不自由落下
車体下部を貫いて飛び込んだ銃弾の一発が、天井に当たって跳ね返り、火花を散らした。ソウナは身を強張らせ、ただ動かなかった。砕けた破片が手や脚に飛び、カンカンと金属的な音を立てるが大したダメージはない。
ホテル内で暴れ回るドロイドの流れ弾。どうやらそれがここまで届いたらしい。
監視カメラの映像を見ても、それは階段を上り、屋上へと向かっている。
刀を調べに行くか、あるいは退くか。
決断のときは迫っていた。
いや、本来なら、さっさと退くべきなのだ。
──自分の身を前線に晒さず、距離をおいて遠くから関わる。
それがソウナのモットーであり、処世術なのだ。
──けれども、それを躊躇わせたのは、奇妙な話だが予感だ。
言葉にすると笑ってしまいそうだが、何となくそんな気がする感覚──
あるいは常駐者によって送られた、非言語的なシグナルだったのかもしれない。
ギアをニュートラルに入れ、ソウナは飛行車をただ浮遊させた。
突然の変化を捉えたのは、その車載カメラだ。
切り立ったタイルに設けられた屋根付きの出窓、その内側から誰かが転がり出て来た。
手の中のスナイパーライフルを構え直し、ソウナはスコープを覗く。
とても細身な猫娘。
急斜面に堪えられず、滑るように落下している。
猫耳の片方と、腹部に破損が見られるが──その手に握られているものを見て、ソウナは驚いた。
名刀・村雨丸!
──どうして、この猫娘が?
深く考えるより先に、身体が動く。真っ直ぐに伸ばしていた右手の人差し指。それを引き金にかけると──狙いをつけ、ぐっと目いっぱいに引き絞った。
*
階段の途中にあった窓ガラスは、簡単に壊れた。
飛び出した先はまるでウロコのようなタイル張りの屋根。
着地の瞬間、身体がすべってどこまでも落ちる。なんという急角度。
指を爪のように立て、なんとかスピードを緩めようとする。
しかし片手には日本刀。体勢的にかなり無理がある。
刀を突き刺しても良いが、いざというとき抜けないのでは困ってしまう。
ずん!
自由な方の手をタイルに突き立て、ようやく落下は止まった。
ため息をつき、辺りを見回す。
真っ先に気付いたのは、無様に倒れたサモジローだ。
トモヨの居る位置のかなり下、本当に屋根のぎりぎりに、酔っ払いみたいに寝転んでいる。
──ああ、クソッ! なんてこった!
目を凝らして見なくとも、サモジローが死んでいるのは明らかだった。
頭の後ろ半分が、ほぼぶっ飛んで無くなっている。
屋根伝いに伸びる長いオイルの筋と、少量の赤い筋。上で殺られ、あそこまで落ちたのだ。
奴が装着していた、特殊忍具だったかもしれない眼球。
あるいは、サダマサ・オーギガ・ヤツに繋がる記憶情報。
それがすべて消えてしまった。
──いや、諦めるのはまだ早い。調べる価値はある。
とはいえ手を引き抜けばまた、楽しく危険な滑り台。とりあえず二本の手は自由にしておこうと、名刀・村雨丸を口にくわえた。
タアーン。
上空から、空気を切り裂く甲高い音が一つ、聞こえた。
片方残った猫耳が、方角と音域をすぐさま分析。スナイパーライフルによる狙撃だと結論づける。
とっさに腕を抜き、頭を下にした格好で屋根を滑った。
割り出された方角に目を転じると、一台の飛行車。
酷くオンボロなテトラクテスだ。
説明不用なまでに、全てはハッキリとしている。
あの搭乗者が、サモジローを殺ったのだ!
びゅうびゅうと、つむじに感じる冷たい風。
頭を下にしているので、自分がどのくらい滑っているのか判断し辛く、怖い。
それでも、頭の半分を飛ばされるよりかはマシだろう。
──また、狙撃音。
猫耳の計算が、奇妙なことを伝える。
音の方向、そして弾道から考えるに、自分に対する攻撃ではなさそうだ。
視界の中、急速に離れて行く上部の屋根。
自分が飛び出した出窓から無理矢理、半身を覗かせていたのはCRADだった。
──理由は全然解らない。
ただ、あのオンボロ車の搭乗者は、CRADを攻撃しているらしいのだ。
トモヨはふふっと笑った。
敵か味方が知らないが、実に有難い加勢に違いなかった。




