シークレット・オークション
「ホテル・ホンゴー・マルヅカ・ヤマ」の正面は、まるで空中に築かれた庭園だった。
すぐ向こうに本物の蒼空と千切れ雲が広がる、ブンキョーの最上階。
そこにバロック様式の人工滝と、続いて伸びる人工の小川が流れている。
川を挟んで植えられた緑の並木、また一面の芝生は、一見すると本物みたいな精巧さだ。
放し飼いにされている電気ゴシキヒワのさえずりを聞きながら、トモヨはホテルの入口に立った。
こちらもゴシック風の宮殿を想わせる外観。
過度な装飾が建物の縁を飾り、さらに上からダイナミックな照明効果も重ねられている。
その絢爛さは中に入っても同じだった。
巨大なホールに執事ドローンすら連れず、独り佇む自分はやはり場違いなのかもしれない。
とはいえ、完璧な服装を選んだので怪しまれはしないはずだ。
大企業の令嬢がまとうような、シックなタイトスーツにしたのだから──
特殊忍具の在り処を詳しく調べたトモヨは驚いた。
旅籠モーテルから近いには近いが、階層が全く違う。
どうせどこかの貸し倉庫かなにかだと思っていたら、まさかのホテル。
それも上流階層者が御用達の「ホンゴー・マルヅカ・ヤマ」だ。
運搬業者の記録から、ここへ送られたことまではトラッキングできた。
が、なぜだか詳細な保管場所が出てこない。
記録を消しているのか、あるいは図面にさえ載らない隠し金庫でもあるみたいに。
トモヨは当初の作戦──透明になっての潜入を取り止めた。
こういうときはニンジャの変装術──つまり、七方出である。
「ようこそいらっしゃいました、ハマジ様!」
近付いてきたのは、人間のコンシェルジュだった。
あえてドローンを使わない辺りに、伝統と格式、あるいは顧客への信頼を高める狙いがあるのだろう。
「突然のことでごめんなさい。ここへは久しぶりに来たけれど、やっぱり素敵ね。部屋への案内を頼めるかしら?」
実際のハマジ嬢は今、新的・北京へ向かう個人用ジェットの中にいる。
かなり高精細な顔面テクスチャを準備して挑んだが、心配していた厳しい照合は特にナシ。
考えてみれば当然だ。
昨今では金持ちであっても、あるいは金持ちだからこそ、簡単に身体や顔を取り換えることが流行っている。
重要なことは生体データではなく、IDに紐づいた信用力。
確固たる支払いの能力を示す、蓄積されたデータの方なのだった。
「──ところで聞いてみたいのだけれど」
美しい木目の内壁と、大理石が敷かれたエレベーターに乗り込んだとき、トモヨは切り出した。
「こちらのホテルは貸金庫があるのでしたっけ? 顧客のものを長期で預かってくれるような──」
「手荷物のお預かりでしたら、宿泊のお客様向けに行ってはおります。けれども、大手の銀行様のようなお預かりとなりますと──。何か、貴重品がおありですか?」
「いや、別にそういう訳では。ちょっと聞いてみたかったので──」
予想していたのと違う展開。
いや、そもそも、宿泊客の誰かが持ち込んだ手荷物だとでもいうのだろうか?
エレベーターを降りた先の廊下は、落ち着いた赤色の絨毯がどこまでも続き、左右の壁には点々と絵画が並んでいる。単なる金目当ての盗みならばこれを奪うだけで事足りる訳だが、それでは本末転倒だ。
廊下を中ほどまで進んだとき、ふと気になるものが目に止まった。
観音開きに開いたドアの向こうに広がる、中ホール。
サイボーグの作業員や運搬ドローンが、まるでパーティーの準備みたいに場を設営している。やがて何かの催しがあるらしい。
トモヨの視線に気付いたのか、コンシェルジュが言う。
「ああ、こちらは特設のオークション会場です。あまり公にはしていませんが、ときおり当ホテルで開催しているのですよ。お客様の中には、情報戦争前の珍品がお好きな方もいらっしゃいますので──」
──なるほど、これだったか。
「そのオークション、飛び入りでも参加できますの?」
「大変申し訳ないのですが、参加者は事前に案内をお送りした方に限られていまして。なにせ、実に内々の催しですから──」
別に、全然構わなかった。
落札せずとも、盗み出してしまえば良いのだから。




