ニンジャ・スター
「──もし困りごとがございましたら、いつでも私にお申し付け下さい」
予約しておいた豪華なスイートムール。
ここまで案内したコンシェルジュは、自分への直通回線を伝えると、深い会釈をして部屋を立ち去った。
トモヨは早速、その回線を通じて彼をハックした。
伝統と格式、あるいは客に威圧感を与えないため、極力無改造の人間にこだわっているのは知っている。けれどもさすがに、脳拡張を行っていないなどということは、まずあり得ない。
欲しかった情報は、簡単に見つかった。
すでにシークレット・オークションの参加者に配られているであろう、電子上の目録だ。
そうすると、よくやく目当ての出品物の全貌が解った。
手裏剣投射機。
やはり情報消去戦争前に作られた逸品で、内側に装填された超硬合金製の手裏剣を連続で電磁投射するものだ。
目録の説明文によれば、かつて爆破や閃光など、複数種類の手裏剣も付属していたが、現在ではなくなってしまっているという。
さらに「サイボーグのメタル・ボディすら貫通した!」などと、嘘か本当か解らない謳い文句が記されていた。
怪しさもあるが、期待が膨らむ武器だ。
換えの手裏剣が無いのは頂けないが、本体さえ手に入れてしまえば自作できるかもしれない。
トモヨはタイトスーツの前をはらい、やがてすべてをその場に脱ぎ捨てた。
あらわになった裸の「ケンリュー」に、ゆるゆると周囲の映像が投影され、隠密迷彩状態になる。
万全を期して落札者から頂戴するという手もあるが、とても待っていられなかった。
とにかく素早く行動することが吉──そう、思った。
各客室の中は別として、ホテルの廊下には基本、監視カメラが設置されている。
だからこのまま外に出ると、ドアが独りでに開き、そして閉まったような現象が記録されてしまう。
はやる気持ちを抑えつつ、カメラをハックして数秒間の映像をリピート。
その間に廊下へと出、ドアをピッタリと閉める。
すべてが記録されてしまう時代には、透明人間として生きることも難しい。
あらゆるカメラ、あらゆるセンサーに注意を向け、絨毯の廊下を行く。
やがて例のホールに到着するが──
たったあれだけの時間に設営は終り、続々と参加者が集まり始めているところだった。
とはいえ、コンシェルジュの言ったとおり、内々の催し物。
ホテルや競売の関係者を除けば、純粋な参加者は十数名程度しかいない。
トモヨは適度な距離を保ちながら、彼らを順に眺めた。
まとっている機械身体の外見はあてにならないが、彼らに紐付けされている過去の支払い記録は、目をみはるものがある。
IDは幾つもの防壁で守られ、簡単には判読できないが、きっとそれぞれが企業経営者か、あるいは創業者一族かなにかだろう。
ふと、重大な気付き。
ここに集まっている連中は、手裏剣投射機みたいな類を欲しがる蒐集家。
だとすれば、彼らの自宅や貸し倉庫に、まだまだ失われた忍具が隠されている──?
とりあえず参加者全員のIDを握っておくことにした。
防壁の突破と特定は全然後で構わない。我ながら、すごい鉱脈を見つけた気分だった。
悠々とオークショニアの前を進み、警備関係者の脇を抜ける。
会場の裏側は打って変わって静まり返っていた。
無駄に広い空間に長い台座、その上に出品物が点々と並べ置かれている。
見たところ、今回の出品に──巨大な壁画のような──大型の品々はないらしい。
それぞれが淡い銀色に輝く小型の防犯用ケース──パスコードがなければ台座から離れない──に収められている。
配置されている警備員も、たったの五名ほどだ。
そのうちの一人が、さっきから出品物の入ったケースの前を行ったり来たりし、それぞれ順番に確認しているように見える。
さて、この五人をどうしたものか──?
そう考えていた矢先、奇妙なことが起った。
密封されたケースが音を立て、次々に中身を露わにしたのだ。
その前を行ったり来たりしていた警備員──おもむろに手を伸ばし、それらを順番につかみ取って行く。
「──おい! 何をしている?」
周囲の四人が異変に気付いた。
高出力の電撃警棒を抜き、順番に打ち掛かったが、華麗な身のこなしでスイスイと逃れた。
まさか、このタイミングで同業者とは!
トモヨは台座の上で口を開けたケースを見やった。
さすがに同業者は、すべての出品物を奪ってはいない。が、残された物の中に、忍具はみあたらなかった。
奴が持っているのなら──ここは一旦、警備員に加勢すべきだろう!
トモヨは透明のまま、回避行動をとる同業者に渾身の蹴りを放った──




