報復の連鎖
会場全体が激しく揺れた。バロックの様式美を再現し、精緻なフレスコ画まで施されたアーチ型天井。一直線に亀裂が走り、漆喰と顔料の細片が降り注ぐ。
続いて二度目の揺れ。
もはや地震か、爆弾の炸裂といっても良いレベル。
トモヨの頭上で天井の一部が砕け、可愛らしい天使の笑顔が落ちかかってくる。
その塊をよけると、続くのは建材の破片だ。
束ねられたカーボン棒筋がポキポキと折れ、床へ目がけて槍のように突き刺さる。
なおも飛んでくるものを、逆手に握った名刀・村雨丸で斬り落とし、サモジローに視線を戻そうとした瞬間──
ずんっ、と一際、大きな何かが落下した。
サモジローはトモヨの真向いに立っていた。
二人を挟んだ中心に鎮座する、漆喰屑とカーボンに埋もれた巨大な塊──
判断しかねるトモヨ。サモジローも、この突然の乱入者を警戒するように見つめている。
──ふいに瓦礫の山が動いた。
漆喰屑はさらに細かく粉塵を散らし、床を打つ棒筋が折れ砕け、撒菱のように広がった。
姿を現したもの──
左右の腕に大きなガンポッドを搭載し、流線形の体躯を逆関節の二本足で支えている。まるで不格好な鳥──。実物を見るのは初めてだが、頭の中に情報はある。
「ウエスギ・グループ・ホールディングス」。
その警備部門が開発した、対報復措置用急襲ドロイド。
通称、「クラッド」。
マズイのは、相互安全保障タイプ──
つまり、本当なら来てはいけないものなのだ。
昨今の金持ちたちの間では、一番の忌避すべき事象は突然の死である。
とはいえ、資産と社会的ステイタスの上昇は同時に、暗殺や暴力の対象になり易い。相手がケチな強盗ならいざ知らず、同じ金持ちから狙われる危険もある。
そんなとき、自身の脳死に紐付けて、医療チームや自警を呼ぶのではなく、純粋な報復攻撃を代行するサービスが流行っている。
が、実際は、攻撃が行われることが目的ではない。
裏切るかもしれない仲間──
将来、商売敵となりそうな相手──
あるいは永遠の友情の証として、事前に相互安全保証の契約を交わすのだ。
「──私はあなたを攻撃しません。なぜなら、恐ろしいドロイドが報復にきますから。ただし、その逆も然りですよね?」と──
愚かにもサモジローは、辺り構わず風車型手裏剣をばら撒いた。その犠牲者には当然、オークションに集まった金持ちの客も含まれる。
本来は来てはいけない者──
血生臭い殺し合いを未然に防ぐための安全装置──あろうことか、それが出張ってきてしまったのだ。
「契約者殺害の実行犯を走査中。全員動かないで下さい」
CRADから音声が流れた。体躯に似合わない女性の声だった。
「犯人はそいつだ! 早くなんとかしろ!」
床に伏せていた参加者の一人が立ち上がり、サモジローを指差して怒鳴った。
瞬間、耳がおかしくなるような、ぶうううん、という音。
ガンポッドから光の洪水が放たれ、参加者をバラバラに撃ち砕いた。
咽かえるような硝煙の中、CRADが無機質な言葉を続ける。
「動かないで下さい。走査を実行中」
──これじゃ、負の連鎖だ。
トモヨは身体を固めたまま、口の中で激しく舌打ちした。
さっきの金持ちも同じ契約をしていたら、さらにCRADがここへ飛んでくる──
サモジローに視線を戻すと、なんと楽しそうにニヤニヤ笑っている。
状況を見て取り、CRADが増えて行くのが可笑しくて堪らないのだ。
トモヨとて巨大企業の金持ちは好きではない。むしろそんな連中を標的に、たくさんの追体験を作って来た。その意味ではある種の同類、あるいは同罪だろう。
──しかしどうにも、こんな奴と同じであるのが不愉快で堪らない──
「──ひ、ひええッ!」
ガンポッドの掃射を目の当たりにして、恐ろしくなった別の参加者がドアへと駆け出した。CRADの右手がぐいんと動き、その背中をぴったりと捉える。複数の銃身がいざ回転を始める前、トモヨはに名刀・村雨丸を振り抜いた。
辺りに流れ出す霧のような冷気と、光り輝くダイヤモンドダスト。
一瞬、射線を塞いだことで、逃走者は体当たりにドアを開け、逃げ果せる。
まさか、金持ちを助けるとはね──
自分で自分の行動に驚きながら、トモヨはさらに霧を漂わせる。
行動の代償──今からそれを支払うことになるのは解り切っていた。




