ウインドミル・シュリケン
右手に握られた日本刀の先端が、空中に幾つもの軌跡を描いた。
遅れて飛び散る、かき氷のような無数の細片。
トモヨは後退しつつ、その太刀筋よりもサモジローの左手を見やる。
握られているのは、盗んだものが納められた黒のアタッシュケース。
片手が埋まったまま戦うのは大変だろう──
だから、そこを攻める!
腕の中に格納された火遁砲。
手首がめくれ上がって、砲身を露出。
サモジローがまき散らす冷気と氷片もろ共、火炎の濁流で薙ぎ払う。
身体の一部に可燃性液体を浴びたサモジロー。
消えぬ炎が視界を邪魔し、必然的に左手は構えた盾のような、しかし火からは遠ざけたような奇妙な格好となる。
トモヨは滑るように動き、空になった防犯ケースをハック。
解除され、台座から切り離された瞬間に、敵のアタッシュケース目がけて蹴り飛ばした。
頭の中のイメージでは、銀色のケースが黒いケースに当たり、宙を転がるはずだった。
が、寸前でサモジローは身体を逸らし、肩甲骨でそれを受ける。
かつ、驚いたことに──
刀身を振り回して冷気を拡散、いち早く顔面周辺を鎮火した。
胴体から、未だ炎と燻る煙が立ちのぼるサモジロー。
しかし日本刀は中段に構えられ、その視線はしっかりとトモヨに──炎を放った火遁砲に──据えられている。
──こいつ、なかなか出来るじゃないか。
そういえば隠密迷彩を見破った理由もよく解っていない。
さて、どうしたものかと思っていると──運良く加勢が来た。
「おい! 一体、何がどうなっている!」
駆け込んで来たのは、五人の警備員だった。
特別、識別コードや、警備会社の登録データを改ざんしてはいない。
けれども目の前には、刀を抜いた変質者。
床にはバラバラの仲間の死体。
それに立ち向かう、たった一人の警備員──
実際は迷彩に過ぎないのだが、その絵面には瞬間、理屈を超えた説得力があったようだ。
こちらが無言の目くばせを送ると、彼らはトモヨを敵ではないと認識。
腰に下げた電撃短針銃を抜き、サモジローへと向けた。
それ以上の警告もなく、次々と発射される電撃針。
残念ながら、標的を殺さない非殺傷兵器ではない。
サイボーグの駆動系に対し、命取りになり兼ねない動作不良を起こさせる兵器だ。
アーク放電の紫が視界を埋め、バチンというスパーク音が連続する。
──警備員に擬態しておいて、本当に良かった。
容赦ない彼らの後ろから、悠々と犯人の末路を眺めるトモヨ。
数発は耐えたサモジローだが、連撃はさすがにマズイと踏んで台座の後ろへ逃れる。
と、そのとき、電撃に痺れる手からケースが落ちた。
さすがは頼れる仲間たち!
トモヨは警備員の一人に歩み寄り、腰から電撃警棒を拝借した。
サモジローは生きたまま連れ帰る予定なので──身体はどうでも良いが──脳が焼けてもらっては困る。
そろそろ、こいつらの数も減らしておくか──
そう思って警棒を振り上げたとき、あることに気が付いた。
サモジローが落とした黒のケース。
床へ転がったときに蓋が開き、中身が辺りに散乱している。
その中に、求める手裏剣投射機が見当たらないのだ。
投射機は火遁砲と同じく、普段は通常の腕として機能する。
だから、一見した見た目はモジュール型の前腕パーツと変わらない。
簡単にどこかへ転がるとは思われなかった。
だとすれば、まさか──
ぶうんという、低い振動音が聞こえた。
鳴り響く電撃短針銃とは別の音だった。
次の瞬間、空気を切り裂くような音と共に、先頭の警備員が崩れ落ちた。
その眉間を割り、深々と突き刺さっているもの──
風車型手裏剣だ!
怒涛のように、振動音が続いた。
銃を構えていた警備員が、射撃場の的のように撃ち倒されて行く──
トモヨは目の警備員をつかみ、盾にした。
連続する激しい衝撃。
サイボーグの身体に幾つも風車型手裏剣が突き刺さる。
クソッ! ますます、簡単に殺せなくなったじゃないか!
トモヨは悪態をつく。
──奴もニンジャなのか、それは解らない。
ただ、簡単に忍具を装着できるのだとしたら──隠密迷彩が効かない謎も解けるような気がした。




