認めるつもりは毛頭ないけれど、伊織を好きになるのは人間として当然だと思った。伊織は心が真っ直ぐで純粋で、今現在誰のものでもないことが不思議なくらいなのだ。そう思った瞬間に、脳内に綺麗な守り神の顔が浮かんだ。まあ、彼は例外だろう。確かに伊織を誰よりも近くで守っているけれど、恋心がある訳ではないはずた。信頼しあっている様子には嫉妬するものの、敵ではないと考えている。なぜだか空いている恋人という地位に、凛は絶対に君臨するつもりでいた。

「俺も、伊織くんに助けられたことあるよ」

「……へえ」

「良い人だよ」

「うん、知ってる。それに、とっても優しくて、可愛い」

 凛は絶句した。伊織のことを可愛いだなんて、そんな簡単に言わないで欲しいと思った。確かに伊織は可愛い。造形云々以上に、細かな反応や相槌、行動、その全てが可愛い。その可愛いさで地球が割れそうなくらいには可愛いのだ。凛はとっくに伊織の存在全てがとてつもなく好きだった。隣に並ぶ春川の様子を伺うと、目元は見えないけれど口角を上げている。ああ、彼も気安く言っているわけではないのだなと、なんとなくわかった。だからこそ、絶対に負けるわけにはいかない。

「伊織くんは確かに可愛いよ、とっても。俺もあの人のことが好き」

 凛の言葉に、春川はこくりと頷いた。きっと、義理とはいえ兄弟としての好意だと思っているのだろう。それがわかるから、凛はきちんと伝えるべきだと考えた。

「いつかは、あの人の唯一になる」

「……え?」

「弟で、家族で、恋人」

 そう言いながら隣を歩く春川を静かに見下ろすと、彼は口をポカンと開けて凛のことを見上げているようだ。だから、わからせるように「そういうことなんだ」と言ってみる。すると春川は正面を向いてから強い口調で「そうなんだ」とだけ言った。

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