一番レアなガジェット
長い尾を引く日本刀の冷気を残しながら、サモジローが駆けて来る。
まるで氷の上を滑るかのよう。
──あれは一体、どこまでを貫くだろうか?
警備員の盾を構えつつ、トモヨは考える。
止めることはできない。きっとすべてが斬り取られる。
サイボーグの力もさることながら、名刀ゆえの鋭さによって。
だとすれば、ただ待ち受けるだけではダメだ──
トモヨは盾を掲げ、床を蹴った。
サモジローの間合いに入る前、火遁砲の砲身を露出。
短く四回に分けて、炎を辺りにばら撒く。
なおもサモジローは突き進むが、それに向かって今度は盾を投げつけた。
自分へと迫ってくる障害物。
サモジローの足が一瞬ゆるみ、斬り倒すために構えを変える。
すかさず、また炎をぶち込んだ。
まるで機関砲のような小刻みな火の玉。辺りは一気に、逆巻く火炎に包まれる。
トモヨは──自らその中へ突進した。
例えどれだけ高性能の目を装着していたとしても、炎の向こうを透かし見ることは不可能。
残された勝機は──炎の中にしかない!
可燃性ゲルの作り出す業火と黒煙。
焼けつく熱気が襲い掛かり、じりじりと表面を焦がす。
まるで全身を蛇のとぐろで巻かれたような、締め付けられる感覚。
逆に視界の奥には、ぼんやりとだが冷気の層が見える。
警備員を斬り捨て、続いて消化のために閃く幾つもの太刀筋──
サモジローと比べたら、私の目は劣るかもしれない。
──が、今は炎が味方だ。
すべてが赤くゆらめく中、それを切り裂く冷気がはっきりと見える。
次の太刀筋を読むことは──酷く容易だ!
吹雪を散らして上から下に向かう刀の先端、トモヨはそれを紙一重で避けた。
目の前には、未だ分厚い炎の壁──
その向こう側へ、最大出力の電撃警棒をただ真っ直ぐに突き込んで行った。
*
「──ああ、もう。遅い!」
チヨダの旧皇居の上空。
ソウナの運転する飛行車は、実にゆるやかな最高速度で飛んでいた。
テトラクテスはスポーツタイプでも、まして特別仕様車でもない。唯一の利点は、あまりにも大衆的なので目立たないことだけだ。
──こんなことなら、もっとマシな車にすれば良かった!
ソウナはイラつきながら、ときおり途切れそうになるシグナルに目を光らせる。
オンラインに戻った名刀・村雨丸。
現状、その位置情報に大きな動きはない。
どうやら巨大企業が有する高級ホテルらしいが──それにしてもなぜこんな場所に?
警告音が鳴った。
意識をデータ上の地図から、実現実の自分に引き戻す。
車窓の向こうに見えたのは、高速でテトラクテスを追い抜く黒い機影だった。
飛行車にしては大きく、戦闘機とも形が違う──
ソウナはなんとも嫌な気分になった。
飛行経路を読むとき、向かう先がまったく同じだったからだ。
*
紫の閃光が広がり、電撃警棒が砕け散った。
同時に破壊されたのはそれだけではない。
トモヨが狙ったのは、サモジローの手首だ。
付根の部分から吹き飛び、しかも刀には振り下ろす運動が加わっている。
前のめりに飛び出すみたいに、名刀・村雨丸が宙を舞った。
それを目で追いながら、トモヨは拳で追撃をかける。
燃え盛る炎の中、サモジローの頭部があるであろう辺りにパンチを叩き込もうとして──
ぶううん、という空気の震える音。
クソ! まだ手裏剣を残していたか!
とっさに飛び退いたが遅かった。
ずばん、と凄まじい風圧が額の上を駆け抜ける。
すぐには気付かなかったが、切り落とされたのは右の猫耳だ。
集音性がやけに悪い──ただ、そんな風にしか思わなかった。
それでも残った耳が、床に突き刺さる日本刀の音を捉える。
トモヨはまた短く炎を連発。
再び飛来した風車型手裏剣を前転でかわし、そちらへと近付く。
火達磨になったサモジローも駆け付けるが、しっかり見えている訳ではないらしい。方向が明後日だ。
トモヨの手が、床に突き立った日本刀の柄に触れた。
ぐっと握り、引き抜く。辺りに溢れ出す、濃霧のような冷気。
炎に炙られた全身が瞬く間に冷やされ、心地いい。
刀身を見やると霜に覆われたその下に、心奪われるような妖しい光がある。
軽く振ってみると、ぼんやりと蛍光色の緑が空中を泳ぎ、さらさらと無数の粉雪を散らす。
狙ってた特殊忍具より、もしかしてこっちの方がレア──?
名刀・村雨丸を逆手持ちに握り、未だ燻るサモジローと対峙する。知らず知らず、口から笑みがこぼれていた。
手裏剣の残弾を考えれば完全ではない。
が、形勢は逆転した。
さて、どう料理してやろう?
必要なのはコイツの頭と腕。まずは脚から斬り落として──
トモヨは踏み込もうとした足を止めた。
残された左の猫耳。
それがホテルの上空に轟く爆音を捉えたのだ。
かつ、それは速度を落とすことなく、今ここへ突っ込んで来ようとしてることも──




