サイバー流浪人
折りたたみナイフのような鋭さで、蹴りは同業者の左腿を打ったはずだった。
が、何だかその感触がおかしい。
しっかりと当たったが、サイボーグ身体とは違う何か──
はっきりしているのは、偶然ではなく、明確な防御であったことだ。
このときトモヨの身体は、次の攻撃のために一歩踏み込んでいた。
蹴りで体勢を崩した相手に右の裏拳を打ち込む気でいた。
「ケンリュー」に搭載された、徒手骨法・支援機能。
考えるより早い微妙な脳内の電気信号を読み取り、次の的確な動きを実現する。
その手助けにより、今しも裏拳は突き出されようとしている。
けれども、トモヨが感じたのは言い知れぬ恐怖だ。
──隠密迷彩がバレている?
ならば、ここは敵の間合いだ!
寸前で拳を固め、上体を逸らす。
同時に強く床を蹴って、後方へと逃れた。
そんなトモヨの作った隙間を埋めるように、警備員たちが泥棒に迫る。
電撃警棒が放つ幾つもの閃光。
振り下ろされたそれが、次々と同業者を打つが──
瞬間、別の光が煌めき、躍った。
薄い緑色が引き延ばされたように宙を駆ける。
同時に異様な空気が周囲にあふれ出した。
霧のように白く、ひんやりとした冷気。
それが床を這うように広がって行く。
カタン、と音がして、電撃警棒が床に落ちた。
──いや、落ちたのはそれだけではない。
機械身体の腕、脚、頭部──
幾つものパーツに両断された警備員たちが、バラバラと崩れ落ちる。
漂う冷気の向こう、露わになった同業者は、妖しげな光を湛える日本刀を構えていた。
その刀がはっきりと目に入ったとき、
トモヨは実に奇妙な体験をした。
自分の思考と違うところで、ヴィジョンが見えたのだ。
頭の半分では、さっき蹴りを入れたのは、この刀の鞘だったという理解。
もう半分では、刀に関わる様々な記憶──
ネコヅカ組──
ヤヤ・ヤマ組──
二人の猫娘──
名刀・村雨丸──
初めは、ハッキングを受けたのだと思った。
けれども、それはあり得なかった。
常駐者によってあらゆるアクセスは見張られ、逐一走査されている。
その網をかい潜れるはずがないのだ。
だとすれば、可能性は一つ。常駐者が見せているのだ。
トモヨは酷く混乱した。役に立つ守り神──
そのくらい思っていたのに、まさか深刻なバグでもあるのだろうか?
いや、今はそれを思い悩むときではない。問題は目の前の敵だ。
トモヨは試しに、右に左に動いてみた。
すると同業者の目は、透明であるはずのこちらを確実に追っていることが解った。
仕掛けは解らないが、これでは隠密迷彩に意味はない──
トモヨは迷彩を解いた。
ただし、その姿を細切れになった警備員の服装に偽装することは忘れなかった。
「──なかなか良い刀を持ってるね」
トモヨは相手をうかがいつつ、ヴィジョンの中で知ったことを口に出してみる。
「ところで、サモジローっていうのはアンタの名前?」
すると、同業者が表情を変えた。
「──何故、知っている? まさか、あの猫娘どもの仲間か?」
「さあてね? ──どうだろう?」
なんとなくはぐらかしたが、ヴィジョンの中で、こいつが刀を盗んだらしいことは解っている。同時に名前を検索にかけると、面白いことが解った。
サモジロー・アボシ。
親分の急死によって、その跡目争いが起こっているヤヤ・ヤマ組の元浪人。
かつ、その以前は、なんとオーギガ製薬の警備責任者だったという経緯!
たしかこの「ホテル・ホンゴー・マルヅカ・ヤマ」は、オーギガの親会社であるウエスギ・グループの経営だ。
「──へえ。アンタ、元雇い主のところに押し入ってるんだ。命だけは助けるから、忍具を渡してくれない? 私もオーギガは嫌いだから」
「ふざけるな。先の質問に答えろ。──猫どもの仲間か?」
「──もし、仲間だと言ったら?」
トモヨがそうほのめかした瞬間、サモジローは行動で示した。
輝く氷片をふり撒きながら、力任せに斬りかかってくる。
──特別、マズイ返答をしたとは思わなかった。
どの道、コイツを助けるつもりなどない。
オーギガの元・警備責任者なら、脳デバイスのどこかにサダマサ・オーギガ・ヤツに関する情報が残っているかもしれない。
ならば例え拷問してでも、絶対手に入れなければならないからだ。




