猫の居るのは屋根の上
スコープの中で動く、名刀・村雨丸を握った猫娘。
ソウナが狙ったのはその後ろ、出窓の奥の大型ドロイドだった。
彼女を助けた──あるいは撃たなかった理由。
それは一瞬だけ見えた、牡丹のタトゥーだ。
屋根を滑って行く途中、猫娘の身体にノイズが走り、まるで目まぐるしくテクスチャを張り替えたみたいに見えた。そのとき、左の肩にのぞいたのだ。
美しい光沢とラメの輝きをもつ、特徴的な花びらが──
正直、目撃した現象の意味が解らなかった。
ソウナの眼球はリアルとマトリクスをきっちり判別できる。
つまり、相手が強制的に見せたいテクスチャなど、いくらでも遮断できるのだ。
にも関わらず──まるでテクスチャ剥げみたいなことが起こった。
仮想的な現象が、物理現実で起こっている──?
ともあれ、ソウナはクレバーだ。
考えるのを止め、即座に引き金を引く。
激しい音と共に弾丸は窓を貫き、スコープの中で標的がよろめく。
レバーを引き、薬莢を排出して次弾を送る。
照準を修正。再び、発射した。
ドロイドはまた、よろめいた。
しかし、窓に向かっての突進と破壊を止めようとはしない。
電子空間に意識を飛ばして製造元を特定、その仕様を眺める。
CRADの前面装甲はかなり分厚い。
かつ、その奥が鉄の集合体とでもいうべき、駆動系機器で固められている。
単なる徹甲弾では、これを抜けない。
けれども──補足・追尾のセンサやアンテナ。
その塊であるガンポッドの上部レドームはイケそうだ。
もしかしたら機銃も潰せるかもしれない──
ソウナは意識を飛行車へと移し、急発進した。
このままでは、格好の標的になるに決まっていたからだ。
*
傾斜によって勢いがついたサイボーグの身体。
それが滑って行くに任せるトモヨは口の日本刀を握ると、屋根を一突きにした。
大きく身体が振られ、危うく柄から手が離れそうになる。
かかる重量に日本刀も、タイルと建材をずるずると斬り進んだ。
──ようやく、落下が止まった。
あと少し遅ければ、青い空の向こうへ放り出されていたことだろう。
斜面に対して並行を保って立ち、トモヨは刀を引き抜く。
ずいぶんと乱暴に扱ったが、刀身は傷一つない。
ほっとため息の一つも吐いていると、上から機関銃の掃射音。
あのオンボロのテトラクテスが狙われているらしい。
──標的は私から外れ、向こうに移った。
けれど、いつまたこちらが狙われるか解ったものではない。
視線を転じ、屋根の縁を見やる。
二、三十メートル先、サモジローの死体。
屋根の向こうに張り出して設けられた、高い尖塔に引っかかっている。
──今のうちだ!
トモヨはタイルを蹴った。
そして猫の横跳びみたいに尖塔を目指した。
*
飛行車の方向転換と、CRADのガンポッド掃射はほぼ同時だった。
相手の射線を逃れようと、急角度で空を駆けるテトラクテス。
航行AIの正確な計算が生み出す、異常なスピード。
ソウナは後部座席のオンボロなシートに、めり込むように押し付けられた。
鼻に感じる古い合成革の臭い。
堪らずのけ反ると、そこにフロントガラスの破片が飛んできた。
避けきれなかった銃弾の幾つかが当たったのだ。
吹雪のような無数の破片が打ち掛かり、弾丸の幾つかは天井に大きな風穴を空ける。
寝転がったシートの下、ソウナはゆっくりと頭を出した。
半分吹き飛んだフロントガラス──そこから冷たい風がびゅうびゅう流れ込んでいる。
──やってくれるじゃない!
ソウナは運転席と助手席の間にスナイパーライフルを据えた。
上空を右回りに旋回し、出窓の背後を取る。
またガンポッドの掃射音。けれども、こちらを狙ったものではない。
出窓の枠が吹き飛び、CRADの大きな背中が屋根の上に出た。
──これでも食らえッ!
迷いなく、ソウナは続けざまに三発撃った。




