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第6話 草の露白し ─後宮─

 翌日、アオは朝早くに起こされた。日が昇る前で、外はまだ薄暗い。


 ユイに手を引かれ、アオは馬のくらの上に座らせられた。そしてその後ろにユイがまたがる。それまでと同じようにアオは鞍の取っ手を強く握りしめた。ユイはアオの様子を確認するなり馬を軽く蹴った。


 そして、ゆるい調子で歩き出す。


「準備が整いました」

 

 ユイは同じく馬に乗ったところのミコトの側へつけると、簡潔に報告する。


 アオはまだこの人が顔の布を外しているところを見たことがなかった。美人なのにもったいない。しかし彼女が微笑ほほえんだのには気づくことができた。


「調子はどうだ、天子てんしよ」

「……アオ、です」


 アオは言われ慣れないその呼び名に肩をすくめながら、本名を口にした。やはり巫とは寛容で、布の下で笑い飛ばす。


「はは、恥ずかしいか。よい。アオよ、気分はどうだ?」

「ふつう、です。でも昨日のご飯は美味しかったです。あの、コメという食べ物が特に」

「そうか、気に入ったか。後宮では毎日口にできる。楽しみにしておきなさい」

「は、はい」


 一通りの会話を終えると、ユイは馬の手綱たづなを引いてミコトの斜め後ろへと下がらせる。そしてしばらくすると、ミコトが白い骨のようなもので出来た笛のような何かをくわえて、鳥の鳴き声に似た音を鳴らした。

 馬たちは士気しきを上げたように、その場で足踏みさせるとすぐに進みだす。


 この光景は二度目だった。アオは急に走り出した初めての時を思い出して、鞍を握り締めた。そしてその心構えも無為に、アオの身体は後ろのユイにぶつかる。

 けれど申し訳ないとすら言えないほど、馬は無慈悲に速度を上げていった。


 次に口をひらけたのは、豪奢ごうしゃ朱塗しゅぬりの大門を前にしたときだった。


 アオは慣れたと思っていた分、疲れがどっと襲い来た。馬にしがみつくような形で呼吸を整える。馬も人通りの多いところにやって来て、足踏みをするような歩みで前進しはじめた。


 しかしそんな調子でも、その大門は見上げてしまうほど立派だ。

 大門はかんなぎ帰城きじょうをいち早く感知すると、重々しくその扉を開いた。


「……ここが都?」

「そう。目の前に見える、道の突き当りの門から向こうは宮廷きゅうていだよ」


 宮廷。つまり政治を行う外朝がいちょうと巫や女官にょかんの住まいである後宮がある場所だ。


 アオはきょろきょろと首を振って都の様子を見渡した。人の数は今までいたムラの比にならないほどで、あの奉納祭ほうのうさい並みの賑わいを見せている。だが都は祭りでもなんでもない。


 そして行き交う人々は馬の行列をちらちらと見ては、ただ一つ手を合わせてどこかへ行く。巫を前に騒ぎ立てず、静かに礼をする。

 アオはユイが教育がどうなどと言っている理由を理解できた。都にいる人たちは、奉納祭でアオを生贄にした人々と同じ階級であるとはいえ、彼らと育ちが全く違う。ここの人々は庶民でありがながら、正しい作法で食事をするのだろう。


 はしたなく見回すなと、ユイに背中を突かれてアオは正面を向いた。

 門はかなり目の前にまで迫ってきている。馬があと十歩分進めば、そこは宮廷だ。


 しかし馬は左折した。目の前の朱雀すざく門を通り過ぎてしまう。


「後宮は向かって左。門は向こう」


 ユイの視線の先を辿たどると、そこには黒く塗られた門があった。通り過ぎた門より小ぶりだが、これもまた大きい。


 黒い門の前で一度停止すると今度は門番のような人が現れた。分厚いかんぬきが引き抜かれて、分厚いもんが開く。妙な厳重さにアオは身体を縮こまらせた。

 そしてさらに異様なのは、後宮は門二つで街とへだてられているということ。門同士は太鼓たいこばしつながれており、欄干らんかんから身を乗り出せばすぐに深いほりだ。


「……ろうみたい」


 アオのつぶやきはユイの手によってふさがれた。振り返るが、ユイは真顔で馬を蹴る。


「時に言葉とは、正しく的をたものの方が人の反感を買うことがあるってものだよ」

「どういうことですか?」

「『思っても口にするな』」


 ユイは馬を歩かせ太鼓橋を進み切ると、颯爽さっそうと馬から降りた。後ろに続く人や、前を行っていたミコトもまた軽やかに飛び降りる。アオはユイの助けを借りて、何とか地に足をつけた。


「ようこそ、ここが後宮だ」


 ミコトは自慢の宮を背後に、アオへ微笑みかける。


 そこは巫の住まいと言う名にふさわしい、一つの小さな街だった。

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