報復者の追跡
姿勢制御系の警告が脳内で鳴り響く。
トモヨは身体が引っ張られ、浮き上がるのを感じた。
視界の中、名刀・村雨丸を軸にして自分が宙にいるのが解る。
冷気を発する刀身は、閉じられたサモジローの脇の間にがっちり挟まれている。
手を放す訳にはいかなかった。
せっかく手に入れた宝剣なのだ。
だから、冷気を増すのではなく──消した。
冷媒による持続力を断たれ、刀身の周囲には水気が生じる。
次の瞬間、まるで引っこ抜かれたみたいにトモヨは飛ばされた。
背中に衝撃が走り、砕けた破片が舞う。
とはいえ、それは金属やコンクリート、またカーボン棒筋ではなくドアだった。
しかも本物のマホガニー。
スイートルームが旧世界風のしつらえだったことに感謝すべきだろう。
幾つもの木片と共に、トモヨは大理石の廊下に叩き付けられた。
手の中を見やると、日本刀は濡れているものの傷一つない。
が、見惚れている暇はなかった。
トモヨが破壊したドア──その向こうから、サモジローが飛び出してきたからだ。
日本刀を握る腕を床と水平し、身体をひねって二、三度転がる。
危ういところでサモジローのかかとを避け、起き上がる動作。
同時に刀を逆手持ちにし、さらに踏み付けようとする相手めがけて下から上に斬り抜ける。
波のような冷気と共に刀は右足の先端を捉えた。
金属でできた五本の指が、ぽとぽとと廊下に落ちる。
奴のとっさの機転。
踏み込む力を制御しなければ今頃、すねから両断できただろう。
しかし、勝敗は決した。
サモジローは飛び退ったが、着地に失敗した。
いかにサイボーグといえど、ボディバランスを含めた運動機能はすべて人体工学に基いている。
最後の踏ん張りを利かせる足の指──
それを失った身体は、姿勢制御が未熟なドロイドのようにズッコケるしかない。
敷き詰められた大理石のプレートが甲高い音を出し、割れた。
その細かな破片の中に寝転んだサモジローは、まるで虫を連想させた。
もぞもぞと動く不快な芋虫。
もちろん、本物は遺伝子銀行か博物館にしかいないので、ドローンの話だ。
奴は上半身を起こそうともがき、続いて顔をあげる。
そこに浮かんだ表情は──まぎれもない恐怖。
床を蹴ったトモヨは、すでにサモジローに肉迫していた。
奴の血走った目。
こちらに向かって右腕が伸ばされる。
最後の抵抗に、手裏剣投射機を撃つ気らしい。
未だ残弾があるのかどうかは知らない──しかし、すべて遅過ぎる!
左下から右上への左逆袈裟斬り。
切断された二の腕が転がるように宙を舞う。
トモヨはさらに一歩踏み込み、返す刀を首へと向ける。
──頭と腕の両方を斬り落とし、それぞれから欲しいのものを奪う。
脳内の情報は一部消えるかもしれないが、こうなっては仕方がない!
刃の先端が人造外皮を捉え、今まさに斬り進もうという刹那──
腹に強い衝撃を受け、トモヨは身体が持ち上がるのを感じた。
空気を震わせる二十ミリ機関銃の直撃。
しかも飛んできたのは大理石の床下だ。
──標的への正確な照準予測。
狙うならアイツを狙ってよ!
すぐさま立て直すが、その隙で充分だったらしい。
サモジローは片足で廊下を跳ねながら、逃げて行く。
しかも左手には、斬り落とされた自分の右腕が握られている。
向かう先にあるのは、階段横に設けられたエレベーター。
トモヨは駆け出すが、腹に受けたダメージの所為で速く走れない。
そうこうしているうちにサモジローがエレベーターに飛び込んだ。
扉が閉まって行く瞬間、勝ち誇ったようにこちら見る。
ずぶり、とドアの隙間に名刀・村雨丸を突き立てたが、時すでに遅し。上部に表示されたカウンターは数字を増し、最上階を目指して進んで行く。
クソッ!
閉まった扉をひと蹴りし、ついでに腹を見る
迷彩映像を映し出すスキン・パネルが吹き飛び、筋肉装甲を貫いて内側の人工器官が覗いていた。
「ケンリュー」の身体は、重量級でもなければ重装甲でもない。
むしろ、それを限りなく減らして、軽量と静音に特化している。
そもそも銃弾や斬撃など、まったくもらう設計ではないのだ。
──問題なく隠密迷彩を修理できるだろうか?
そんなことを考えながら階段を上り始めたとき──
「報復行動継続中。関わりなき者は、速やかに退去して下さい」
階下から重量級の機械音が響いた。
トモヨは駆け出した。痛覚を殺し、ただ一身に上を目指す。
ガンポッドの掃射が始まったのは、ほんの一秒後だった。




