試し撃ち
足元がふらつく。足の裏がしっかりタイルを捉えられない。
屋根の傾斜は上に比べて緩いとはいえ、人型がまともに移動できる設計ではない。
もつれて転げそうになった瞬間、反対の足でタイルを蹴り、トモヨは跳躍。
身体ごと尖塔に激突したが、なんとか到達はできた。
一度、ふうっと息を吐く。
間近に寝そべるサモジローの死体──それは実に無残だった。
眉間から入った銃弾は、その内側をことごとく破壊し、頭蓋を大きく吹き飛ばして反対へと抜けている。ほぼ顔面だけの空っぽの頭部。まるで組み立て途中の人形だ。
幸運だったのは、眼球が一つ、吹き飛ばずに残っていたこと。
視神経接続プラグは若干痛んでいるが、強膜や、内側の水晶体にも問題はなさそうだ。
トモヨはそれを慎重に取り外した。隠密迷彩を見破った特別な目。
解析すれば、秘密が解るかもしれない。それか、製造型式を知るだけでも──
遥か上、ガンポッドの機銃掃射音。
見上げると、屋根の傾斜をガラスや建材が滑って行く。
CRADが窓枠を破壊しようと撃ちまくっているのだ。
トモヨは屋根の縁に寄り、目当てのものをつかんだ。手裏剣投射機が搭載されたサモジローの腕だ。ようやく手に入ったような、しかし凄まじい苦労だったような、複雑な気分。それでも、早速装着してみたくて堪らない。
腕に沿って走る挿入スロットの溝を力任せにこじ開ける。
バキリ、と格納蓋は折れたが、モジュール化された忍具は綺麗に飛び出した。
筒状をした投射装置。かつてはケンリューの身体に標準装備されていたもの。
自分の左腕を開閉し、挿入口に押し込むと、それはぴったりと納まった。
新しい装置──本来あるべき装置は、身体によって自動認識。
トモヨの視界に全てが漢字のインジケータと、専用の照準線も追加される。
手裏剣の残弾は──なんと、二発。
撃ち切っていなかったのは有難いが、最後の隠し玉に取ってあったと考えると、ちょっと怖い。試しにモードを「安」から「火」に切り替え、空中へ目がけて照準してみる。
びりびりと腕の中が痺れる感覚。ぶうんと内側から小さな振動。
──正常に、発射可能のようだ。
ぶうううううううん!
ガンポッドの連射音。
見上げると、窓枠を破壊したCRADが、屋根の外へと飛び出したところだった。太い金属製の逆関節が、傾斜したタイルをがつんと踏み付ける。
瞬間、テトラクテスから放たれた三発の銃弾が、右のガンポッド上部のレドームを破壊した。
制御を失ったそれは、まるで存在しない何かを探すように、ぐいんぐいんと無茶苦茶に振り回される。
──いやこれ、ヤバくないか?
奴の立つ場所──人型サイボーグの足ですら、バランスを保つのが難しいのだ。
それがあんな巨体では──
ぐらり。
案の定、CRADが姿勢を崩し、屋根を滑り始めた。
それだけなら笑えるが、生きている方のガンポッドが動く。一旦テトラクテスに向こうとして──しかし、滑りながらでは難しいと判断したかもしれない。
いきなり砲身を翻し、ぴったりとこちらに狙いをつける。
名刀・村雨丸を口にくわえ、トモヨはタイルを打って上へと跳んだ。
まるで地鳴りのような音と共に、一面のタイルが弾けて宙を舞った。
寝ているサモジローは無数の火花を散らし、幾つもの部品に解体されて行く。
砲身はすぐさま、ターゲットを修正。弾丸の嵐はトモヨを追いかける。
──少なくともテトラクテスは、ヒントをくれた。
手裏剣投射機の最初の標的──それはレドームだ!
忍具のアシストを利用しつつ、左手を前へと突き出す。宙にあるケンリューの身体は照準線に合うよう、その体勢を微調整。こちらが意識するより早く左の掌はめくれ上がり、先端から真っ白なプラズマが噴き出した。
酷い左手の痺れ。
金属が焼けるような嫌な臭いが漂う。
ガンポッドの掃射は止まっていなかった。が、撃っているのは明後日の方向だ。粉々に吹き飛んだレドーム。風車型手裏剣は関節部まで破壊し、その付根はガクガクと揺れている。
トモヨはタイルの剥がれた屋根に着地した。
CRADはほぼ無力化できた。
あとは逃げるだけだ──
そう思ったとき、デタラメに動かされていた両方のガンポッドが、タイル屋根の傾斜を叩いた。巨体が転がり、ボールのように跳ねながら滑り落ちてくる。
それも──しっかりこの尖塔に向かってだった。




