「ホーリューカク」の戦い 4
あえて古めかしく作られた「ホーリューカク」の木製階段。
シノがそれを上って三階に出たとき、襲い掛かってきたのは武装警備員の一団だった。
そもそもこの「ホーリューカク」の中に居たのか、それとも他から集まってきたのかは解らない。
ただ走査の結果、十五名がフォーメーションを組み、薄っぺらな引き戸の陰で防弾盾を構え、アサルトライフルで武装していた。
「こっちへ!」
銃弾の雨の中、ソウナが経路をナビゲートする。
彼女が案内する先──それは窓だ。
大きさはサイボーグにも申し分ないが、分厚く、二重になった強化ガラスである。
「ちょっと! 飛び下りろっていうの?」
「大丈夫。屋根がある」
廊下を蹴って体当たりすると、強い衝撃と重力。
砕け散ったガラスが代替皮膚を刻むが、もう気にしない。
落ちた先に屋根はあったが、それは純和風の瓦で、かなりの傾斜が付いていた。
重いサイボーグの身体が、短く張り出した屋根の上を転がりながら滑って行く。
「ちょ、嘘!」
シノは右腕を突き込み、落っこちる前になんとか回転を止めた。
身体を起こして腕を抜くが、肘の部分に酷い痛みがある。
前腕と上腕の間から機械音が聞こえ、震えが止まらない。
「──クソ。気に入ってたのに」
もうきっと「ANZAI」のキルケニーは手に入らないだろう。
ぶらぶらする腕を押さえながら空を見やると、遠くにソウナの操るマクシムスが飛んでいた
「今行きます。とりあえず窓から離れて」とソウナの通信。
片手で立ち上がろうとして──視界を何かが遮った。
黒猫だ!
背中に搭載された飛行ユニット。
推力偏向ノズルが放つ轟音と、青白い炎。
それは下から上に空中を飛び、やがて重々しい衝撃音を響かせ、屋根に着地した。
その手に握られているのは──赤熱日本刀。
鋸刃剣はどこかで失ったらしい。
なんにしても、間違えなくミチカだった。
陽炎のように揺らめく刀が振り被られ、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
やけにゆっくり感じられるその動きを眺めつつ、シノは確信する。
──果たして、自分とミチカは戦うよう仕向けられていたのかはよく解らない。
ただ、それを確かめるには、ここで逃げるのは間違いだと──
*
ソウナの装備する「SS49 スナイパーライフル」はボルトアクションではなく、完全オートだ。弾詰まりを気にするより連射性を重要視するソウナらしいチョイスである。
ただし再装填は、昔ながらの手動による弾倉交換。
そのタイミングだけは、実にもどかしい時間となる。
ミチカが塔の二階の窓を破り、そこから飛び立ったとき、ソウナはまさにその最中だった。
もし残弾があれば、問答無用で撃ち落としていただろう。
視界の中でミチカの持つ赤熱日本刀が振り下ろされる刹那、ようやく薬室に大口径の弾丸が押し込まれ、ソウナは照準を合わせる。
──狙うのは、頭だ。
そこを撃てば他の黒猫同様、完全に沈黙させられる。
助けたかったが、こうなっては仕方が無い──
ぐっと、引き金を絞る。
「──待って」
そうシノの声が聞こえた。
あと少しで引き切れるところ、人差し指が外部操作によってロック。
そのために、ソウナは発砲できなかった。
*
元々の飛行ユニットは、スナイパーライフルの狙撃を受けて大破していた。
鋸刃剣の鞘とは別に、腰のやや上についているモジュールだ。胴体の分厚い装甲は勿論、それが緩衝材になって守ってくれたのかもしれない。有難いことに、黒猫部隊の装備の多くは簡単に脱着が可能だ。
周囲に倒れている黒猫からユニットを奪うと、ミチカは窓を割って飛翔した。
ユニットの燃料は、それほど入っていなかった。
営業担当者が納品前、顧客にバレない範囲でケチったのだろう。
それでも、単に上昇するには充分だ。二階、三階と昇って行く。
屋根の上のシノを捉え、赤熱日本刀を振り被ったときだ。
まるで斬首を待つ罪人のように、猫娘は一切の抵抗を止めている。
──ただ、それだけではない! 彼女の姿が徐々に変わって行く──
自分がよく知っている存在。
黒猫に生まれ変わる前、親しかった街角の猫。
一緒に移動式自販機を襲った懐かしい仲間──
目の前にかつての友人シオリが現れ、ミチカはその腕を止めた。




