ニンジャ・ガジェット
ウェブ上で最大のニュースサイト、「瓦版・現在」。
最新の注目記事として、こんな内容が躍っている。
【 ブンキョーの製薬工場でテロ 】
「──下層下町にあるオーギガ製薬の工場が放火された。昨今巷を騒がせているテロリスト、『ケンリュー』によってである。同テロリストは電子空間上に犯行内容を追体験動画の形式でアップロード。トーキョー自警はその解析を急ぐと共に、このテロリストの行方を追っている。
同工場では、経口不老薬『甘露 (アミリタ) 』や、癌治療薬『変若水 (パナ・ケア) 』を製造しており、市場ではすでに在庫不足の懸念から薬価が急騰。
オーギガの広報担当責任者は声明で、『我々は創業以来、実にクリーンなカンパニーだ。破壊工作を受ける理由は全くない。テロに屈することなく、今後も人々の生命にコミットした企業経営を真摯に実行してゆく』と語った」
関連:【 アップロードされた実際の追体験動画 】
(※ 一部、過激な映像体験を含みます)
そのリンクをインタラクトすると、確かに一人称視点の追体験が再生を開始した。
──敷地のゲート前に立つ二人の企業軍人。
彼らを飛び越える様子、忍び込んだ倉庫──
が、そこから先が不自然だ。
見る者がみれば、簡単に解ってしまう加工跡。
暗い庫内に山と積まれた大量の薬──それが、すべて経口不老薬や、癌治療薬に差し替えられている。やがて視界の中で火が放たれ、実にクリーンな薬たちが燃え上がった。
多分、本来はケンリューによる音声解説もついていたに違いない。
きれいに削除され、AIの考えた実に類型的な放火犯の合成音声が流れ始めた。
「──ヒャアッホウーッ! 燃えろ、燃えろぉ! 汚物は消毒だああ!」
ソウナはその動画を、そっと閉じた。
探せば無加工の一次情報もどこかに見つかるだろうが、それは求めるものではない。
必要なのは仲間の情報──つまり、シノの行方である。
「ホーリューカク」での戦いから四日。
ソウナは懸命にタロー・バンドーの異名を持つ、トネガワ・リバー周辺を探した。
非常線が張られ、接近が容易でなくなった後はメディアパスを偽装し、夜通し複数のドローンを飛ばしさえした。
けれども成果は得られず、現在に至っている。
常駐者による拡張された意識を介し、何度も呼びかけるがやはり応答はない。
耐水仕様や、水中上昇機能。
標準装備されているそれらが通常通りに作動するなら、せめて二人のうちどちらか一方くらい見つかっても良いはずだった。
が、思い出してみるとトネガワ・リバーに落ちたとき、二人の身体には破損箇所があった。もし、そこから水が入り、システム全体を侵したのだとすれば──
ソウナはかぶりを振り、嫌な想像を締め出した。
折しも、車窓の向こうには自警・警察の飛行車、ファンタズマ。
彼女が車を停めている空中立体駐車場へ巡回にきたらしい。
──そろそろ、場所を変えるべきね。
車内に差し込む、睨みつけるようなファンタズマのヘッドランプ。
背を低くしてシートの下に沈みながら、ソウナはそんなことを考える。
やがて、のそのそとファンタズマが飛び去ると、ソウナはスターターを入れた。
マクシムスから乗り換えた、丸い車体の「TAKIDA」、テトラクテス。
お世辞にも全然カッコ良くないが、その分、目立つこともないだろう。
ソウナはハンドルを切ると次の一時避難所を探すため、チバの空へと乗り出して行った。
*
最近ねぐらにしている旅籠モーテルは、畳敷きの上にベッドがあったり、はたまたバス・トイレに石灯籠が置かれている奇妙なしつらえだ。
トモヨは大量の水を張った浴槽──かつて大泥棒が茹で殺されたことに因むスタイル──の中に全身を沈め、その冷たさを存分に味わった。
体内のあらゆる駆動系──それの発する熱が、ゆっくりと静まって行く。
生身の人体ならば熱力学第二法則に抗うべきところ、サイボーグは別だ。
試しに、身体の表面に水の流れを表示してみる。
ここに鏡はないが、きっと透明人間か、水の精霊の入浴。
上半身を水面に出し、てのひらで水をすくうと、一体どこからが水でどこからが自分なのか曖昧になる。
それは酷く居心地の悪さを感じるのと同時に、やめ難い魅力のある遊びだった。
トモヨは憑りつかれたかのように、熱交換によって水がぬるま湯に変わるまで、それに興じた。
風呂を出てオンラインに復帰すると、解析に回しておいた社外秘データの結果よりも早く、フォロワーたちの熱烈な反応が視界を塞いだ。
なかにはメディアで流れたフェイクを信じて、「テロリストには死を!」との過激なメッセージもあるが、それはいつものこと。
トモヨは座椅子に身をゆだね、分析結果に目を通す。
なんとなく予想はしていたが、サダマサ・オーギガ・ヤツの居所に関する情報はない。
意図的に消されているか、あるいはそもそも残さないのか。
この複雑で重層的なネット社会にあって、完全オフラインで生活している変人に違いない──
盗み出したデータの解析は、自分の中の常駐者を介して行っていた。
得体は知れないが、補助システムとしては非常に優秀だからだ。
「──うん? これって、まさか──」
その結果の中に、別の意味で気を惹くものがある。
失われた特殊忍具に関わる内容だ。
実をいえばこの「ケンリュー」には、元々たくさんの特殊忍具が搭載されていた。リリース時の標準装備であったり、後から組み込めるオプションとしてだ。
情報消去戦争後の混乱期、残念ながらその大半は失われ、現在は火遁砲と隠密迷彩のみが残っている。
無数の前・所有者たち──つまり、蒐集家や、廃品漁り、魔改造家が、死体から臓器を切り取るかのごとく持ち去っていたのだった。
なんとその一つが、オーギガの所有する財産目録の中に見つかった!
トモヨが掲げる仇討ち以外の目標──完全なニンジャになること。
それはすべての忍具を取り戻し、かつての暗殺兵器を極めることで、果ては忍者道の完成に至らんとするものだ。
──居所は分からず終いだが、収穫はあった!
忍具が保管されているのはブンキョーのとある施設。この旅籠モーテルからも、それほど離れてはいない。
跳ねるように座椅子から立ち上がり、トモヨは身体の表面に通常パターンの人体皮膚を表示した。
かなり近くで見なければ、それが高精細に描画されたものであるとは誰も気付かないだろう。
ただ一つの問題は、このパターンを表示するとき、必ず左肩に牡丹のタトゥーが現れることだが、今は許そう。
あるいは、若干怪しいその挙動も受け入れようではないか。
こちらの意志すら汲み取って、望む情報をもたらす常駐者。
それはまるでニンジャの守護神、摩利支天に見守られているようなものなのだから──




