序話 ある朝
ども、まだ他の作品を完結させていないヘタレ作者です。
先にこっちのプロットが完成したので、ぼちぼち更新していきたいと思います。
「お前セットに時間かけ過ぎなんだよブス」
「ボサボサ頭に言われたくなーい、こちとらサラツヤ髪に命かけてんだから」
「誰がボサ男だ。 これは天パをゆるパーに見せた素晴らしい髪型だぞ」
「あれ? 鏡見えないの? 只のボサボサだよ?」
朝の洗面所。
それ即ち戦場であり、定位置を陣取るべく毎朝オレは多様な毒を吐いてみたり。
しかし、その上を行く猛毒で反撃してくる生意気な妹、楓。
今時の中3女子で、現在は受験生。 既に引退したが以前は合唱部で、これがまた悔しい程の美声と歌唱力を持ち合わせている。
その兄であるオレ、緋之元 樹。
名前のカッコ良さには定評がある。 ま、飽くまで名前だけ。
何処にでも居る平凡な高2男子で、中学時代から剣道一筋で来た結果、彼女居ない歴は17…ゲフンゲフンッ。
パッとしない日常を送っていて、将来に不安もあったりして。
たまに現実逃避してみたり、この平凡な世界を抜け出す方法を本気で考えてみたり。
理由は、つまり退屈だから。
決してモテないから卑屈になっている訳じゃない。 いやマジで。
常日頃から刺激的な生活を求めているのだ。 そんな訳で、ギャングやマフィアなんて職業には割と憧れている。
『…い…よ……かん…』
不意に、微かな声が聞こえた。
それは楓が使うドライヤーの音に紛れ、頭の中に直接響いてくる様な、どこか不気味な声。
「おい、今…伊予柑って言ったか?」
「はぁ? 良い予感? 何言ってんの?」
試しに楓を問い質してみるが、馬鹿丸出しの受け答え。
だが、どう考えても声質が違うし、何より楓の声は脳内に響かない。
――うーん…気のせいか。
『ぬぬぬぬぬぅ…!! 出でよ! 召喚獣!!』
――!?
やはり、確かに聞こえたあの声。
しかも今度は言葉まではっきりと聞き取れた。
と、その時。
まるで体が宙に浮く様な、そんな感覚に囚われて。
フッと、意識が遠退く。
目眩にも似たその不思議な感覚によって、声と動きを制御される。
――ちょ…マジかよ。
残された視覚を駆使して周囲を見渡す。
すると、慌てた素振りで必死にオレの肩を揺さぶってくる楓の姿が。
何か必死で呼び掛けているらしいが、聴覚まで麻痺しているのか、その声は全く聞こえない。
しかし、ほんの僅か視界の隅に映った自分の肩が、ぼんやりと白い光を放っているのをオレは見た。
次の瞬間。
視界が真っ黒に変化する。 いや寧ろ、何も見えないと言った方が正しい。
――あぁ…オレ死ぬのかも。
全ては一瞬の出来事だった。
そして直後、何を感じる事も、何を考える事も出来なくなり、そこでオレの意識は途切れた。
「お兄ちゃんっ! お兄ちゃん何処!?」
楓は、目の前の光景が信じられなかった。
突然ふらついたと思えば、全身から白い光を発し、呼び掛けても一切答えず、直後この場からフッと消えてしまった兄。
暫しその場に立ち尽くし、呆然とする楓。
一体何が起こったのか、頭をフル回転させ必死に考えるが、納得出来る答えなど浮かぶ筈が無い。
決して錯覚などではなく、寝惚けている訳でも無い。
これは大変な事態だと思った楓は両親に知らせるべく、洗面所を出ようとした。
「!!」
しかし、その行動は見えない力によって封じられてしまう。
何故か動かない足、だが決して倒れる訳でもなく、重心を傾けた姿勢のまま完全にその場で硬直する。
楓の全身から力が抜けてゆく。
同時に、助けを呼ぼうとした声を制御され、聴覚まで麻痺したのか、周囲は完全な無音状態に。
これは兄に起こった現象と同じではないのか。
以外にも冷静に分析する楓だが、状況を把握するより早く、彼女の意識は遠退いた。
奪われた視界、真っ黒な空間の中、やがて完全に遮断された楓の意識。
白く淡い光に包まれた、楓の小さな体。
その空間は一瞬の内に無と化し、脇にあった鏡という1枚の人物画からは題材が失われ、背景のみを残す静物画となった。
2人は何の痕跡も残さず、朝の慌しかった洗面所から、忽然とその姿を消した。
兄妹が揃って別世界に空間移動した事は、誰も知らない。
後に騒ぎ立てる、彼らの両親ですらも。