義兄のピンチと守り神
大きな音と共に、ガラガラッと倉庫の扉が閉まる。「え?」と振り返った時には、伊織の視界は真っ暗になっていた。
「ちょっと!?」
扉の外からは男女の笑い声。「凛に言ったらもっと酷い目に遭わせるからね」「明日には出してあげる」だなんて言葉が聞こえる。慌てて扉の方まで近づく途中で、足元に転がっていた何かに足がひっかかった。
「うわ!」
躓いたと分かった時には、顔と手足に痛みが襲っていた。なんとか起き上がりながらもパニックになった。暗闇と閉所は昔から苦手だ。呼吸が浅くなって苦しい。怖くて堪らなくて、ぎゅっと目を瞑る。その瞬間、ふわりとお日様の香りに包まれた。ジン特有の温かさが伊織を後ろから抱きしめてくれているのだと分かって、次第に気分が落ち着いてくる。
「伊織は暗いところが苦手だからね」
そう言ってジンが右掌から光を生み出した。
「太陽からお裾分けしてもらってきた」
「わぁ、すごい」
「でも俺が太陽に挨拶しているうちに怪我しちゃったね。可哀想に」
ジンは光を灯しながら、伊織を倉庫内の古いベンチに座らせてくれた。それから伊織の前にしゃがんで丁寧に怪我の具合を見てくれる。左目の下と、両手、それから両膝を地面に打ちつけてしまったようだ。
「全部血も出てるし、しばらくあざになるかも」
ジンが伊織の顔に手を翳すと、目の下の痛みが随分と和らいだ気がした。それから手と膝の痛みも順に取ってくれる。彼は魔法使いではないから怪我や病気は治せないけれど、神の力で少しは状況を改善してくれるのだ。幼い時にはよくこの力の世話になったものだ。
「ありがとう」
「いいえ、ちょっと座ってな」
ジンはよいしょと立ち上がると扉に近づいた。それから引き戸になっている扉を開けようとしたようだけれど、扉はびくとも動かない。
「開かないの?」
伊織がそう聞くと、ジンは顎に手を当てて何やら考える素振りをみせた。
「どうする?俺が外から開けようか」
「え、そしたら俺はその間一人?」
思わずまで顔を引き攣らせて尋ねる。子供みたいだけれど、こんなところで一人きりになるだなんて勘弁だ。
「嫌なら、もうちょっとここにいよう。どうせ伊織の出番は終わったからね」
柔らかい表情でそう言ったジンに、安堵の息をついた。少し落ち着くと、こうなった経緯を順に思い出す。あの大柄な男はどうしてこんなことをしたのだろう。
「西田くんだっけ?凛があまり仲良くないって言ってた意味がよくわかった」
「そうだね」
ジンは伊織に同意すると、伊織の隣に座って長い足を組んだ。
伊織とジンがこんな所に閉じ込められた理由。それは校舎裏の敷地の隅にある倉庫に凛が忘れ物をしたらしいと、凛の友人から聞いたからだった。彼は西田と名乗っていて、確かに伊織にも見覚えがあった。
(倉庫の奥に忘れ物?)
ジンが明らかに訝しげな顔をしたのも覚えている。でも断る理由もなかったために、仕方なく忘れ物を探しに行く事にしたのだ。途中で西田は忙しいからとどこかへ行ってしまって、ジンと二人で伊織は倉庫までやって来た。賑わう校庭と体育館付近とは異なる静かな空気は少し不気味にすら思えた。重い扉を開けて倉庫の中へ入った瞬間、驚くほどあっという間に閉じ込められてしまったのだった。
せっかく楽しくて良い気分だったのに、台無しだ。伊織は凛の試合に大いに感動していた。大活躍をしただけでなく、仲間への配慮も忘れず、運動ができる人の鑑のような振る舞いだった。出会ってからついこの前まで、凛のことはいつも睨んでくる生意気な年下だと思っていた。それなのに、今になってみたら案外おしゃべりで、可愛いところもあって単純で、何より優しいのだとわかる。そんな彼の友人にこんな風に閉じ込められてしまったことは、怖いし、悔しいし、何より悲しかった。
「なんでこんなことするんだろ」
「伊織と凛くんを仲違いさせたいんだね」
「どうして?」
「みんな、凛くんのことが好きなんじゃない」
そんなものだろうか。好きならその人の家族も大切にしようと思うはずだけれど、やっぱり義理だと思ったら違うのだろうか。
「まあ、無理に理解しようとしなくて大丈夫だと思うよ」
「なんで」
「人の気持ちなんて、その人になってみないと完璧にはわからないんだから」
「それは、確かに」
彼らも何かしら抱えているのかもしれない。だからってこんな事をして良いという事にはならないけれど、きっと彼らはまだ未熟なのだろう。ただ一番に思うのは、今後凛には絶対に関わらないでほしいということだ。もしかしたら彼らは伊織が凛から離れることを期待しているのかもしれない。でも凛を守るためにも、絶対に彼らの思惑通りになってたまるかと強く思った。
「凛もなかなか大変なんだな」
「そうそう、伊織にはわからないかもしれないけどね、モテるってのも大変なんだよ」
「それ、なんかまるで俺がモテないみたいな言い方じゃない」
「そんなことないよ」
「ふん。俺は、好きな人に好かれていたらそれでいいの」
「たとえば?」
「……ジンとかさ」
他に思い当たらなくてそう言うと、ジンは切れ長の綺麗な目をゆるめて「そうだね」と言った。
“ガタガタガタッ“
突然に大きな音が扉の向こうから響く。思わず伊織はジンに擦り寄った。もしかしたら、西田が本格的に喧嘩をするためにやって来たのかもしれない。あんな大きな男に伊織が勝てるとは到底思えなかった。
「ジン、どうしよう」
伊織がジンに尋ねると、ジンは落ち着いた様子で横から伊織を見つめてきた。
「何があっても俺が守ってあげるから大丈夫」
そう言われただけで、伊織の心はスッと落ち着くのだから不思議だ。
扉の向こうから、何かが取り除かれた気配がする。きっと扉が開かないように置かれていたものを退かしたのだろう。伊織が息を吸い込んでその時を待っていたら、扉が勢いよくガラガラッと開いた。




