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第01話 召喚獣、ではない

呼吸、物音、眩しさ、匂い、気配。

それらは “目覚め” を確信する為に必要不可欠な要素だ。


しかし今回ばかりは少々例外で。

オレが目覚めを確信出来た要素は、地面に触れたケツ…もとい、お尻の冷たさ。


「んほ!」


何とも恥ずかしい声を上げて飛び上がる。

咄嗟に立ち上がったは良いが、今度は足の裏が冷やっこい。

そうと感じた理由は、足元が材質不明のピカピカな床である事と、そこに立つオレが薄手の靴下1枚しか着用していない事。


そして何故か、異様に寒い。

ゾクッと体を震わせつつ、周囲に視線を移す。


「おわっ!!」


おったまげた。

普段は決して使わない、そんな言葉を使いたくなった。


オレの背後に、1人の女の子が立っていたのだ。

しかも日本人ではなく、その彫りの深さはどう見ても外国人。 更に言えば、とんでもない美少女。

青っぽい瞳を持ち、鮮やかなブラウンの長い髪は片側で束ね、途中から三つ編みの様にして胸元まで垂らしている。

服装の方も日本人らしからぬ、というか現代人とも思えない、派手な装飾が施された裾の長いワンピース。


色んな意味で見惚れてしまったが、更に驚くべきはその背景。

自分が立っている場所は、体育館程の広さがある薄暗い地下室の様な空間。 

足元に加えて周囲をよく見ると、何本ものローソクが灯されていて、ドス黒い床には白いチョークか何かで書かれた魔法陣的なものが。


「ハ、ハロー」

「!!」


取り敢えず、声を掛けてみた。

すると少女は円らな目を大きく見開き、その身を後ろへ1歩退いてしまった。


――まさか…英語じゃダメ?

そうは思いつつも、頭に浮かぶ英語を片っ端からぶつけてみる事に。


「ハーワーユー! ワ、ワッチュアネーム?」

「…?」

「エ、エクスキューズミー! あー…アイ、ライク、フレンチブルドッグ! …あ、トースト!」

「……」


発音は最悪だと思うが、何も言わないよりはマシな筈。

だが、どれもこれも全く通じている様子が無い。 もはや絶望的だと、諦めかけたその時。


「えっと、初めまして…私の言葉、少しは分かりませんか…?」

「でぇぇぇっ!?」


何という事でしょう。

実に流暢な日本語をお話しになったではありませんか。


「え、君…日本語通じんの!?」

「あ……はい、その言葉なら分かります。 でも、ニホンゴって何ですか?」

「ん? いや…何ですかって言われても…」


一先ずホッとした。

しかし日本語を話す彼女が、日本語という言葉を知らないというのは意味不明である。


ともあれ、言葉が通じると分かった以上、思い付く限りの質問を投げ掛けた。

…と言っても、ここは何処とか、君は誰とか、そんな極々単純な質問しか思い浮かばなかったが。


「えっと…答える前に、1つ聞いてもいいですか?」

「え? あ、どうぞ」

「貴方は召喚獣ですよね?」

「……」


これは一体、何のゲームだろう。

大体からして、どこをどう見たらオレが “獣” に見えるのだろうか。


「あの、違いますか?」

「断言出来るのは…人間って事ですかね」

「え……そ、そんな…」


何やら、ガッカリされてしまった。

もう完全に意味不明なので、早急に質問の返答を要求しておく。


「えっと…ここはアクヴェストです」

「な、何? アスベスト?」

「いえ、アクヴェスト。 この世界の名前です」

「世界…!? 国じゃなくて?」

「はい、詳しく言うと…アクヴェストという世界の、ウェステマ大陸の西、ケルマット王国領土のマロンリースという町で、ここは町外れのテナード魔術学園です」


もはや暗号にしか聞こえなかった。

何を言っているのかさっぱりで、唯一ちゃんと聞き取れたのは最後の言葉ぐらい。


「魔術…学園?」


物凄く空想的ファンタジックな言葉であり、オレが真っ先に着目するのは当然だった。

その問いに対し美少女は、相変わらず流暢な日本語で補足説明を加えてくれた。 しかも、どこか事務的な口調で。




「あー…ん、何となく分かった」


――いや分かんねーよ実際!

聞いた話によると、まず彼女は魔術学園の生徒らしく、名前はイシュベルテ。

この異様に寒い部屋は学園内の地下実習室で、イシュベルテは独自に召喚術なるものを勉強し、単なる好奇心から、教師に内緒で召喚獣を呼び出そうと試みたらしい。


「その結果が、オレって訳?」

「うん。 でも私的には…聖獣っていうのを1度見てみたかっただけで…」


――あれ、敬語じゃなくなった。

待ち侘びた聖獣とやらが只の人間でガッカリし、そろそろ会話に慣れてきたという事は理解した。

だが年齢を聞くと16才らしく、となれば一応オレの方が年上なのだから、最低限の敬意は払ってほしいところ。


しかし何というか、実に傍迷惑な話である。

興味本意でよく知らない術に手を出し、手順を間違えたのか、腕が未熟だったのか、結果的にオレを巻き込んだのだから。

 

その後も、肌寒い地下室で身を震わせながら。

この世界について、魔術とやらについて、召喚術とやらについて、イシュベルテから色々と話を聞いた。

――もうね、とにかくね…有り得ないっつーの!!


