表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

キャットランナー 「ソウナ」

 ソウナの意識は、トシマ・オーツカの遥かな上空に浮遊していた。

 それはさながら肉体から抜け出したスピリットが、天上へと昇ろうとし、しかし居場所がないので漂っているような、そんな所在なさに似ていた。


 たしか猫のスピリットは九つあるという。

 ならばそのうちの一つくらいは、天界入りしたって良いだろう。

 問題はソウナが、天国も地獄も両方信じていない事だった。


「──()()、見えてるか? 仕掛けるぞ?」


 準備が整ったらしい、地上の仲間からの通信。

「見えてます。いつでもどうぞ──」

 ソウナはそう答えると、九つのスピリットを動かした。


 それらが今宿っているのは、ウイングと脚のある小さな九体のドローン。

 ソウナが上空を任されている理由は、まさにこれ。

 複数同時操作をしても、顔色一つ変えないからだ。


 彼女の本当の魂──あるは、本体とでもいうべき猫娘キャット・ガール身体ボディは、トシマ・オーツカにあるヤヤ・ヤマ組の事務所ヤクザ・オフィスにある。


 ──汚い仕事は一番遠くから。だって、猫の身体(キャット・ボディ)が汚れないから。


 それがソウナの信条だった。


 ソウナが駆使する九つの眼、つまりはドローンに搭載された複眼が遥か下の地面で最初の銃撃を捉える。

 それはかつてバンサク・ネコヅカが愛した、武家屋敷サムライ・ハウス

 彼の死後、その最後の残党が立て籠もる根城だった。


 ネコヅカの親分ヤクザ・マスターの死は、事の他早く露見した。

 そもそもやや劣勢にあったネコヅカだが、そのバイタル異常を知った幹部ヤクザ・マネージャーたちは次々に組を裏切り、情報を晒した。


 敗軍に残りたくない防衛的自己保身。

 情報戦ネット・ラン専門家ランナーであるソウナがハックしなくとも、瓦解は必至だった訳である。


 街のネオンの瞬きとは違う、火花の煌めき。

 同時に、連続する波長の音波。それは本格的なエンゲージの始まり。


 ソウナは編隊を崩すと、三機一組に再編成。

 それぞれを武家屋敷サムライ・ハウスの端まで展開させると、ハックした図面から作成した屋敷の立体映像と照合。


 そこに熱感知及び、機械の駆動音、また銃器の発砲音でフィルタリングしたデータを乗せると──


 残党がどこに隠れ、何を所持し、次にどう動くかの青写真の完成だ。


 そのデータは、瞬時に突入部隊である仲間たちに共有。

 それでもソウナは、彼らにアシストを怠らない。


 脳内に過剰分泌されたアドレナリンは、気分をアゲてもくれるが判断を鈍らせる。


「九時! それで壁は抜けない!」

「十二時、電波妨害手榴弾ジャマー・グレネード! 退避ッ!」


 若い仲間の下っ端(チンピラー)が、撃ち抜かれて倒れた。

 バイタルはフラット。多分、助からない。


 人はサイボーグ化したとき、自分が強くなったと思い込む。

 そして過信する。

 若くして猫の身体(キャット・ボディ)を与えられたソウナは、そのことを誰よりも解っている。

 

 だからこそ、距離(ディスタンス)だ。

 自分を突き放し、遥か遠くに立つ。

 精巧に組み上げられた機械の視座だ。

 そうすれば、終わらない円環の中を駆け続けられる──


 現実とマトリクスが混在するソウナの視界に、新たな脅威が警告される。

 それは地下二階の隠し部屋(パニックルーム)から出てきた敵が装備する「OSAFUNE」のALAW対戦車ミサイル・ランチャー。


 慣性航法と、搭載カメラの画像分析によって電波妨害を受け付けない携行火器。

 まさかこんな隠し玉があったとは!


「散開! 照準器の視界に入るな!」

 ソウナは怒鳴りながら、各編隊から二機ずつを突進させた。

 徐々に二つの三機編隊を編成、片方をホットスポットへ侵入させる。


 間に合うだろうか? 

 相手も無暗には撃てないだろう──必ず位置取りをするはずだ!


 自動小銃アサルトライフルの射程に入ったドローンへの苛烈な銃撃。

 ソウナは散開と終結を繰り返し、それを避ける。


 そして後方の三機に擲弾(グレネード)を準備。

 ランチャー所持者の出現予定地点に対し、煙幕擲弾スモーク・グレネードを発射した。

 

 まるで歌舞伎座カブキ・シアター仕掛演出(ケレン)のように立ち上る、壮大な四塩化チタンの白煙。


 煙に巻かれ、所持者が再び移動を開始するのを熱感知で検出。

 ソウナは突出させた編隊の一機から、追撃の煙幕スモークを次点に打ち込む。


 相手はまたも位置を変える。

 唯一残された、しかしソウナが誘導する地点へと目掛けて──


 次に相手が姿を現したのは、かつてネコヅカが寝所としていた武家屋敷サムライ・ハウスの二階だった。

 まるで城の天守閣を思わせるような廻縁と高欄。そこに面した鎧戸から、相手は地上に向けてランチャーを構える。


 そいつはあまりにも照準に気を取られ、そして見逃した。

 すでに二体のドローンが居た事を。

 ぴったりと天井に張り付き、息を殺して、そもそもそこにあった彫像か何かのように──


 二体が同時に放った擲弾グレネードの爆炎がサイボーグを包み込む。


 ミサイルでなく擲弾グレネードしか搭載できないドローンでは完全直撃を狙う必要があった。


 ALAW諸共爆散し、幾つもの破片となったそれらを見届け、ソウナは次の目標へと移動する。もしかしたら地下に、まだ隠し玉があるかも知れない──


「──余計なことしやがって。仲間全員の眼が遠赤外探知サーマルじゃねえんだぞ?」


 突入部隊を指揮するサイバー浪人ローニン、サモジロー・アボシの通信の声。


 ソウナはあえてそれを無視。

 地下へ目掛けて、ドローンを先行させて行った。


 武家屋敷サムライ・ハウスが陥落したのは、それからたった一時間足らずである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