どう見ても日本人とは掛け離れた容姿を持つイシュベルテ。

しかし、何故か言葉が通じるという不可解な事実。 そして、自分が実際に今立っている、日本とも現代とも思えない場所。 


幾つもの疑問を抱えつつ、殆ど半信半疑のまま、オレは最も重要な部分を彼女に尋ねる。


「つまりここ、異世界って事?」

「あ、うん」

「オレさ…元の世界に帰れんの?」

「……」


無視ではなく、無言。

事態は極めて深刻だと、ここでようやく理解した。


夏服の半袖カッターシャツに、同じく夏服ズボン。

この世界の季節が何なのか知らないが、とにかく寒かったオレは、一先ず何処か別の部屋に移動させて欲しいと訴えた。


少し悩んだ後。

彼女は小さく1つ頷き、部屋の出入り口まで先導してくれた。


ソッと耳を当てた上で、静かに扉を開く。

キョロキョロと外の様子を確認した後、サッと素早く出て、オレに手招きをする。

――めっちゃ怪しい…。


実を言うと、寒いからって理由は、半分が本音で半分が建前。

とにかく部屋の外に出て、ここが異世界などではなく日本の映画用セットか何処かで、この事態がドッキリ的なモノだと自分の目で確かめる為。


家の洗面所に居た筈が、気が付けばこんな場所に居て、目の前には外国人少女。

その事実から、知らない間に何処かへ移動した事は明確だったが、まさか異世界だなんて信じられる訳が無い。


彼女の不自然な行動に、疑惑の目を向けつつ。

暗く狭い廊下を抜けると、不気味な螺旋階段に辿り着いた。 どうやら地下室というのは本当だったらしい。


階段を昇り切ると、そこは広くガランとした洋室で。

――なんか暖炉的な物が…。


「こっち…! 早く…!」


何故か小声で、次なる扉の前からオレを呼び寄せるイシュベルテ。

最初と同じ様にコソコソと部屋を出ると、今度は陽の光が射し込む明るい廊下に出て。


「ちょ…えええええっ!!」

「わわ、シーーーーーーッ…!」


本日2度目の、おったまげた。

咄嗟に口を塞がれてしまったが、その驚愕と困惑は誰にも止められない。


廊下の片側に、等間隔で並ぶ洋風造りの窓。

その窓から見えた外の景色というのが、遠く向こうに高くそびえる山々と、その手前まで一面に広がる大草原。


口から手を退けてもらい、冷静になって言葉を紡ぐ。


「何処っすか…」

「だからマロンリースだってば…あれはサヴァイ山脈」

「聞いた事ねーっての……オランダ? スイス? 無難にアメリカ? 何処…!?」

「あーもう…お願いだから黙ってついて来て…!」


怒られて、手を引かれて。

半ば強引に連れて行かれた場所は、長い廊下の途中に数多く存在した扉、その内の1つを入った先の個室。


「ここは…」

「ふぅ…ここは私の部屋だよ」

「部屋って…家?」

「学園寮、ここまで来れば見つかる心配も無いよ」


部屋の内装は実にシンプルなもの。

真っ赤な絨毯に、1人用のベッドに、クローゼットらしき物と、大量の本が押し込まれた本棚、そして壁は…何だかレンガっぽい。 


「見つかったらマズいのか? …あ、内緒でやってたから?」

「それもあるけど、この学園はね…」

「ん?」

「男子禁制なの」


つまりここは女子校ならぬ、女子学園だった。

そして映画のセットではなく、日本でもなく、ましてやドッキリでもなく、やっぱり異世界なんだと痛感した。


オレは只、呆然とその場に立ち尽くすのみ。

するとイシュベルテが、何故かクローゼットを漁り始める。


「今のところ帰す方法は分かんないからー…それまで…ハイ!」


言って、布の塊を差し出す。

物を確認すると、それは1枚のミニスカートで。 

更に次々と手渡された物は、長袖シャツだったり、黒のタイツだったり、革ジャンっぽい上着だったり。


「何これ…って、いや待て…今サラッと大事な部分言ったよな?」

「あははーまぁ細かい事は気にしない! ちゃんと調べとくから、ね!」


――ね! じゃねーよ…。

可愛い笑顔で見事に誤魔化されたが、帰す方法も知らずに召喚したとは、無責任にも程がある。


「で、この服をどうしろと」

「それに着替えて、あっち向いてるから」

「なっ…」

「当分はこの部屋で匿うけど、念の為に女装しておかないとね。 先生に見つかったら大変だもん」


本日、最大級に、おったまげた。

もはや叫ぶ事も、反論すらも出来ず、只ひたすら呆気に取られるのみ。


どう考えても着こなせる訳がない、女物の洋服を見据えながら。

少女の火遊びに翻弄される自分と、女装という人生最大の試練に挑もうとする自分を嘲笑うのだった。



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